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RTの悪用

 じめじめした五月の連休が開けて、爆弾が破裂したような日射しが今日も照りつける。社会の不快指数も加速してたからスカッとした事件でも起きないかなとくだらない期待をしちゃう。

 でも、事件って大体は誰もが当たって欲しくない事なんだよね。


 昼休み。二時限目に中間テストの日程だけが発表になったけど、ほとんどの生徒はまだ試験モードなんかにはなっていない。


 僕は放課後なら女子ラクロス部の練習が見学できる盛土で昼食を食べた。記念樹がいい木陰を作っているから、多少歩くのが苦でなければお勧めポイントなんだよ。


「おいっ。すっげー、巨乳巨乳」

 弁当の蓋を閉めて校舎の戻ろうとしていた時、部室棟から異常に興奮した声が聞こえた。

「何枚もあるぜ。頂き……ますかぁ?」


 部室棟は職員室から死角になっているから、昼休みはボール遊びをしたり、携帯フィスホアプリ中毒者のたまり場になっていて結構人気は多い。

 誰かの大声で、早くも生徒が集まっている。あそこは、女子ラクロス部……!


 ! 三浦さん!

 女子ラクロス部の部室前に、広げた新聞紙とほぼ同じサイズの三浦さんの写真が、貼り出されていた。写真の三浦さんは、なんと申し訳程度に紐状の布地を巻いただけで、卑猥な体勢をしていた。


「すげ、これ一年の三浦だろ」

 大判のポスターの下には、通常サイズの別の写真も並んでいた。こちらは、多分同じ写真を複製している、と思うけど僕が写真に驚いている間に生徒がドンドン集まって大判のポスターの上部しか見えない。


 三浦さん、どうして……

「これ、コラージュじゃないよな。本物だよな」

 いち早くポスターに接近した生徒は、まるでお持ち帰りくださいとばかりに貼ってある写真を手にイヤらしく笑う。

 違う! 不意に美香の言葉が蘇った。


(世の中バスト95のお姉さんが水着で微笑んでもらえる確率なんてナイようなものだわ)

 僕が三浦さんを貶めて、信じないでどうすんだよ! 大馬鹿野郎!


(アプリホルダー、“ハカセ”オープン)

 僕は、できるだけ小声でフィスホに内蔵したアプリを起動した。

(壁面色読み取り、カメレオンモード、画像切り替え)


「うわぁ、なんだこれ」

「爺いじゃんか。やっぱ罠か悪戯かよ」


 ……え? え? なに?

 三浦さんの(恐らく誰かの悪意の合成画像)ポスターは、部室棟の壁面に同化して見えなくなる。カメレオンって、そんか感じだよね。でも、僕たちの目には、身体はナイスバデイィー。でも頭部はヘラヘラ笑うハカセのポスターにすり替わっていた。うげぇ。


(壁面取り込み、画像切り替えろ)

 何回か修正を試みたけどムダだった。少し変わったのは、バランス超悪くナイスバディーに載っているハカセの頭部が百面相を始めたこと。

 そしてほんの数秒前までイヤらしい写真をポケットにしまいこんでいた男子は、慌てて写真を投げ捨てている。


 どうやらポスターだけでなく手に取られた写真データまで騙している。このプログラム半径何メートルかの画像干渉が有効らしい。後でハカセをとっちめる必要があるけど、最低限の仕事はしたらしい。


