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冷血姫と無血騎士  作者: 優流
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ヘルムの騎士

どこまでも広がる青い空を眺める青年がいた。眺める空の色を写したような蒼い瞳と全てを飲み込むような黒髪が特徴的な青年だ。

青年はくたくたになったシャツとダボダボのズボンを履いている。一見すると、仕事をサボっているようにも見える青年のすぐそばに黒い鞘に納められた一振りの剣が置いてある。しかし、その剣は抜けないように鞘と柄の部分が鈴の付いた鎖で結ばれていた。





ここはヘルム。

三方を険しい岩山に囲まれ、その地形を活かして一つの要塞が築かれた。そこに人が集まり、いつしか要塞は一つの都市になり、都市は狭い領土ながらヘルムという小国を形成した。

ヘルムを囲む岩山が城壁の役割を成し、唯一の出入口は分厚い鉄の扉で閉ざされている。かつて、いくつかの国が軍を率いてヘルムに侵攻した記録があるが、鉄の扉と岩山に侵攻を阻まれ、全て失敗した記録も残っている。そのためにこの戦乱の時代にヘルムほど治安が良い場所は無いと言われている。

空を眺める青年は、ヘルムの鉄の扉のすぐ脇にある見張り台にいる。ここはヘルム中心地より静かで、何より一見サボっているように見えるが、青年はこれでもちゃんと仕事をしている。


「ユウ殿!!」


静寂を破って図体の大きな中年の男が現れた。

ユウ。それがこの青年の名前だ。


「あれ?もう見張りの交代の時間ですか?」


「もう昼時でございますぞ。ささ、うちの女房と娘がユウ殿にと弁当を作りましたぞ」


中年の男は満面の笑みで弁当を差し出した。ユウもそれを笑顔で受け取った。


「いつもありがとうございます。今度何かお礼をさせてください」


「いやいや、お礼なんて……うちのが好きでやってることですし……」


苦笑いしながら男は自分の分の弁当を開けて食べ始めた。ユウもいただいた弁当を開いて、手を合わせると静かに食べ始めた。弁当は美味しそうなサンドイッチだった


「別に私もユウ殿を嫌っているわけではないのですよ?ただ、最近女房も娘もユウ殿のことばっかり聞いてくるんですよ?だから、少し寂しいと言いますか何と言いますか……あ、ちなみにその玉子のサンドイッチは娘が作ったんです。『父ちゃんには失敗したやつ入れといた』って……」


視線を男の弁当に向けると確かに形が崩れているサンドイッチばかり入っている。それを見て、ユウは何だか申し訳なく感じてきた。


「とても美味しいですよ、娘さんの作ったサンドイッチ」


「それを聞けば娘も喜びますよ、ハハハ……」


男の笑顔はどこか苦しそうだ。


「いやしかし、こうして笑えるのもユウ殿とヘルムのお陰です」


この男とその家族は数年前にヘルムに亡命し、現在はこうしてヘルム防衛のために働いている。ヘルムにはこうして安全と治安の良さを求めて亡命する者が多い。


「僕は何もしてませんよ」


「そんなことはありません!」


男は急に苦笑いしていた顔を引き締め、真っ直ぐユウを見つめた。


「私の娘はユウ殿に会って、変わりました!それまで少しも笑わなかった娘が……娘が……」


男は持っていた手拭いで込み上げてきた涙を拭った。彼の娘はヘルムに来るまで、戦地のただ中で生まれ育ち、いつ何が起こるかわからない恐怖から笑わなかったという。しかし、安心できるヘルムに来てからは友達もでき、よく笑うようになっている。


「ユウ殿、あなたは私の恩人だ」


「恩人だなんて……」


ユウは男が亡命した当時、娘にも何度か会っている。いつも怯えて、父であるこの男の後ろに隠れて、離れようとしないそんな少女だった。


「僕はただ、あなたの娘さんが……あんな顔をするために生まれてきたんじゃないって、そう思っただけです」


ユウは微笑み、娘が作ったというサンドイッチを食べた。少し塩が多かった気もするけど、とても美味しかった。最近会う機会は無いが、このサンドイッチを作っている風景を想像するに、怯えた様子はなく、美味しいサンドイッチを作ろうとする一人の少女と、それを見守る母親の姿が浮かんだ。たぶん、その様子を実際に見ているこの男はきっと幸せな気持ちだろう。













「ご馳走さまでした」


「ご苦労様です。では、あとは私が」


食事を終えた二人は見張り台の職務を交代して、ユウは剣を持ち、見張り台から立ち去ろうとした。

しかし、食後の休憩を挟む間も無く、緊急事態が発生した。


「ユウ殿!!」


男の図太い声がユウの足を再び見張り台に返した。男は望遠鏡で遠くを見ていたが、望遠鏡を使わずとも事態の緊急性は把握できた。

ユウと男の視線の先に砂煙が上がっていた。砂煙の先頭にはヘルムに向かって全力疾走してくる一頭の馬と馬にしがみついている若い女の姿が見えた。そのすぐ後ろには、若い女を追いかける何処かの国の兵士が数人。


「ユウ殿、大変です!あれはアレス兵です!!」


男から望遠鏡を差し出され、若い女を追いかける兵士達を注視した。

兵士達が着ている鎧の胴の部分にはハートと、ハートに巻き付く蛇の紋章が描かれている。この紋章には蛇を守り神として崇めると同時に、敵の命を確実に奪うことを表している。ユウが知る限り、こんな悪趣味な紋章を国旗に描いている国は一つしかない。


