戦国姫、トラックに載る
「嫌な人」
それが、次に僕が聞いた音だ。
温もりを感じていた。息遣いもする。
「見境がないですね。ケダモノだわ」
あまりに接近し過ぎて、この人が鰯丸だとは気付けなかったんだ。
「いつも突然沸いて消えて」
「ならさ。自分から離れれば」
鰯丸がゼロ接近していて、僕は周囲が見えない。前回のログオフからどの位の時差が経っているのか解らない。
「あ、あっ。それは、たった今地震があって貴方が突然」
鰯丸は頬っぺたどころか耳も掌まで赤くして僕から背を向けた。意地悪とつぶやいていた。
「ねぇ、今更会える立場じゃないけど、どうしても巴さんに伝えなくちゃあいけないことがあるんだ」
「え?」、鰯丸は、急激に血の気が失せたようにいつも以上の真っ白な肌になる。
「ああそう。でも会えませんよ。姫様、大層御立腹ですから」
やはり、僕が見合い相手(?にすり替わったヘンタイ本多)を殴った後の時間軸であるのは確実だ。
「手紙でも多分伝えられないんだ」
禁則事項の縛り、プロテクトがある。“マウンテンバイク”の言葉だけでも機能するのは体験している。
「なんですか。私にくっつくほど近づいて、口からは姫様、巴姫って」
ごめん、鰯丸。今、そんな時間はない。鰯丸は涙を浮かべていた。僕は、突っぱねるつもりだったのに、
「そうだね。せっかくのチャンスだから頬っぺにキスしとけばヨカッタね」
鰯丸が僕を振り返った。
「君はすごい美少女だよ。巴さんやしのぶちゃんに負けないくらい」
「嘘ですぅ。そうやって、結局姫様に御目通りさせようとしてぇ」
「信じないならさ、ひと段落したらデートしよう。二人きりで。でもね」
鰯丸、ちょっと身体全体がクラクラしてる。大丈夫かなぁ、この娘。簡単に結婚詐欺に騙されそうだね。
「徳×、松だい、らとの、戦についてなんだ。巴姫と、君たち以外には伝えられないんだ」
「ああ、余計駄目ですぅ」
鰯丸はしゃがみ込んだ。
「たった今、姫様は江戸のお城に召されました」
人質なのか? 、「ハカセ!」
数秒遅れて右上にハカセの顔が映る。
「音は聞こえてたぞい。間違いない。平塚家は、親子兄妹別れて東西、徳川と石田についたんじゃ。北陸での為広さんの活躍で警戒感が強まったんじゃろう。巴さんとやらは本格的な人質じゃ」
「その、史実通りなら、女の子は?」
禁則事項を避ける。どちらかと言うと泥縄レクチャーは、禁則を避ける会話や知識に主眼を置いてハカセはテキストを作ってくれていたんだ。
「ワカラン。戦い直後に殺されれば記録に残るはずじゃが、元々女子の記録は杜撰じゃ。まぁ、大丈夫だろうが保証は、ナイ」
僕が虚空と話しているのが??? な鰯丸。
「鰯丸、お願いだ。姫様のところに」
「それが、誰一人同行叶わず」
「君は平塚巴一の侍女だろ!」僕の大声に、鰯丸は直立。
「そうです。鰯丸は、姫様一の侍女です。笠井殿、姫は四半刻前に世田谷を出ました」
秒針のない時代の四半刻が微妙。だけど、
「これ、君のMTBだろ」、御陰で直ぐ追いつける。
「洸次、これも」、「殺したりしませんか、余計なパラドックスの種は……」
ハカセは、僕に獲物を渡した。僕はあっという間にMTBで警護の列に突進。巴さんは、鞍もない裸馬に乗せられていた。これじゃあ罪人扱いだ。
僕は、怒りを込めて教えられた手順で獲物のお尻のコードを引き抜いた。ハカセから渡された武器の殺傷力は、薮蚊も殺せないほど持ち合わせていなかった。
『ハーハッハッハ ハーハッハ』
この期に及んで、ハ・カ・セ・~! ただ棒状に加工した笑い袋だった。あ、ところどころ光ってるよ! だから?