 ちょっと待って。らしいけど、らしくなかった。

「おい、また三浦の顔に戻ったぜ」

「ンなの今更いらねぇよ。気色悪い」

 ポスターの偽りのカメレオンモードの画像処理が乱れている。ハカセと三浦さんの顔が入り乱れ。正直僕も嫌だな。


 それにしても誰だ? ハカセのプログラムを攻撃できるやつが僕のそばにいる。

 幸いハカセ改造のカメレオンモードは投影機などの誤魔化しではないから、僕は辺りを見廻した。


 先日僕にイヤミを残した本多がいた。

 あいつ、あいつなのか。僕たちはの視線が交差した。距離およそ十メートル。ちょっと迂闊だったけど、次に何をするか考えずに本多に近寄る。


「おい、何してんだ。散れ、散れ」

 体育教師で生活指導副主任の篠原ことゴリ原が懸けてきた。川田先生も一緒だ。


「なんだこのヘンチクリンなポスターは。誰が貼った」

 おいゴリ原。剥がしたポスターをチラッと見てたな。


「他に写真を持っている生徒はいますか。この場から離れた生徒で、写真を持ち出した生徒はいるの」

 川田先生は写真を握り潰しながら回収している。


「不謹慎な写真を持っているなら出しなさい。異性に興味を持つなら、隠し撮り写真のコピーじゃない正々堂々したものにしなさい」


 ちなみに川田先生。僕、正々堂々とお母さんにグラビア没収されました。

 まぁゴリ原がポスターが剥してくれてバカ騒ぎの拡大が防げた。でも、本多はいなくなっていた。



『わたしのおっぱいを見て』

 残念だけどまだ余震は続いていた。


 授業や掃除のサボリ魔の安藤か境だろうな。教室の特大ボードに、さっきのイヤらしい写真の真似した絵、もどきがデカデカと悪戯書きされていた。これ、美術ならマイナス点だけど、三浦さんを傷つける効果はある。


 その勇気だけは認めるけど、境は三浦さん安藤は三浦さんプラス杉山さんに告白してフラれた経験があるから仕返しのチャンスを狙っていたんだ。きっと。


「大胆な写真だったぜぇ」

「卒業したら、ナイスバディ活かしてオトナのビデオ主演ですかぁ」

 ラッキーなことに教室には三浦さんがいない。多分ラクロス部の仲間とお昼しているんだ。


「安藤君駄目よ、消しなさい。クラスメイトを傷つけるなんて最低」

 杉山さんが悪戯書きのそばで三浦さんの悪口を囃し立てている安藤を注意してる。

「んだよ。自分の部室わざわざに貼るなんてよほど自慢したいんだぜ」

「そうそう、なら皆に報らせてやるのが友情だろぉ」

 安藤は杉山さんを上から睨んでいる。


「もしかして杉山、お前胸が小さいのだけが三浦に負けているからコンプレックスでしゅかぁ」


 ホワイトボード消しは安藤たちが踏みつけていたから、杉山さんは素手で悪戯書きを消し始めた。

「お前」

 こんな時、僕は。

 僕は、たった今教室に入ったように振舞った。


「安藤、ナニそれ。おっぱいの絵かぁ。デカいなぁ」

「笠井、判るか。イイよなぁ。あのデカいおっぱいは」

「うん」、僕は右手を高く突き上げる。

「安藤も皆も、おっぱいは好きかぁい?」

 安藤や境だけじゃなく何人かの馬鹿が雷同する。

「おっぱいは最高だー」

 境は、教室中に響くほど手を叩いてはしゃいでいる。

「でもさ、こんな絵では満足できないな。みんな、おっぱいは、実践だぞー。今すぐ楽しもぉー」

「おー。笠井同志。賛成だ」


「ならば」と僕は制服のシャツのボタンを外す。安藤と境がキョトンとして、僕の行動を予測する前に全力で二人の首根っこを抑えて(男子のもそう言うのかな?)乳首辺りに顔を埋めさせた。


「まずは、接触レベル1の男同士のおっぱいから始めないとな」

 軽い悲鳴と色んな種類の笑い声や、ツッコミセリフ、罵倒が教室を支配した。

 ゴメン。こんな手段しか思いつかなくて。

「笠井てめ。ふざけんなよ。殺すぞ」

「汚ねぇぞ」

「ナニを言うか。男同士なら不純異性行為の校則違反にならないし妊娠の心配もないぞ。安藤と境さ。お前たち仲いいから、どうだい」

「やめろ、考えさせるな。笠井、覚えてろよ。明日は葬式だぞ」


 通夜を知らないとは。それに。

「口直しだ」

 捨て台詞を残して廊下に出た安藤と境は、五時限目担当の先生に見つかってそのまま職員室送りになった。

 痛い損害だが、正義は勝つ。と、しておいてください。(泣き)


 田舎芝居の脚本でも不採用だろう僕の捨て身の行動は、かろうじて教室の空気を替えることは成功した。僕はしばらく変態のレッテルがつくだろうけどねぇ。できるだけ平穏な学生生活をしたかったんだけどな。


 先生が安藤たちを職員室に連行している隙間の時間。


「ねえ、笠井君」、渡辺さん?

 渡辺さんは、リボンがついたサイン帳を僕に差し出した。いつも持ち歩いている帳面より一瞬で高級な造りが伺える。

「サインして」

「入学式の日に書いたじゃない」

 渡辺さん、少し頬を朱らめてないか?

「笠井君の新しい趣味の世界が広がったBL記念日」

 あのね。


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