「……確かにアレス兵だね」


ユウは持っていた剣を腰のベルトに帯びて、軽く準備運動を始めた。


「伝送管を使って、下に連絡をしてください。恐らく亡命者でしょう。開門準備をお願いします」


ユウは準備運動を終え、見張り台の塀に飛び乗った。


「あとはいつも通り、合図があるまで待機」


「了解であります!!」


男は敬礼して、見張り台の脇にある伝送管で見張り台の下に連絡を始めた。

ユウは眼下で追われている若い女の動向を確認した。どうやら、馬にしがみついているのに必死で前が見えていないようだ。そのためユウのいる見張り台とは反対側の方に走っている。しかし、ユウにはそんなこと関係無かった。


「じゃあ、行ってきます!」


そう言い残すや、見張り台から飛び降り、ヘルムの鉄の扉の上に着地するとそのまま反対側に走っていった。その後ろ姿に向かって、男は敬礼して、ユウの武運を祈った。


























鉄の扉の上から状況を確認する限り、どうやらアレス兵達は必死に逃げる若い女の姿を見て楽しんでいるようだ。その気になれば、若い女の前に回り込むこともできたはず。しかし、そうしていないことから、やはり若い女を弄んでいるのは間違いない。


「チィッ……」


ユウは苛立ちを隠せない様子で、舌打ちをした。






追いかけるアレス兵達に動きがあった。若い女を追いかけるアレス兵は五人。そのうちの二人が若い女を抜き、回り込んで道を塞いだ。若い女が乗る馬は驚いて、暴れだし、女を降り下ろして、その場から走り去った。

落馬した女は必死に痛みに耐えながら立ち上がり、ヘルムの鉄の扉を目指した。アレス兵には今の状態の女を捕まえるなんて容易いはずだが、馬上から必死に逃げようとする女の様子を嫌らしい笑みを浮かべて眺めている。


「ほらほら、もう直ぐヘルムだぞ~」

「ほら、頑張れ頑張れ、アハハハハハ」

「俺、辿り着かないに銀貨10枚~」

「じゃあ、辿り着いたら皆に酒奢れよ?」

「いいね~!この可愛い娘ちゃんについでもらおうぜ!」

「バカ、それには辿り着いたらダメだろう?」

「あ、そっか!アハハハハ!!」

「じゃあ、どうすんだよ?」

「いや、そろそろ連れて帰ろうぜ?」

「チッ、仕方ねえか……」


アレス兵達が馬を降りて、女に近づき、その手が女の金髪に触れようとしていた。





その瞬間。若い女とアレス兵達の間に黒い人影が現れ、同時に嫌らしい笑い声も必死に逃げる若い女の荒くなった呼吸もかき消して、耳を貫くような金属音が響いた。その場にいる誰もが驚き、慌てて耳を塞いだ。

若い女は耳を塞ぎ、目も固く閉じて、微かに金属音の余韻を残す静寂の中に閉じ籠った。しかし、その肩を誰かが触った。アレス兵達の冷たい手とは違う温かい手だ。


「大丈夫ですか?」


静寂の中に優しげな声が舞い降りた。若い女が恐る恐る目を開け、振り向くとアレス兵達との間に一人の青年が微笑みを浮かべて、こちらを見つめていた。空の色を写したような蒼い瞳の青年だ。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


青年の後ろから、アレス兵の叫び声が聞こえた。何事かと視線を青年の背後のアレス兵達に向けると、若い女に手を伸ばしていたアレス兵の腕が、正確には肘から手首の間の籠手で守られているはずの部分が、籠手ごとへし折られていた。


「キ、キサマ~!!一体何をした!?」


他のアレス兵達が剣を抜いて臨戦体制に入った。しかし、青年は表情一つ変えずに立ち上がった。


「少し下がって、待っててください」


若い女は頷き、青年から少し離れて様子を見た。





臨戦体制のアレス兵達が腕をへし折られた仲間を無視して、ユウと対峙している。


「何をしたか?ご覧の通り、貴方がたのお仲間の腕をへし折りました」


ユウの表情は若い女に見せていた優しげな微笑みではなく、自分の実力を誇示するように真剣で威圧的な表情をしている。


「アレス兵に告ぐ。ここは我らヘルムの領地。直ちにこの地より立ち去れ」


「フン!何が立ち去れだ!?お前一人に対して、こっちは四人!!」


「たいした装備もしていないガキが粋がってんじゃねえ!!」


「仲間の腕をへし折ったくらいでいい気になるなよ!」


「やっちまえ!!」


アレス兵達が一斉にユウに襲い掛かった。

アレス兵達に警戒心はあった。まぐれなのか、実力なのかわからないが、ユウが仲間の腕をへし折った事実は変わらない。目の前に突然現れたユウの実力は未知数だ。アレス兵達が警戒するのは当然だった。しかし、同時にアレス兵達にはただ一人の青年に遅れを取るはずがないという絶対的な自信があった。ただの四人の兵士ではなく、アレスの厳しい訓練で生き抜いてきた強者四人だ。負けるはずがない。

そう信じていた。

一人目のアレス兵が剣を上段に構えて突進してきて、間合いに入ると勢いよく剣を降り下ろした。しかし、ユウは紙一重で避けると、手に持っていた鞘に納められたままの剣でアレス兵の剣を粉砕した。

二人目。ユウの側面から襲い掛かるが、ユウはアレス兵の攻撃を剣で防ぐと、そのまま押し返し、アレス兵の胴体を薙いだ。鞘に納められた剣では当然相手を切り捨てることは出来ないが、ユウの剣はアレス兵の鎧に深くめり込み、内臓を傷付けない程度に肋骨を砕いた。

一瞬で。しかも、全て一撃で戦闘不能な状態にされた仲間を見て、残った三人目と四人目は攻撃を躊躇った。


「もう一度言います。ここは我らヘルムの領地。直ちにこの地より立ち去れ」


蒼い眼光が戦わずにアレス兵達の揺るぎない自信と戦意を根こそぎ奪った。

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