杉山さんのジュース
風通しがよくなったはずなのに窓を開けっ放しにしてもクソ暑い。なんなんだよ、この不快感はさ。
僕は、二階の自室のベットで丸太状態。じゃなきゃ腐ったマグロでもいいさ。
部屋は、きっと真っ暗なんだろうな。知るもんかい、ずっと顔を手で覆っているんだ。網膜になにか写って欲しくないのさ。
僕は普通の高校生だ。お父さんは平サラリーマンでこの家だってまだまだローンの支払い中。お母さんも、美香がひ弱だからパートの仕事を少しして家計をやり繰りしてるし、僕も進学校の優等生でもない。RTが趣味で、なんだかバグみたいな体験をしたけど、それももう終わり。
大柄で姉御肌な三浦さんにドキドキして、小柄スレンダーな正統派美少女杉山さんを前に呼吸が乱れて、ああ実は渡辺さんもぽっちゃりだけど色白で可愛い。川田先生だって色ガキの空想には絶好の標的だよよね。
ちょっと落ち込んだら、その内リアルな恋人いやガールフレンドでも作ろう。
時間の超越? 全てをデーター化?
なら僕は”ふとネトゲしてたら異世界、過去にトンだ”ワケ? しかも帰ってきてるし。
はん。そんな無茶苦茶な科学考証、フツーの高校生には理解不能ですよぉ~。
終了。しばらくしたら、別のガキらしい遊びにのめり込めば、適当に卒業して相応に社会の仲間入りでもしよう。
(さようなら。綺麗サッパリ忘れるよ)
ベットしかない部屋って塩くさいんだ。と、僕はぼんやりとつぶやいた。
巴さんは、あれから幸せな結婚生活できたのかな? ……。じゃあないだろ?
そうだ、私立に通ってる金野君に誰か紹介してもらおう。大人しい細身の鰯丸みたいな娘を? 違うぞ!
僕は、久しぶりに寝返りを打った。なにもない部屋。
紅餅さんは、元気印な娘だった。薄葉さん口は厳しいけど、それは自分の責任を果たしているからなんだよね。落ち着いて話せば、きっと薄葉さんとだって友達になれたんだろうな。でも、忘れるけどさ。忘れような。
ドスン!
僕は260キロ位のボディブローを喰らった。誰もいないはずの部屋で無音攻撃をされた。
「誰……だよ」
真っ暗でも瞳って光るんだね。驚いて辺りをサーチ。すると窓際に、いつものブチの仔猫がちょこんと座っていた。仔猫は、鳴きもしないでハカセの杜の木の枝に飛び移った。僕への攻撃って、なんだ。コイツじゃないか。不意打ちって痛いなぁ。
「お兄」、鍵を掛けてなかったかな?
ドアがいつの間にか開かれ、美香が立っていた。
「にゃんこも心配してたわ」
ブチの仔猫は、まるで枝ぶりから僕を観察しているようだ。じいっと僕の方を見つめている。
「そうか、心配かい」
美香が大きく首を縦に動かした。右手には、使用済みと判るスプーンを持って。さて、プリンを食べたのは美香か、仔猫か両者いずれもか?
「うん。有難う美香。御陰で虚勢でも笑える気がしてきたよ。プリン、要るよね」
美香が、さっきよりも強く首を動かした。ねぇ美香、首を動かした回数分プリンにありつけると思ってないよね?
何回も何回も首を降っている美香に呆れている僕に素晴らしい活力剤が届いた。
『発信者:三浦明子
同報メールです(大量の同報メールを警告します)
タイトル:明後日の日曜日、我が女子ラクロス部は地区大会決勝に挑みます! 応援団とまだ新入部員募集中!! 今ならベンチ入り確実。ギラギラ輝きたい女子大歓迎!希望者女子ラクロ
本文:ス部主将、一年四組三浦明子まで』
よかったね。三浦さん、八割方復活だな? まだフィスホと言うかメール使いこなせてないけど……
翌日、僕は平穏を装える程度にエネルギーは充電されていた。正直、存在不明なお姫様に一方的にフラれてしまって、唯一最大の趣味の情熱の行き場がなくなっちゃったんだから脱力感も残っているけど。
だからさ、なんでこんなタイミングで八月並の猛暑日来るかな。
昔は土曜日って午後の授業が無かったらしいけど、僕らの高校は科目選択次第で平日と変わらないカリキュラムになっている。僕は普段通りグランド前の土手で弁当だけど、この猛暑で薮蚊が唸っているよ。もう、季節的に限界かな?
