関が原まで、後何歩?
古いトラックのエンジンと振動の音だけがしている。
巴さんと薄葉さんは寝まいと頑張っているけど、他の巴隊は寝入っている。時々巴さんと目が合うけど、正直僕は巴さんにも寝て欲しかった。
なにを話せばいい。禁則事項を避けながら、あまりにも科学知識のない人たちに向かって。
……。嘘だ。勢いで【時間跳躍】しちゃったけど、橋本氏から教わったパラドックスはどうするんだよ。
それも嘘だ。僕は巴さんも、お父さんの平塚為広さんにも逃げて欲しいんだ。だけど、巴さんは武装している。死地に赴くと侍女たちに明言している。つまり僕は実際は巴さんを死亡させてしまうのじゃないだろうか。
「橋本さん」
まさかこんな会話用じゃないだろうけど、荷台と運転席はちょうど小窓みたいな隙間が空いていた。卑怯なのかな。僕は疑問を吐露した。
「さっき言いそびれたがパラドックスの反論の一つに、オイディプス型予言成就型とでも言うか、予言を回避しようとし逆にまんまと嵌る解釈があるのは確かだ。君が平塚為広親娘を生かそうとして、その史実を完成させる役割を果たす。君の行動こそが”正しい歴史”だと言う解釈だ」
小窓越しの運転席の窓からもうすぐ愛知県に入る看板が見えた。
「どうする。今お姫様を置き去りにしてしまえば、少なくとも戦死と、処刑は回避可能だ。父親が徳川に反抗した上に本人も逃亡した罪人としては処刑されない。若い女七人いれば食い扶持はなんとでもなるし表の歴史には平塚巴は残されてないから後遺症も目立たない。平塚為広は何も知らずに関ヶ原で戦死する」
「僕は巴さんや、一杯助けられる人がいるなら助けたいんだ」
「なら、悩むな。隣でグースカ寝てる自由人みたいに青春は強行突破あるのみだ」
「うん。そう言えば、ハカセって主幹だったの」
「八人衆の中でも上位者の三哲と呼ばれていた。雲の上の人だったよ」
「ふん、忘れたわい。第一儂ゃ偉くもなんともないぞい」
ハカセと橋本氏がしゃべりだしたから僕は小窓から離れて座り直した。巴さんが、どうしたのと僕を見つめている。
「巴さん、もしかしたら僕はとても危険なことをしているんだ」
この先はなんと告げればいい。だから、
「巴さん」
巴さんは、僕の唇を指で抑えて眼を閉じた。後は、関ヶ原に辿り着くだけなんだ。
岐阜県に入ったはずだ。
江戸と関ヶ原の交通は本当のこの時代なら何日も必要なんだ。
『裏、ぎ、ぎ。クライマックスは昼過ぎでしたね。何時に到着でしょうか』
『RTと洸次に聞け。なんじゃお前さんもプロテクト喰らったのか』
『笠井君。インカム経由でわざと聞いて貰っていたが、八人衆の利点でもあり弊害がこの禁則事項だ。プロテクトや禁則事項は公のものもあるし開発者の秘設伏設もある。だから主幹が必死になっても外し切れないんだ。正直、我々にどんな実害が出るか保証出来ない。まだ引き返せるぞ』
「お一人で帰ってください。僕はもう後悔したくも、して欲しくもないんだ」
『ふっ。幌で看板が見えてないかも知れないが、後五分で関ヶ原インターだ。“あっち”の日射しから察するとお姫様と殿様がお話する間はありそうだ。支度をしてくれ』
「分かった。巴さん、後千も数えたら、そこは戦場です」
「承知しました。皆、支度を。後、一応僕から手離れしないようにしてください」
それまで僕にどこかしら触れていた巴隊は、全員真剣な面持ちで武装している。それは、多分死ぬ準備。それを僕は止めたいんだ。僕がしていることはパラドックス以上の矛盾なんだ。
「武蔵から、瞬きの合間でした。笠井殿感謝します」
「こんな場面ですが君、で呼んでもらえる方が嬉しいです」
紅餅さんが火縄銃を手にお辞儀をする。左手で僕の腰に触れて。
「ああ、でも道中の古刹の御朱印貰いたかったなぁ。伊豆、鎌倉相模、遠江駿河三河尾張」
「武蔵では、この紅餅だけが上機嫌でしたの。鰯丸を差し置いてお使いと称して寺院に朱印を貰ったりして」
珍しく紅餅さんがイジられている。古風な趣味を持っていたんだね。
『インターから出るから急カーブだ。曲がるぞ』
カーブのGで巴隊の何人か膝を付く。
『車で人を跳ねるなよ』、『さて、ハンドルと車体に言ってください』




