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僕のシャツが切れた件

「随分ご機嫌じゃの。洸次」

 幸いにお母さんもゴールデンウィークの中徹頭徹尾監禁するつもりはなかったらしく、散歩の名目で僕はハカセの杜に来ていた。


「うん。データもほぼ復旧したし、新規のイベントも面白いしね」

「合戦は参加しないのかえ。やっとノブナガシナリオが開放されたと言うに」

「結局合戦はアクションゲームだから、運動系の独壇場さ。いつもと違う世界を覗ければ、僕はいいんだ」

「まぁ、好き好きだからの。ホイ、始めるぞい、ノブナガ様に宜しくの。くれぐれも”僕はノブナガ”の部下だとRTと現実の分別を失わないようにの」


 昨日、RT店から出た無職の男が、そんな暴言を吐いて街中で大暴れしたニュースが流れていた。いい迷惑だよな。


「う~ん。ノブナガは、聞いた限りでは僕向きじゃないな。アクセスコード、7777」

 日時を特定しない、安土城付近に、僕はアクセスする。

 予定だった。


 田圃? の中にいた。いや、ホワイトアウトから通常の色相に戻りだすと、僕は田舎道の端っこに立っていた。

 安土城って、外国人が絶賛したドデカい要塞兼お役所だよね。僕の視界の遠方に、確かにお城っぽい建物があったけど、お世辞にも荘厳豪華な代物じゃなかった。この程度のお城なら、僕の地元にも結構いい城跡があるよ。小学校の遠足で行ったもんな。


 ハカセが座標を間違えたんだろうか。

「あのぉ、すいません」

 お城に向かって女性が歩いていた。周りにはこの人しかいないから、僕はとりあえず時代とかモード設定を間違えていないか確認しようとした。女性がホストコンピュータが制御するNPCなら紋切りだけど、設定を教えてくれるはずだからね。


「きゅう~ぅ」

 女性は、僕の質問に答える前に、なんの前触れもなくバタンキュウと倒れた。こーゆう伏線ってアリ?

「ええっと、これイベント? 大丈夫ですかと、とりあえず伺いますけどぉ」

 倒れた女性は、若い娘さんだった。娘……あれ?

「ドジっ子メイド」

「違いますぅ」


 この前プレイしたとき出会っていた巴さんの侍女、鰯丸だった。ドジっ子を否定した一瞬だけ正常な瞳だった鰯丸は、もぅ目玉はウズを巻いていた。

「ちょっと歩き疲れただけです。うう」

 歩き疲れたって鰯丸は、小さな風呂敷一つを待ってるだけ。本当に体力ない娘だなぁ。


「どこかで休む? それとも」

「ああっ笠井殿、もしや私が無抵抗なのを幸いに破廉恥な仕業を企んでいるのでは! なりません、私は巴様一の侍女ですぅ」

 一の侍女とドジっ子ぶりが僕には繋がらないんだけどな。


「じゃあ、おんぶしよか」

「殿方と濫り(みだり)に肌を合わせるなど以ての外です。ダメですぅ」

「肌って、鰯丸さん。君ちゃんと小袖着ているじゃない」


 室町以降女性の一般的な普段着を小袖と呼ぶのは、連休入り直前ハカセから教わったんだ。多少風俗も知らないと会話が混乱してシステムに負担がかかるからってね。

「それに僕R指定かかっているからね」

「あーるしてい? またも、欧州の呪文を」

「呪文? だから大丈夫だよ、エッチな真似は迂闊にできないって意味だよ」

「でもぉ」

「じゃあ、これで」


 僕は運動は苦手で、鰯丸を馬鹿にできるほど体力があるわけじゃないよ。でも、

「ああ、これも……」

 鰯丸は易々と僕にお姫様抱っこされた。いやぁ、軽る過ぎるなぁ。仔猫みたいだよ、このドジっ子は。

「できるだけ、接触しなければいいんでしょあの前方遥かなお城に行けばいいのかな」

「ううぅ。はいですぅ」


 鰯丸は抱き上げた直後は手足をバタバタさせたけど、すぐ抵抗は止めた。

「お礼は、あまりしませんよ」

「そですか」

 どーして意味なく僕なんかに強気になるかなぁ。

「巴様と会えると思っているでしょう。ダメですからね」

 そーゆーイベントじゃないのかな? これ、鰯丸フラグ?