早々に土手から退散した僕は、校門から配送車が出て行くのを見た。まぁ、それだけなら珍しくもないんだけど、
「わざわざ済みませんでした」
「本当は、学校に個人宛の荷物なんて駄目なんですよ」
「以後慎みます」
杉山さんが、地階の渡り廊下で事務のお姉さんに平身低頭の格好でお詫びしている。
「どうしたの」、と僕は声掛けしたけど、
「ううん。大丈夫」
杉山さんは、まるでバイバイのポーズをして問題がないとアピールをする。事務のお姉さんも、軽く僕たちに会釈をして立ち去ってしまった。
「ああそうだ、笠井君。教室に来て。御婆様からの荷物が届いたの」
荷物と杉山さんとお婆さんが、合致しないんだけど。今度は僕に来い来いと手招きをした杉山さんは、教室に小走りして退場。
教室ならいずれ行くけどさ。僕は薮蚊に刺されたから、ちょっと腕とかを洗面所で洗ってから教室に戻った。
「甘ったるい~」、「でも冷たいから気持ちいいよね」、「濃いぃねぇ。でも美味しいよ」
午後の授業開始直前。大体の生徒が教室に集まっていた。そこは、スペシャルな配給の最中。しまったな杉山さん、こう言うことかぁ。
教室には、配達されたダンボール箱から、ジュースを配る杉山さんとそれを即効で飲み干すクラスの皆。見た目幼稚園のおやつ時。
「よかった、笠井君。無くなりそうよ後二本」
杉山さんが、微笑みながらダンボールに手を入れる。
「笠井君……きゃっ」
ダンボールに突然太い腕が伸びた。三浦さんだ。あれ、教室にいなかったのかな。
「睦美サンキュぅ。昼練で喉カラカラでさぁ……」
「明子ちゃん。自分から割り込むなんて御行儀悪いって……待って!」
三浦さん。杉山さんが止める隙もなく二本目。
「明子ちゃん、無くなっちゃったじゃないの! 笠井君だけ飲んでないのよ!」
案外杉山さん激昂するタイプだったんだ。
「いやぁ~。あのさ……ごめん」
「御免じゃ済まない事もあるの! なんでそんな我儘な真似するの!」
「杉山さん、ストップ。三浦さん喉渇いていたんだから許してあげて。この時候で皆にジュースを配ってくれた気持ちで充分だよ」
「でもね、明子ちゃん時々こうなの! 我儘なの!」
「睦美」
「僕はいいよ。有難う」
「これじゃあ、笠井君だけが損してるじゃない……そうだ、明日、笠井君時間ある? 明日ピアノの演奏があるの。音楽部のコンクールなんだけど、入場券プレゼントする!」
「ラクロス部も地区大会準決勝戦なんだけど……」
「他人様のジュース呑んじゃう人は黙ってて!」
……。なんか怖い沈黙です……。しかも、
「ごめん、明日は妹のバレエの発表会があるんだ」、僕は不運だね。
「そんなぁ。? ねぇ、妹さんの発表会って市民プラザ?」
「当たり。どうして知ってるの?」
「なら、大丈夫。音楽部は大ホールで、バレエは小ホールで開催のはずよ」
杉山さんは、机に戻って取り出した封筒に葉書を入れた。
「コンクールの入場券。引換のプログラムで出入り自由だから、きっと来てね」
僕は、多分相当の男子を敵に回したね。でも、お父さんお母さん、美香。それでも爆進するのが、きっと青春なんです。
明日、玉砕してでも(今日から危ないか?)僕はコンクールに行くよ。




