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動かせない事実は動く。小さい早い川が、裏切る

 高速道から国道二十一号で、巴さんのお父さん、平塚因幡守為広の陣地跡に向かう。もちろん、それは現代の普通の人から見ればだ。


『まだ整然と陣地に兵士がいる。間に合ったぞ』

『洸次、以前話したがその先に平塚隊陣地跡と記念碑がある。子孫の平塚雷鳥親子が建てた碑じゃ。その近くに為広父さんがおろう。もう本番開始じゃ』


 僕は速る巴さんの手を握った。

『ええい、スピード出ん。洸次、幌を外せ』


 僕は鉄骨に結んだロープを解き幌を外した。視界が広がり、今は“関ヶ原の戦い”に突入する。僕にとっては今からが関ヶ原だ。


「ああ、我が平塚家の亀甲に梅鉢。多数健在です」

「脇坂の輪違い紋も健在です」

「でも藤堂家の丸に四つ目結は敵陣に旗めいております」


 以前鰯丸が垂井城に持ち込んだ家紋を染め抜いた布は、こんな識別訓練のためだったんだね。


『洸次、姫様に頼んで兵士に退いてもらえ』

『手緩い!』


 トラックは、クラクション爆音と昼間なのにヘッドライトを燦々と輝かす。これに輪を掛けてRTを装着してない人には宙に浮いた僕たちが突進しているように見えるはずだ。


『橋本。お前、タイムパラドックスはどうするんじゃ』

『史実では西軍は大半死ぬか牢人狩りで逃げ隠れしますから、なんとか吸収修復可能でしょう』、この人は。


「うわっ味方だけど皆避けてくし、幌なしで立つとこんなに風があったんだ。爽快っ」


 巴さんは立ち上がって風を受けていた。

 関ヶ原本戦開始の時、視界を遮っていた濃霧は昼頃にはほとんど晴れていた。だから、東軍も僕たちに気づいたらしい。


「摩利支天、西方に摩利支天がいるぞ」

 福島隊退却。


『東軍はそれなりに生き残るぞい』

『足軽が日記なんて残しませんよ。一時的にしても退却で恥晒しですし。しかし流石に頃合、限界ですか』


 エンジンが止まり僕たちはトラックから降りた。巴さんを先頭に、一番身なりが良くて堂々とした人。大将に近づき、巴隊は皆片膝を着いて頭を下げた。慌てて僕も右ならえ。


「父上、巴推参致しました」

 遠くで、別の部隊が鬨の声を揚げた。

「この暴れ馬、武蔵の馬は性に合わなかったか」

 殴ったような、肩を抱いたような。


「江戸で待っているなど私は辛抱出来ません。自分で結末を見届けます」

「死ぬぞ」

 大将は僕を見た。


「この御仁が僅か二刻余りで私たちを武蔵国からここまで」

「俄かには信じ難いが、先刻の光景を披露されてはな。平塚孫九郎為広。因幡守を拝名しております」

「笠井洸次と言います高校生です」

「この暴れ馬から、愉快な若者の話を何度も聞かされていたが、その笠井氏が貴殿だったとは、一切合点致した」


 為広さんは、巴隊の皆を見渡した。

「皆一人一人に礼を言う暇がない。すまぬ」

「京極隊来ますぞ」


 為広さんは敵軍に向き直った。

「何度でも退けるまでよ。藤古川はウヌらの三途の川よ。皆の者油断禁物」

 僕は兵士を激励した為広さんの肩を掴んだ。身体に電流が走ったような痛みを堪えて、僕はハカセから教わった小早川隊脇坂隊の陣地を指して首を振った。


(小早川は裏切ります、脇坂も)

 少し間を置いて、為広さんは僕の手を外した。

「一切承知」


 これは、運命の予定行動だったのかな。為広さんは、小早川らの行動を察知していた。


「笠井君、今身体が砂のように崩れた感じでしたが」

 僕はただ後ずさりした。禁則事項の説明も禁則事項なんだ。


 しかし京極って誰さ。トラックのクラクションやライトで福島隊を驚かせても次の部隊が平塚隊を襲う。


 紅餅さんが火縄を京極隊に撃つ。しかし兵士は減らない。結局僅かな間を作っただけで、関ヶ原は混戦状態に戻った。巴隊もその中に混ざった。


 僕は、もしかしたら小早川の裏切りを知らせれば為広さんを戦場から離脱させられるかも、そしたら巴さんと逃走可能だと最後の期待をしていた。


 でも、この人たちは武士なんだ。


「異形な小僧、邪魔だ」


 槍が僕に接近する。だけど、槍を持った足軽は、巴さんの槍を受けて倒れた。


「巴さん」


 巴さんの薙刀の一閃だった。僕は、巴さんに死んで欲しくないし誰かを殺して欲しくもなかった。でも、僕が連れ出した戦場は、生きるか死ぬかしかないんだ。なのに、真底僕は馬鹿者だ。


『笠井君、悪いが車はここから退くよ。戦況が写らないのに何故か被弾した』

「好きにしてよ」


 少し大きめの音がしてからハカセの叫び声がインカムから響いた。画像は出ない。


『今、火筒の音がした。小さ…い早い……川が動くぞい』


「えっ。今のが合図なの」


 とうとう動かせない、否定できない運命が動いた。



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