狂いだした次元
翌日から例外なく試験前体勢に入った。
月曜日、杉山さんは遅刻ギリギリ。あんな瞳を腫らした彼女は初めてだ。午後までは、一言もしゃべらず、最低限の動きしかしなかったんじゃないかな。話したのも、三浦さんとか極僅かな人にうなずいたりした程度。
火曜日は、授業選択の関係で僕とはすれ違い接点ゼロ。水曜日は、授業は受けていたけど、まるで皆を避けるように教室から抜け出していた。追い駆ければ、もしかしたらお話は可能だったかも。でも、あんな無神経な行動をしてしまった僕と話してくれるのかがワカラナイ。改て拒絶されたら僕は、張り裂けてしまうよ。
だから木金土の中間試験日はむしろありがたい冷却期間と解釈して、僕は試験勉強に埋もれたフリをした。
土曜日の、三時限目で試験は終わり。
待ちかねたようにクラブや自分の趣味に生徒たちは弾けて行くのが、普通なんだ。
「睦美、私はグランドに行くからね」
三浦さん。準決勝は快勝だったらしい。おめでとう。
杉山さんは、そんな三浦さんをちょっとだけ微笑んで見送る。
五分、十分。杉山さんは席から動かない。活動再開が待ち遠しかったのか、金管のチューニングが校内に鳴り響く。掛けるセリフが浮かばないまま、僕は杉山さんに近づこうとした。
「またね」
後一歩の距離で杉山さんは、それまで動こうとしなかった席から跳ねるように教室の外へ飛び出してしまったんだ。
「姫、我々は……」
「貴方たちなんて知りません。音楽室に来ないでね」
廊下にファンクラブのメンバーがいたらしいけど、もちろん杉山さんは拒絶する。
それは、きっと僕にも向けられていたはずだ。
つまらないし、今更初心者になってなにかを始める気持ちにならない。学校から家まで歩いて十五分。約十八分三十四か五秒後に僕はベットしかない部屋に戻って不貞腐っている予定だった。
「笠井君。いいタイミングだ」
聞き覚えのある声。見慣れた車。二丁目のオヤジさん、橋本氏。
「ええ本当に、良すぎるタイミングですね」
嘘をつけ。待ち伏せだろ。僕がクラブ活動もバイトもしてないって知ってるもんな。
「聞いたよ。中継サーバーを移動して実験したそうじゃないか。シナリオは不味かったらしいが」
「あのさ、運転席から歩行者に話しかけるってまるで誘拐犯だよ」
「は。そうかもな。だとしたら君を誘拐して身代金はRTいいや、人類の可能性かな。可能性は、あの方の口癖だが」
「そんなの要りませんよ。スイッチを入れたらご飯が炊ければいいんです。機械の構造なんて知る必要ないし、モルモットなんて、ゴメンです」
「いや、そうも行かないんだ。被験者は若いほど成功率が高いし、同じ時間軸に何回も矛盾しないで往復したのは、自称を含めても君が初めてなんだ。君は既にRTのご飯を食べている、協力は義務だよ」
示し合わせたつもりはなかったけど、僕と橋本氏の車はほぼ同時に停まっていた。
「ナニかの作用で、関ヶ原近辺でRTデーター化処理された君を受信した。まるでSFの物質転送プラスタイムマシンだ。なら、洸次君、一度失敗したシナリオのやり直しも可能かもしれない。助手席に乗って落ち着いて話さないか?」
やり直しができる。巴さんとも、そしてもしかしたら杉山さんとも……?
僕は、橋本氏に屈していた。そしてハメられていた。助手席に座った途端、RTインカムが被せられた。
「ちょっと、待ってよ」
僕の視界が真っ白になって行く。ハカセのホワイトアウト!