「時節も身分も弁えなければダメなんですからね」

「はいはい」、てくてく。漫画だったら辺り一面にそんなフキダシか効果音が咲き乱れるくらい僕たちは黙々と歩いた。


「鰯丸。鰯丸さん?」

 いくら黙々でも静かすぎないかと僕は鰯丸の小さい顔を覗いた。僕の腕の中でうとうとしてるよ、この娘。


「あ、あ~笠井殿、まさか私に……」

 なにもしてません。コントみたいなやり取りをしていたら、僕が考えていたより速くお城に接近していたんだ。要は予想外に小さい城だから距離の目算を誤ったらしいね。


「鰯丸ではないか、またお前……」

 門番か衛兵か、どっちにしても軽装備の足軽が駆けて来た。

「すみません。ちょっと立ちくらみしました。このお方にお助け頂きました」

 足軽はそんなに驚いた様子ではないね。鰯丸が、バタンキューするのは日常茶飯事なんだな。

「笠井殿。お礼申し上げます」

 そう言い捨てると鰯丸は、お城の中に進んで行く。あれ、イベント終了? こうなると僕はどうも安土城下からは外れたみたいだし、どうしようかな。


「ぅん、今日は暖かですから、今頃巴様は裏庭です。ついて来ても宜しいですよ」

 鰯丸は背中越しにつぶやいた。ツンデレキャラですか?

「姫は今力を持て余していますから暇潰しです」

 僕は浮かれて鰯丸にくっいていく。


 狭いお城だから、僕たちはすぐ裏庭に到着。そして、巴さんはお稽古の時間だった。もちろん、お茶やお花の姫様稽古じゃないよ。

 女の子の武芸のイメージは、薙刀、後剣道かな。白い袴着けてさ。普通昔の喧嘩での啖呵で使われたらしい槍や鉄砲ではないよね。

「はっ」、「おう」

 その槍と鉄砲が目の前で唸ってる。今更思い出したけど、前アクセスで僕は火縄銃で撃たれていたんだっけ。


「鰯丸、無闇に姫様の御前に異人の童を……やや、笠井殿ですか。ようこそ」

 相変わらず薄葉さん、口調と表情が一致していないんですけど。

「ええっと、異人とか異形と散々ですけど。ふつーだと思いますが」

 RTではオプション選択をしないと衣装や言語には互換が自動設定されている。そうしないと言葉も通じないし宇宙シナリオで、宇宙服なしに身動きできないからね。


「突如現れ消え失せる身のこなし。狩衣や直垂姿ならいざ知らずその着衣余りに異形。南蛮人にしては達者な言葉。全身正体不明な御仁です。正直私は姫様への御め通り遠慮願いたい」

