RTの仕業
やっぱり女の子はリアルだよね。
でも、楽しみな杉山さんのピアノ演奏会(音楽部コンクールとも言う)の前に、別のリアルを辛抱、辛抱。
お母さんは、口をアングリとしたまま。肝心の我が家の姫、美香は微動だにしない(あ、これはいつもじゃないかな?)
習い事してる友達から僕は予め聞いていたんだけど、特に踊り系の発表会ってほとんどは生徒じゃなくて先生のためにあるんだよ。
演目は人魚姫か、そのアレンジ。全体で二時間の中で生徒が踊るのは群舞を含めて二十分前後。美香は、確かにクライマックスの人魚姫が王子を慕いながら海の泡と消える海底の珊瑚の役。ただ立っているだけだから美香でも、いやさすがに超ド素人の美香にしか頼めない役柄だよ。
お母さんの口が閉まったらどんな行動を決行するか。怖い予想しか浮かばないけど、僕は一応ムービィで録画はしたからね。
五秒に一回のタイミングの拍手ってどんなアピール?
会場の照明が灯って控え室や場外に向かう観客たち。しかし、お母さんは、まだ五秒毎の拍手をしている。
「クラスメイトが大ホールで演奏するんだ」
ええ。逃亡ですよ。逃亡。でも本心僕は大ホールに突撃の気分。
『地区音楽部コンクール予選会場』
受付ボランティアに杉山さんからもらった入場葉書を渡す。葉書が手元から無くなっちゃうのは残念だけど、杉山さんの応援のためだから仕方ない。引換にもらったプログラムをチラ見、やはり正義は勝つ! 杉山さんの出番は次じゃないか。
クラッシックのなんかの曲が終わった。拍手で、交代する学生たち。いよいよ杉山さんの出番。って、おい!
僕らの学校の音楽部員が大ホールに入場し始めると、観客席から黄色、いやドドメ色な下司な歓声に、クラッカーや紙吹雪が巻き起こった。
「会場内ではクラッカーなどは禁止しています。直ちに退場しなさい」
当たり前のアナウンス。でも、
「杉山、杉山、L・O・V・E・杉山」
「静粛に。演奏を開始できません」
会場は天地がひっくり返ったような騒ぎになってた。ただ、誰かが騒いでいるなら、そいつをつまみ出せばいいのさ。
「おい、どこから野次ってるんだ」、「私ではないですよ」、「声は、こっちからじゃないかよ」
RTだ。
杉山さんの前評判なのか、今回の地区音楽部のコンクール入場券は、プラチナチケットだったらしい。それで入手できなかった奴らが、事前にRTの端末を仕掛けたんだ。
仕掛けた? いけない、杉山さんが。
「いやっ。やめて」
僕たちを魅了するはずのピアノの目の前で、杉山さんは腕を抱いてしゃがみ込んでいた。RTを悪用して、誰かが杉山さんの身体を触ったらしい。RTは触れる感覚は、双方に、……伝わるんだ。
「もういやっ」
杉山さんは舞台袖に走り出した。突然誰かに触られたんだ、無理もないよ。だけど、僕はそんな杉山さんに意外なリアクションをしてた。
座席から飛びだした僕は、ちょうど舞台袖の際で杉山さんの腕を掴んでいた。瞬間僕と解らなかったから、電撃を浴びたみたいに杉山さんは立ち止まる。
「演奏を始めなさい。失格にしますよ」
最前席の審査委員が僕たちの背後から呼びかける。
「笠井君」
「いや、なんて言ったらいいか」
涙ってピタリと止まるんだ。
「ひどい」
僕は弾かれるように掴んでいた手を離す。
「こんな状況で演奏しろって命令するの」
違うよ。そんなつもりはないよ。だけど、どんな神経で、どんな立場でぼくは杉山さんを止めてしまったんだろう。
段々真っ暗になる大ホールから通路、その他色々な場所を歩いてようやく杉山さんを発見した。
長椅子に半身埋まるように音楽部の女子部員が泣いていた。放心状態の男子部員。今更何故かチューニングをしている金管担当。
「あのさ、掃除するから泣くのは他所でしてくんない?」
会場整理のバイトらしい。無神経な言葉だけど、でもこのまま会場側も泣き続けさせられない。
「あ、あんた何様なの。よく睦美の前に現れたね」
今まで杉山さんの髪を撫でながら慰めていた三年の女子が僕が視界に入った途端罵った。
「ああ、御陰で棄権しなかったよ。だけど、睦美をあんた傷つけたんだ」
「消えなよ」、別の女子部員。
金管の生徒が、間延びした音を残しながら僕たちに割り込んできた。僕への口撃が瞬間途絶えた。
「クズ野郎。二度と顔見せんなよ」
金管が立ち去り、他の音楽部員もまた一人、立ち上がる。でも、
「杉山さん」
「嫌い、ファンクラブなんて無くなっちゃえ。嫌い、無神経な人も、RTも、大、大、大嫌い、私が部の皆を裏切ったの? イヤよ、そんなの」
「睦美、あんたのせいじゃないよ」
僕のせいだよね。
僕は、僕はどうして杉山さんを止めたんだよ。これから、どうしたらいいんだ?
迂闊にも、最後に大ホール付近に残っていたのは僕だった。追い払われるように市民プラザから離れると、
「洸次ぃ。どこ行ってたのぉ」
噴火した? や、一通り噴火を終えて休火山状態のお母さんが、美香の片手を握って仁王立していた。
「お兄、市民プラザレストランのプリン、いまイチね」
噴煙が燻っているお母さんに対して、あまりに平常通りな美香。
「帰るわよ」
美香はそれが当たり前なんだと、もう一方の腕を黙って僕に差し出す。
ねぇ、美香。お兄は、どうしたらいいんだい。そして、来月あたり、美香はエレクトーンかお習字でもやっていそうだね。
そんな怖いこと言える訳ないじゃないか、と内心叫びながら親子兄妹手に手を取って歩いて帰宅した。