「魔神だ、棒が笑った」
……効果、あった。
巴さんを連行しようとした足軽たちは笑い棒で逃げちゃった。そして、僕をポカンとした表情で見つめる巴さんが、馬上にいる。
「笠井君。だめだよ。江戸の城に行かなくちゃならないんだ」
「知ってる。でも、少しだけ時間を頂戴」
僕は、足元の地面に笑い棒で想いを注ぐ。
「た、る……垂井の西……佐和山の間? 関ヶ原?」
畜生、この段階では関ヶ原も禁則事項なんだよ。巴さんが理解してくれて助かったよ。
「東海道。三河? 徳川様と? 関ヶ原で合戦なんだね」
僕が最初に巴さんたちと出会った場所は関ヶ原で石田軍が陣地設置工事の最中だったんだよ。だから、多分巴さんは関ヶ原での衝突の可能性は考えていたみたい。僕が予想したより平静だった。
「どっちが克つの?」
瞬間的に身体が強ばる。言わなくちゃあいけない、そのためにこの時代に来た理由を伝えられない。
「そうか、ねぇ、お父さんは」
僕は、全力で棒を手離した。その意味を、巴さんは理解したんだと思、いいや願うよ。
「そう。そうなんだ」
巴さんは、馬から降りて西の方角に向き直った。
「ねぇ垂井関ヶ原までこの前の“ばいく”で行けないのかな? どの馬より速いんだ」
嬉しいな。巴さんが願うなら話が早いよ。
先行させていた鰯丸は案の定世田谷城には随分遠い場所にいた。MTBであっさり鰯丸を追い抜いた。
「支度をして。僕もそれなりに手配が終わってないんだ」
ブチの仔猫が多分RTの機器のどこかに触れたんだろう。突然関ヶ原直前にジャンプしたから、巴さんたちの準備の間に僕はハカセと打ち合わせをしなきゃね。
「一旦回線切断をすると、時間が異常に経過する可能性もある。笠井君、このまま旅立つことになるよ」
もう、旅立ってますけどね。
「洸次と接触するか支援機器の有効範囲内ならば、この奇跡は遂行可能のようじゃ。よし、んだば出発進行。えっと関西には……」
「ここからなら外環道経由で首都高、東名、名神です。RT以外の技術知識はからきしですね」
僕は、フィスホで美香に伝言。
「美香、今日久しぶりに金野君ン家に泊まるよ。そうお母さんに伝えて」
「……お兄。美香、天晴姫様印のリンゴジュース飲みたいわ」
「この前お兄が飲んじゃったからないよ。それに、あれ伊予柑ジュースだっただろ」
「飲みたいの。よろしくね」
まぁ、それは後でなんとかはぐらかそう。
僕は、そろそろ出発するために巴さんを呼んだ。返事がないので、鰯丸が開けっ放しで押さえてくれてた裏木戸から城内に入った。
僕は、つくづく馬鹿者なんだ。巴さんたちは談判中だった。
「さて笠井殿から出立の催促です。私は父因幡、刑部様や治部様の許に馳せ参じます。これは死地に赴くに等しい。付き添いは無用。先刻同様暇を取るも、江戸の我が兄を頼るも自由です」
巴さんは、初めて出会った時と同じ、いやそれ以上の重装備。彼女の支度は戦支度だったんだ。
静かだった。僕は後ろの鰯丸を見た。鰯丸は、黙って首を振った。
やがて薄葉さんが衣擦れの音も立てずに立ち上がった。そして、腰に巻いていた帯を解くと、それを襷掛にした。
「勝手にお供致します」
薄葉さん、紅餅さん、兎の子さん、小伊賀さん、弓勢さん次々とに立ち上がり得意の武器を手にする。
「笠井殿、良き導きお願い致します。何卒、何卒」
薄葉さんは、薙刀を手に僕に深々とお辞儀をした。あんなに嫌っていた僕なんかに。僕は、ちょっと口元が緩んだ。
「でも、すぐ嫌われそうな予感がします……ってさすがに逃亡足軽のから連絡が来たか」
世田谷城の内外は騒然としていた。
「笑い袋は二度は使えないよなぁ。ハカセどうするの」
『青春じゃろ。こんな場合は強行突破あるのみじゃ』、『ですから、パラドックスを……』
エンジンのうなる音。僕の目前にハカセのトラックが出現した。
「皆、載って。ああ僕と触れてないと見えないかな。ともかく僕の方に前進。手を離さないで西に進行」
関ヶ原の戦い直前、姫たちが消えたともトラックを見た記録なんてのもない。常識的な人間が、非常識な目撃談を無視したんだ(と思うけどね)
「姫、なんだか大地から浮いて、しかも駒よりも速いです」
「ああ目が回りそうです。まさか、笠井君。我らを一網打尽で手篭めに」