「待ってよ」
つくづく意味のないなセリフを吐いてしまった。僕は、電気的な衝撃を感じた。そして、軽い目眩が治まると、
「……様、お控えくださいませ」
「もうちょっとなのに。邪魔すんなぁ……」
僕は、お侍さんに馬乗りになっていた。
誰だこいつ。周りは、結構広い畳の部屋。僕は、お侍の臍の上辺りに載っている。お侍は、昔見た時代劇の衣装そのまま。
「段衛門様、悪戯が過ぎますよ……笠井君? どうしてここに?」
振り返ると、朱を基調とした打掛姿の巴さんがいた。あ。巴さんは、覗く角度によっては豊かな胸が見えるくらい襟が乱れていた。気づいて慌てて胸元を正す巴さん。
「貴様、なに無粋な真似してんだよ。あ、ともかく退け、気持ち悪い」
段衛門と呼ばれたお侍は、僕がジャンプして離れると、証拠にもなくまた巴さんの胸元やお尻に手を延ばす。
「旨い具合に来月には夫婦になる間柄だろ。少しくらい味見をさせろよ……って失せろこの馬鹿者。ん、お前生意気な一年の笠井」
巴さんやお侍の格好から、どうも僕は見合いの席に闖入しているらしい。しかし、僕が突然侵入したのに誰も来ないし(エッチ目的で人払いさせたな、コイツ)、僕なんてあまり気にしないで性行為に励む。嫌だねぇ、こんなタイプ。
巴さんは、僕が何回も霧みたいに現れたり消えたりを体験しているけど、それでも、今目の前の僕の存在が理解できないらしい。お尻に手が差し伸べられていても無反応だよ。
「場所を考えなよ。何と言うかカッコ悪いよ」
お侍は、首を振った。一回、いや何度も超高速で。そうしたら、お侍は微妙に顔貌が変わった。どこかで見た。そう、
「お前、変態本多」
「違ぁ~う! お前こそまた証拠にもなく邪魔をするのか」
また。やっぱり部室棟のイタズラ写真は、こいつが犯人だな。
「リアルで恥かかせられなかったから、RTであの馬鹿女の悪口でも広めてやろうと接続したら、三浦に似た巨乳がいるから頂いてやろうとしてたのによ」
お前、二時間ドラマで逮捕される前の真犯人か。聞いてないのに自供しやがったよ。
「ふーん。ヘンタイ本多なら遠慮は無用だね。どうしてここに来れたかは知らないけどさ」
「俺もな。少なくともRTのこのワールドやマップは二度とアクセスできないレベルまで殺してやれるよ。って変態じゃねぇし」
本多は右手が、突然連装マシンガンに早変わり。それは、この時代では反則だろう。
「時代やワールドプロテクトが外れてる。いいねぇ。R指定も外れていそうだから、こりゃあ楽しみだ」
「鰯丸、いないの?」
人払いしでも、女の子側の侍女は一人くらい残っているはずだよ。
「あのぅ、騒がしいんですが、入りますよぉ。呼びましたよね」
鰯丸が、障子を開けて、連装マシンガンの腕を見て、「きゅぅ~」
役立たずぅ~!
