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巴姫と我が家の姫

 鰯丸がオロオロしている。

 だけど、薄葉さんは頑として動かない。


「そなたのような破廉恥な輩の目通りなどまかりません。昨日の今日でよくも恥知らずな」

「それのことはゴメンなさい」


 ハカセ、一体どんなプロテクトなの? それとも巴さんシナリオはもう終了?


 僕は、授業が終わるとハカセの杜にまっしぐら。まだ修正が完了していないと渋るハカセを急かしてRTを起動してもらった。


 でもハカセの心配は多少当たって今回もセーブオフは失敗して、僕は一日経過した状況で巴さんのいるシナリオにアクセスしたんだ。


「あの、薄葉さん、巴様がお通ししても構わぬと……」

 走ってないと兎の子さんはキャラ弱いね。兎の子さん、鰯丸、僕。そして僕の真後ろに薄葉さんと続いた。


「また薄葉は心配性だね」

 この前も僕が通された裏庭の濡れ縁に、巴、姫。がいた。

 今まで、巴さんは小袖に紺袴姿しか僕は見ていない。でも今日は、鮮やかな打掛を重ねて袴も履いていない。簪とかはなかったし、ちょっと巴さん大柄だけど、江戸城の大奥にいても退けをとらないお姫様姿だった。


 僕は(このシナリオ上は)昨日のお詫びもしないで、艶姿の巴さんの傍に正座していた。巴さんも、すぐには口を開かなかった。


「笠井君。江戸のどこに“こうこう”があるのですか」

 今までの巴さんの話し方じゃない。

「江戸? ああ東京の昔の呼び名ですよね……まだできてないんです高校は。今作っています」


 学生のある一時期をそんな言い方するのは明治以降のはずだ。僕は、高校の意味を知らない巴さんに嘘をついた。巴さんは、“こうこう”を地名と勘違いしているらしいからね。


「今日にも武蔵国の江戸に行くことになったんです」

 これは、薄葉さんも一の従女のはずの鰯丸も知らなかったらしい。巴さんは、投げ捨てるように巻紙を薄葉さんのの足元に置いた。ああ、あれは昔の手紙なんだ。


 薄葉さんは、食い入るように手紙を眺めていたけど、やがて丁寧に折畳んで胸元に収めた。


「垂井を離れるのは嫌だなぁ」

 巴さんは、まるで独り言のようにしゃべる。横に並んでいる従女たちは、明らかに皆動揺を隠せない。薄葉さんは目を閉じているし。


「しのぶちゃんともう会えないかも。せめて“こうこう”が江戸の近くならばたまには笠井君と話せると思ったのに」


 どうして巴さんが江戸に行くんだろう。この質問、していいのかな?

「ねぇ、この木綿の単衣どうかな」

 巴さんは、僅かに袖を広げた。

 木綿? お姫様=贅沢で、着衣は絹なんじゃないの? 僕は、軽く驚いた顔をしてしまった。巴さんの顔が、気のせいか曇っていた。


(セーブオフ……)



「洸次なんじゃ。今度は胸元にでも手を入れたかえ」

 僕は急いでRTから現実に戻った。ハカセぇ~。またエッチなことして強制ログアウトしたと思ったな。

「ねぇ、木綿って関ヶ原時代は高級品だったの?」

「ほえ? 関ヶ原時代なんて新しい言葉勝手に創りなさんな」

「普通絹だよねお姫様って」

「あ~あ、だから現代っ子は。今存在するものが全てそっくりそのまま昔からある訳ではないわ。木綿は明治になるまで国内需要を賄える生産などなかったんじゃわ。元々熱帯原産の木綿は日本には原生しとらんから室町までは国産木綿などほとんどないわ。じゃから輸入国産どっちでも高級品じゃよ」


「サンキュウ。ログイン設定……」



 小太刀の射程距離にいるから僕は半歩だけ巴さんに近づいた。

「すぐ判らなかったけど、伊勢産の木綿でしょ。染のノリが良くて美しく映えるし、しかも実用的だ。上品でさりげないお洒落だね。さすが巴さん」


 ハカセは僕が再ログインする前にみっちりと(泥縄付け焼刃で)風俗の授業を受けた。教えられた文言をそのまま僕はしゃべっただけなんだけど、


「え、よかった判る。薄葉が色とか見立ててくれたんだ」

「笠井。くん、のために着るならこのような逸品用意致無用でしたね」

 薄葉さん、セリフと表情がいつも一致してないよ。

「たった今特別にお香も炊かせたんだよ」

「うん。素敵だね」、君の快活さがね。

 よしハカセの入れ知恵のおかげで、なんとか最悪の状況で巴さんのシナリオが終了するのは回避したな。


「さて、江戸に向かうとなると一大事。支度や手配で猫の手も借りたいほど。笠井君これで遠慮して頂けますか」

 まぁ堅い人だね。薄葉さんは。

 僕は鰯丸にお城の正門まで見送られて、そこから少し歩いてセーブオフした。


 あれ、このモードで正規ログオフしなかったの初めてじゃね?