 まぁお仕事熱心だこと。


「薄葉、この人が危なくないのは、しのぶちゃんの折り紙つきだ。さぁもっと強く突いてみなさい」

 巴さんは複数の侍女相手にしながら薄葉さんに話しかけている。四人、五人。

 パパっと巴さんが鉄製の棒を振り回すと、五本の槍や薙刀は、悲鳴を効果音に地面に叩き落された。


「姫様、ご容赦を」

「お客もいるし、休もうか」

 巴さんは、まだ動き足りないのか鉄棒を上下させながら濡れ縁に腰掛けた。そしてさりげなく薄葉さんが、僕と巴さんの間に割り込む。


「鰯丸、依頼の品は」

「こちらに。急がせましたので全て紺染です」

 鰯丸は、風呂敷からたくさんの布切れを取り出してたんだ。どれも、図案が染め抜かれているね。

「小早川家の三つ巴紋もありますね」

 薄葉さんはため息をつく。紋? ああ、布は全部家紋かあ。

「笠井君、一昨日は驚いたよ。突然見えなくなるし」、とは巴さん。

 一昨日? ノブナガモードのNPCに回線切断とは説明しにくいしな。しかし、バッテリー切れ切断でも、時間がズレるのは拙いんじゃないか。


「まあ僕も意外に多忙な身でして」

「そう。しのぶちゃんから連絡はないしお父さんは垂井と佐和山の往復ばかりだし実際退屈してたんだ」


 巴さんはふと僕がまだ庭先に立ったままだと気づいた。

「どうぞこちらに腰掛けて。笠井君の分も白湯を」

「ああ、私が」

「鰯丸。そなたでは茶碗をひっくり返すからなりませぬ」

 薄葉さん手厳しい。

 うなだれる鰯丸。すぐに前回の同行者でなかった侍女が僕や巴さんたちの白湯を運んできた。

「ふぅ、人心地つける」

 巴さんは茶碗の白湯を一気呑み。随分な運動量だったみたいで、幾つも汗が流れている。


「痴れ者! 姫から離れなさい」

 僕は、確かにちょっとエロ視線が入っていたかもね。目聡く薄葉さんは、お得意の小太刀を抜き払った。切られたか! と勘違いするほど間近で鋭い腕前だったんだ。


 僕はさすがに驚いて茶碗を落としてしまった。

「うわっちょっとタンマ、タンマ」

 あまりにアホセリフを口にてしまったのは、小太刀の一閃だけじゃなく、周囲がホワイトアウトを始めたからなんだ。R指定で、キラーリスクが設定されていない場合、プレイヤーの言動で強制ログアウトするケースがある。今回、僕の驚き声がこの事例に該当してしまったらしい。



「ひどい目にあったなぁ」

 僕はインカムを外しながら額の脂汗を拭った。やはり汗をかいている手の甲で擦っても、不快なだけだったね。

「洸次……」

 ハカセが、妙に小声でつぶやいている。

「ハカセ。いい加減って凄いね。キャラの設定のリアルさより、楽しい、いいっ加減は必要だよ」


「洸次、お前さん」

「あ~。今日は続けようかなぁ。このまま退散もシャクだけどね」

「そのシャツどうして今裂けたんじゃい」

「シャツ?」


 僕のポロシャツは、第二ボタンの辺りで真一文字に解禁されていた。じゃない、切れていた。裂いたり破いたりではなく、鋏みとかカッターを使ったように。

「どうして……」

 僕は、無駄に風通しのよくなってしまったシャツの切れ目に手を添えてみたけど、やはり切れているのは間違いない。


「ハカセ、RTは触れる感覚までの再現じゃないの? 実害があるなんて聞いてないよ」

「じゃが、洸次の服は現実に割かれておる。RTの限界でもあり、良さでもあるが、正規版ではプレイヤーに実害など有り得ん」

「でも、接触レベル3だと青アザできるんでしょ」


 先日の三年の本多が怪しいけど、僕のRTのデータは、R指定が外れて関ヶ原リアルモードでキラーリスク有効に改悪されていた。キラーリスクのせいで、自動的に接触レベルの制限が取れた可能性もあると僕は思っていたけど、違うの?


「接触3伝説か。あれはな、店が作為的に広めた嘘、噂じゃよ。RT法と呼ばれる業界の規制法では、レベル2の継続刺激すら制限しとるぞい」

「え~皆レベル3でって話してるよ」

「それはな、洸次。裸の王様じゃ。自分が凄いプレイヤーだと自慢するために、嘘をついているんじゃ。多分最初は、RTが第一期ブームが過ぎた頃RTの店側が接触レベル3の噂を出して客を引き止めようとしたんじゃ」

