動いている歴史と僕
面白いね。
人間ってさ。死にたいと思っても案外平気で生きてるし、お腹も空くんだ。
ハカセが負傷退場の岸谷先輩を病院まで運んだので、僕は独りで電車で帰った。夜更け、渡辺さんや登録してないメールが来たけど、一通も開けてない。
いっそ身体が焼けてしまえばいいのに。
そう考えたけど、ただ寝不足な朝を迎えて学校に行く。もちろんサボって街をぶらついていた。渡辺さんからの伝言メッセージで三浦さんと、先輩は欠席だと知った。翌火曜日も僕は学校をサボった。
どんな顔をして、杉山さんや三浦さんに会えるんだよ、こいつはさ。
水曜日。トラックの荷台でブチの仔猫が背筋を伸ばして昼寝の最中。僕は制服姿で隣のリアカーを寝台代わりにゴロリ。
「ハカセ、先輩は予選間に合うの」
白い雲が流れていく。あの雲、垂井まで行けるのかな? って垂井は岐阜県だから無理かなぁ。
「今日になって聞くかえ? 全治十週間だそうじゃ。ちと難しいの」
「そっか。関が原の方はどうなったかな」
巴さんやしのぶちゃんの家はどうなったのかな。
「洸次、真面目に喋っているのかえ? 徳川が勝って関ヶ原の後々、沢山の大名が無法に取り潰されとる。端っこで、しかし地元に根付いていた島津毛利が臥薪嘗胆堪えてたえて徳川を駆逐するんじゃ。二百六十年もしてからの」
「でも、我慢してたから逆転できたんでしょ」
「なんの理由もなく取り潰された大名もあると言ったろ?」
「巴さんの家は、どうなの」
もうとっくに死んだ昔の娘だけど、気になった。
「それじゃ。お前さん巴々としか言わんが、第一氏姓は何と言う娘っ子じゃ。それが分からんと教えることも出来ん」
「教えてなかったっけ」、ハカセがバカモンと突っ込む。
「平塚巴さん。お父さんは佐和山城で、イナバのカミとか呼ばれてたよ」
「因幡……垂井? まさか、平塚因幡守為広かえ?」
「さぁ。正式に紹介されなかったからね」
「そう言えば大谷刑部の娘が遊びに来ていたと、洸次」
突然ハカセはビックリ仰天な顔をした。
「間違いない。平塚因幡守為広は、関ヶ原で数少なく戦死する大名じゃ。巴のお姫様の父ちゃんは、関ヶ原で死ぬぞ」
ブチの仔猫がハカセの大声に、なにかあったのと様子を伺うように僕を見ていた。
「嘘、でしょ」
「嘘なものか。敗退する西軍ですら僅か二名の大名の戦死じゃ。それ以外は徳川が後々難癖つけて大勢殺すがの」
「その戦死者が、巴さんのお父さんなの。じゃあ巴さんは?」
「よくワカラン。いいか、これはギャグではないぞい。昔から東アジアはあまり女性史は豊かではないんじゃ。名前不詳のオンパレードで、どうなったか皆目不明じゃ」
ハカセの杜で自分の足元を見回してどうなるものでもない。だけど、僕は巴さん不幸なの可能性を否定したくて首を振った。
「落ち着け、洸次。平塚為広は間違いなく関ヶ原で死ぬが、子孫は武士として生き残る。完全に抹殺はされん」
「それは巴さんの子孫なの? 巴さんは無事なの?」
瞼や頬が無駄に熱い。
「いや、確か為広の三男か四男じゃ。教科書で習った覚えはないかえ? 『元始女性は太陽であった』、と」
僕は知らなかった。
「平塚雷鳥、本名ハルと云うてな、巴の父ちゃんの子孫じゃ」
「巴さんや石田の人々が生かされる保証は」
「そんなもんないわ。家康は忠誠を誓った秀吉の孫、六歳の子供を殺せる人間じゃ。だが豊臣以外は皆殺しはしとらん。石田家も傍流が津軽で生存しておる。名を変えてな」
どうして。
どうして、世界は大きく上下しているかな? なんだ僕が、粗い呼吸をしているからだ。
「ハカセ、お願いだよ。もう一度、僕を関ヶ原に連れて行って」
巴さん、それに適うなら石田三成の姫、しのぶちゃん、鰯丸たちを救うんだ。僕が。
「洸次、今までの辛さなど茶番なほどの地獄かも知れんぞ。それに、タイムリーに間に合う保証もない」
「でも、僕行くしかないんだ。やっぱり巴さんに嫌われて終わるなんていやだ」
「承知した。じゃが何と言っても合戦じゃ。多少用意が必要じゃから、まずミーティングじゃ」
「うん。接触レベルは抑えてね」
「なんも保証できん」
僕たちは、立ち上がり関ヶ原に対う。とっくに終わった日本最大級の大戦に挑むために。