あのねぇ。薄葉さんは、やっぱり薄葉さんだった。
「ハカセ、追手は播いたから、ちょっと止めて」
僕は、可能な限り関ヶ原の状況と、巴さんたちには魔物の妖術のようなRTの説明をしたかったけど、
【R16の音声と画像があります】、皆さん車酔いでして、はい。
かえって乗車即バタンキュゥーな鰯丸が一番ましだったかも。
「笠井殿、これは如何なる呪術ですか、私たちも、最早鰯丸同様冥土の衆なのですか?」
あれ、メイドを冥土ってベタな勘違いしてた。どうりで鰯丸が思いっきり否定してたな。
「まぁ道具です。少し遠いところにはたくさんありますが」
『ところで笠井君、今日の、ああ女の子たちの“今日”の日付を訊いてくれないか』
インカム経由で音声のみの橋本氏。
「慶長十五年、長月(九月)十五日だって」
『洸次、“今日は関ヶ原の戦いのその日じゃ”』
『主幹、手遅れでは』
『なんの主役の出番にはまだ余裕ぞ。洸次、不足品補充やレクチャーは道々するぞい。橋本、幌張りは後回しじゃ』
急発進。さすがの巴さん悲鳴を上げて、僕にしがみついてしまった。だけど、僕は幌張りを続行。
「ねぇ、笠井君。貴方と触れていると、景色が違うよ」
××パワーです。と冗談の余地もないだろうな。
「うん。ちょっとしたズルなんだ。でも、合戦には間に合うから。信じて」
間に合うなら巴さんのお父さん、平塚為広さんを戦死させないで、どこかに逃げてもらえれば。十人以上載れる荷台だ。僕は、間に合うかも不確かな関ヶ原からの逃走を考えていた。
「皆、笠井君の身体に触れていると、景色が全然違うよ」
巴さんはMTBと併せて二回目だから、RTのトリックの一部を察したみたい。
恐る恐る紅餅さんが僕のシャツの左袖に。
「あれ、ここ茶室のような箱です。でも、もの凄い高速で動いてます」
「誠ですか……おおっなんと奇っ怪な箱」
長旅の疲労緩和と支援機器を守る目的もあり、荷台には全面ウレタンシートが敷かれていた。
「この箱時速百……『洸次この時代で四十里じゃ』……四十里進めます」
システム負担をなくすためでも、距離の単位の変換くらいは残してよぉ。
「四十里? 信じ難いですが、ああ景色の移り変わりでは、確かに」
皆信じているようないないような。
「薄葉、景色を見なくて大丈夫なの。また吐きそうだけど」
「渇すれども盗泉の水を飲まず、です姫様。私は呪術怨霊に惑わされません。今このように姫様触れていれば事足ります。……宜しいですか姫様。女子が良人でもない殿方に触れるなど、本来なら」
はい、ご想像通りに車が跳ねました。
「飛んだ! 飛びました、姫!」
「一番大胆な触れ合いだね、薄葉」
薄葉さんは、僕の胸に飛び込んで抱きついていた。
「なんと申されても飛ぶのは別です。ああ、皆嘘つき。景色など見えません」
ま。目を閉じていたらね。
「あはは。笠井君に触れて外を見過ぎなければ、関ヶ原に行けるらしいよ」
巴さんは、僕に体重を身体を預けた。
「でも、私も少し怖いかな」
荷台は少し静かになる。
『しかし少年がデーター化されRTでタイムスリップしたのは一応”よし”としましょう。ではどうして姫様たちまで?』
『橋本、今この奇跡とリアルタッチしていて、なんじゃい。なにかの変換器の役割をした物質があるんじゃ。もしかして、関ヶ原は洸次のお陰で次元の”穴”だらけやもしれん、いわゆる空間と次元が歪んどるんじゃ』
『それは、”何”です。もしもそんなRT機能を果たす物質物体や、異次元通用口があるなら、関ヶ原や平塚家なんて小さな……』
『洸次、姫様たちに荷台から落ちるなと言え。加速モードじゃ』
普通のトラックのスピードでさえビックリな巴さんたちは悲鳴の大合唱。
ハカセが、ハーレムだとからかう。追求を諦めた橋本氏は、R指定が不安定だと不平を鳴らす。でも、トラックは疾走し続ける。
そんな僕たちの目的地は戦場だ。だけど、僕は巴さんや平塚為広さんを殺さないために行くんだ。
この状況で狡いけど、僕は巴さんの手を握った。巴さんは握り返さず、鰯丸が(僕の膝枕のくせに)僕の手を放そうとする。ムダな抵抗だよ。
(あっ)
鰯丸の吐息みたいな声が漏れる。僕は、巴さんだけでなく鰯丸の手も、三人分合わせた。小田原を過ぎた辺りだった。