「でも、システムが接触レベルって起動時に毎回確認してるよ」

「システムの直接のお客は誰じゃ。洸次は、システムをどこで使っているかえ」

「お店……じゃあ、僕たちはずっと騙されていかのかぁ!」


 情けなくなってきたよ。

「接触レベルの開放だけでRTやっとるなら、それは間違いなく騙されたの。でもな、まぁ噂を信じたお客を繋ぎ留められて、リアルモードも完成をした訳だし、まぁ許容範囲内にしとけ、それに、今は噂より、シャツじゃ」

 ああ一枚切られてダメにしちゃったんだ。お母さんにバレたらどんな罰があるか。考えたくないよぉ。


「接触レベル自体は本当に5まで存在するんじゃ。洸次、RTはどうして創られたか知っておるかえ」

 僕は首を振った。

「新企画の娯楽としては、開発費の割に戻りが少なそうなRT。もちろん最初はそんな名前じゃなかったが、RTは幾つかのプロジェクトの試験プログラムの一つじゃっだったんじゃぞい」

「試験? なんか嫌な響きだなぁ」

「まぁそうかもな。プロジェクトの一つはあらゆる物品をデータ化を目的にしておった。そうすれば飛行機より安価安全で高速な流通が可能になる素晴らしい世界へ繋がる試験だったんじゃ。人間の腕の動きを伝達してロボットアームに真似させるだけなら、儂が洸次より年下の時分、半世紀以上前から完成しておる」

「その話と映像なら何回も聞いて見せられてるけど、超非現実的っぽい話しに聞こえるんだけど」

「何ぉ言うとる。フィスホやその主力のネット、各種テレビは、とどのつまり皆データではないかえ。原始的には音声を振動データ化して、その振動を伝達して電話が誕生したんじゃぞ。フィスホは電話の子孫じゃないかえ」

「で?」


「RTは音声と触感。普通は声と肌触りのことじゃが、案外人間も、いいや万物は耳では聞こえない音や振動を出しておる。全て引っ括めての『音』。更に皮膚の表層の感覚。体温やその場の気温や五感。これも併せた触れる感覚までは再現してデータ化出来た」

 僕は、丁度鳩時計の扉みたいになってしまったシャツをパタパタと開け閉めしながらハカセの説明を聞いていたんだ。実際面白くない話になっていたしね。

「データ化さえできれば、あらゆる事象への問題が消滅するんじゃ。パイロットだって、最初はフライトシュミュレイター、つまりデータから訓練をする。医者だってダミーでメスや縫合の訓練をする。経験や知識は詰まるところデーター化じゃよデータ。生命も遺伝子の産物。世の中はデータの塊なんじゃ」


「でもフライトシュミュレイターで何回墜落しても死なないじゃない。ダミーで誤診しても」

「そう本物っぽいだけじゃ。キラーリスクそれ自体ではゲームの終了の変化球でしかない。でも、真に迫る感覚、つまりリアルタッチと合体すると真実味は増す」

「でも、偽物でしょ。ゲームでしょ」

「そう、RTの安全性とリアルの追求は矛盾する要求じなんじゃよ。RTがバーチャルリアリティのバージョンアップに過ぎなくても安全性を何より守るべきじゃの。なのに儂のRTプログラムで、こんなヘマをしでかすとはのぉ」


 触れる感覚は、いわゆるタップすれば色々な機械が動くのと同じだよね。

 ハカセは失敗したと落ち込んでいるけど、でも逆にスゴくね?

 僕は剃刀みたいな「データ」を受け取ったんだね。新技術の目撃&体験者だよ。まぁシャツ一枚ダメにしちゃったのは困るけどね。あ、鉄砲の弾で戦死もイヤかな……


「そんなの微調整じゃないの。僕は、今のシナリオも気に入っているよ」

 プログラムの確認と修正は必要らしいから今日の実験は中止になった。僕は恐る恐る家に帰った玄関入って二秒でお母さんに切れたシャツごと発見された。幸いそんなに怒られなかったよ。(ほぉ~)


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