「巴さん、鰯丸を連れて外へ」
巴さんは、うんと小声で返事をして鰯丸を抱えて退場。
「さて、どんな死に方がしたい」
キラーリスクか。勘弁なんだけどな。
「図鑑、オープン。武器防具のページ」
略奪系じゃない僕の戦力でどれだけ勝目があるかな。ってお前本当に卑怯だな! 本多のマシンガンアームからワイヤーが発射されて、僕の図鑑を奪う。
「させるかよ。さて、貧相な自分の武器で死なすってコレ武士道じゃね?」
今はホンダの頭上にある僕の図鑑のページが捲られる。
「なんだ、ロクな武器ないな。んあ? 『秘密』?」
「やめよ、そのアイコンはだめだよ」
僕の静止はムダだった。
「なんだ、一瞬で解けるプロテクトなんてして。って、なんだこりゃ!」
「パカラン馬の使用済み蹄鉄だよ。だから、やめろって……」
本多の頭上にRPG系のワールドのアイテム、パカラン馬の使用済み蹄鉄が降り注ぐ。十個で、一コインの価値。ちなみに短剣百五十コイン。半ばギャグで、RTで唯一持ち数制限がないアイテムだから、昔は僕も集めていた、確かン十万個。蹄鉄って言っても缶飲料のプルトップより大きい程度だから致命傷にはならないはずだ。
「ふざけやがって。は、はっ」
くしゃみを始めた。どうにも止まらないくしゃみで、いつの間にか連装マシンガンはキャンセルされていたし、僕の図鑑も戻った。
「花粉症?」
「違う、動物の毛アレルギーだ。俺はデリケートなんだよ」
蹄鉄に、馬の毛が混じっていたらしい。この辺がゲームとRTのリアルさの違いなんだだろうね。
「じゃあ、宣言通り二度と巴さんに悪戯不可能にしてあげるよ。RTのアイテムじゃなくてさ」
僕は自分の拳骨で本多を殴った。数秒前までの威勢は微塵も持ち合わせないこの変態は、あっけなく崩れる。
「駄目だよ。笠井君」
巴さんが、僕の手を握る。
「この人はお父さんが決めた許嫁なんだ。仕方ないんだよ。それなのに、こんなに顔が変わるまで殴るなんて」
RTの不正変換で本物の許嫁の顔でも行動でもないんだ。巴さんは、騙されているんだ。でも、
「下郎、退りなさい。切り捨てられないだけ有難く思いなさい」
僕は少しだけ畳に腰を落としたけど、すぐ部屋からでた。強制ログオフすればよかったんだけど、そこまで頭が廻らなかったんだ。
「笠井君。あのね、あの人は、私のお尻とかも触りました」
多分お寺だろう見合いの席の廊下を歩く僕に、鰯丸が息を乱しながら追いかける。
「とても嫌な人なの。だから、姫様は本当はね」
「さようなら、鰯丸。僕」
もうこの時代に来ない、と告げる予定だった。けど、不意に全身が焼かれるような痛みと衝撃を受けて僕は膝をついた。
(切断ログオフ……か?)
木陰。葉っぱ同士の囁き。木漏れ日。
「洸次、大丈夫か」
ハカセ。ハカセが僕を覗き込んでいた。現代の、リアルだ。ここハカセの杜だ。
「ログオフしたんだね。ハカセが、切断したの」
軽く首を持ち上げると、額から濡れタオルが落ちた。
「洸次、済まない。儂の中継サーバーは、あやつと、橋本とリンクしていたんじゃ」
「うん。これはヤバイね。誘拐なんて簡単にできちゃうよ。実質時間誘拐されたも同然だしね」
「もうさせん。儂は今までRTは愉しみや理想のために接続してたが、橋本の中継サーバーはもう機能させん。少なくとも時間超越は不可能にまで破壊したから、安心せい」
安心なのかな。
「もういいよ。僕もうRT終わりだよ。徹底的にフラれちゃった」
好きだと、考えも言ってもいないけど。
「済まない」
ハカセは深々と僕に頭を下げた。
「なぁ洸次。ちょっと小耳に挟んだんじゃが、お詫びに儂とドライブせんか」
そんな気分じゃないよと僕が言い返す間もなく、ハカセは僕の左掌に収まってるフィスホを触る。
フィスホの約二十センチほどの上の空間に、『通常回線 三浦明子』と表示。ハカセ! 勝手に操作された電話回線のコーリング音がする。
「笠井君なの」
「あー笠井洸次の電話を、天才技術者であるハカセが借りとるぞい」
さっきまでの真摯な口調は、どこに仕舞いこんだやら。当たり前だけど、三浦さんは引いた話し振りだったけど、
「お嬢ちゃん、トラックの荷台で良ければ、十人くらいのギャルや荷物を運べるぞい」
「え、本当? 試合会場まで? 助かります。お願いできますか」
「うんうん、了解じゃ。洸次、荷台に布団敷くか」
「殴るよ」、さっき三年を殴ったばかりだけどね。
まさか僕も荷台に同乗しないだろうけど。これって三浦さんと、一応はドライブになるのかな?