「シナリオの介入で生じるタイムカウントの誤差」

 セーブオフが失敗するのは、データの僅かなバグだろうとハカセは推測した。僕は、時間経過も案外いい効果だから、無理に修正しなくていいと考えている。肝心の接触レベルのバグに関しては、全く手がかりなし、らしい。


 それよりも。

「なんて呼べばイイ? タマ。クロ、シロクロ、ブチ、チビちゃん?」

 またハカセの杜からブチの仔猫が付いてきている。


「美香にまたからかわれちゃうからさ」

 断じて僕の恋人ではない仔猫は、呼びかけにもプチ苦情もどこ吹く風。当たり前か。猫、仔猫だもんな。


「またプリン食べる気かい?」

 まるで達磨さんが転んだ状態。僕が歩くと仔猫は歩く。振り向いて呼びかけたりすると毛繕いや、なによッ! ってな顔で僕を見て立ち止まるし。僕はやっと上向きな気分になっていたから、あまり無下に仔猫を追い払いたくなかったから、放っておいたんだよ。


「た、只今ぁ」

 からかわれたり面倒だから、どうか美香もお母さんもいませんように。

 そぉっと玄関を開けていると、猫の脱兎ラン。片足程度の隙間が開くと、仔猫は二階に駆け出して行ってしまった。あ~あ、美香がこれを見たら……!


「美香?」

 美香が玄関にいた。静かに自分の足元をみるように立っていた。全くなにをしているんだ。この風変わりな妹は。

「お兄。お帰りなさい。美香寝てしまうところだったわ」

 いや、寝てたろ。きっと。

「寝てたと思った? でも、これは練習なの」

 玄関で寝るのが?

「お兄、辛い経験だけど、大切なことよ」

 変わった妹との生活が辛い? かもね。

「だからね。フィスホが必要になるわ」

 潤もそうだし、なんで僕の周りには電波系いるかな。どう割り引いても可笑しな会話を、お母さんがフォローした。


「洸次、次の日曜日空けときなさいね。美香のバレエ発表会に行くわよ」

「美香、バレエなんてやってたの?」

「先月からよ。しかも、初心者なのに最終場面に抜擢されたのよ」

 お母さん、また嫌な予感がします。

「いやぁ、僕は芸術系は遠慮したいなぁ」

「チケットも半額にしてもらったから観ない訳にいかないでしょ」

 もうオチは確定してます。お母さん。

「お父さん、今夜岐阜から帰れる予定が、突然新潟に追加出張になったのよ。だから、お父さんの代打で洸次が美香の応援すること。ハイ決まり」

 半額でも十分ムダ使いです。と抵抗しても徒労に終わるのが確定しているから、僕は美香の頭を撫でながら、苦笑いした。

 美香、だからどんな意味のグッジョブなんだよ……



 僕の風変わりな妹の美香とは六歳歳が離れている。当たり前だけど、僕が幼稚園年中の時に産まれた。だけど、実は僕は美香が宇宙人じゃないかと疑っていた。もちろん高校生になった今そんな途方もないスケールのお話は誰も信用しない。僕自身も。


 代わりに、美香は(お父さんが濃厚だけど)、浮気かなんかの子供じゃないかと考えてしまう。お母さんの父さん、僕たち兄妹の祖父にあたる人の見舞い直お葬式から帰ってきた両親が、前触れもなく美香を抱いて帰ってきたんだ。


 時折美香を見ていると、親戚の家で予定より両親の遅い帰宅を大人しく待っていたのに。子供ながらに裏切られたような思い出が鮮明に蘇るんだ。

 年の差とか男女とかもあるけど、僕が美香を苦手にしているのも、そんな引け目かもしれない。美香にはなんの責任もないけどさ。

 だから。

 僕と美香の心のズレが、こんな奇妙な関係を形成しているのかな。

 辛い経験……?



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