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冷血姫と無血騎士  作者: 優流
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冷血姫

死にたくない……


私の隣にはいつも死神が寄り添っていた。


死にたくない……


その一心で、私は盗みを働いた。


死にたくない……


その日食べるパンを盗んだ。


あるときは店から。


あるときは人から。


あるときはパンを買うためのお金を盗んだ。


死にたくない……


その為に手を紅く染めたこともある。



















私はただただ死にたくなかった。ただそれだけ。





















"あのお方"はそんな私に何を見たのだろう……








































大陸に点在する大小様々な国々が、あちこちで戦争を起こしていた。戦争の理由も様々だ。宗教の違い、曖昧な領土の奪い合い、略奪、侵略、それらからの防衛のために多くの者が剣と盾を持ち、鎧を身に纏い、今日も戦場へと赴く。

そんな戦乱の世に名を轟かせる猛者は多くいるが、その中でも一際有名な二人の騎士がいた。一人は軍事大国アレスの姫にして、アレス最強の騎士。もう一人は決して他国への侵略をしない絶対防衛を貫く国ヘルムの騎士。



この物語は二人の騎士に纏わる物語。


















見渡す限りの屍で埋め尽くされた荒野を夕日が照らしている。荒野を埋め尽くしている屍は一緒くたに混ざり、敵も味方もわからない。ある屍には矢が刺さり、ある屍は槍に貫かれ、ある屍は首を撥ねられている。辺りには微かな腐敗臭とむせかえる鉄の匂いと蝿が漂い、夕焼けに染まる空にカラスが集まってきた。

紅い色のガラスを埋め込んだような生気の感じられない瞳で、その光景を眺める女騎士が立っていた。返り血を浴びた長い金髪を腐敗臭が混ざる風になびかせている。見た目だけならば美女には違いないのだが、彼女が持っている剣と盾、身に纏っている鎧も返り血を浴びて、最早まばゆい銀色の鎧も剣も盾も錆びた鉄の紅に染まっている。


『冷血姫』


それがこの女の、軍事大国アレスの姫にして、アレス最強の騎士の通り名だ。敵に対して一切の慈悲をかけず、敵を惨殺する殺戮の姫。その姿を見た者はほとんど生きてはいないが、辛うじて生き延びた者は異口同音にその通り名を口にした。本人の名前よりも通り名のほうが有名で、誰も彼女の本名は知らない。むしろ、彼女自身、自分の名前を知っているかどうかも怪しい。それほど有名で、冷血姫を討ち取った者には一生遊んで暮らせるほどの賞金が懸けられている。

姫は持っている血に染まった剣の血を振り払い、ゆっくりと鞘に納めた。その瞬間を待っていたかのように屍の中から一人の男が現れた。


「冷血姫ェ!その首もらったぁ!!」


どこにでもいる浅知恵を働かせて、手柄を得ようとするゴロツキだ。屍に紛れて、姫の隙を窺っていたのだ。

しかし、姫は体を翻すと同時に抜剣すると、そのままゴロツキの両腕を落とした。一瞬の出来事に、何が起きたかもわからぬままゴロツキは大量の血吹雪を上げて、断末魔も挙げる間もなく、姫に首も斬られて絶命した。

姫の持つ剣も盾も鎧も、姫の白い肌と金髪にもゴロツキの返り血で更に紅く染まった。姫は荒野にまた一つ屍を増やしたが、何事も無かったように屍を踏み付けながら本陣へと歩き出した。ひょっとしたら、まだ屍に紛れて、姫の首を狙っている者がいたかも知れないが、姫にとってそれらを返り討ちにすることなど雑作もないことだった。




いくつもの松明の明かりで照らされたアレス軍の陣地に冷血姫が戻ってきた。


「姫がお戻りになられたぞ!!」


見張り台に立つアレス兵が叫ぶと陣地のあちこちで怪我の治療を受けていた兵士達や、兵士達の身の回りの世話をするもの達が一斉に集まり、姫を出迎えた。


「「「我ら栄光あるアレスの姫に敬礼!!」」」


出迎えた兵士達は寸分の狂いもない一子乱れない動きで右手の拳って高らかに掲げ、素早く心臓に叩きつけた。これが軍事大国アレスの敬礼だ。

姫がテントに戻るまでの間、兵士達は敬礼したまま動かない。姫がテントに入ったのを確認すると兵士達はようやく持ち場に戻り、怪我の治療や食事を始め、陣地に賑わいが戻る。しかし、テントにいる姫の様子は終始変わらず無表情なままだった。

テントの中には食事を取るテーブルとベッドが一つ。武器や防具を片付けておくマネキンがあるだけで、高貴な身分だが、極めて質素な内装だ。しかし、他のテントには置いていない物が一つだけあった。

食事を取るテーブルの上に、真っ二つに割れて半球状になった紫色の水晶が置いてあった。これは二つに割れたもう片方を持つほ人となら遠く離れていても会話ができる水晶だ。姫はテーブルの前に膝まずいた。


「我ら栄光あるアレス国、国王陛下」


水晶が淡く光始め、半透明な人の姿が写し出された。写し出されたのは上質な服を着て、顔を黒い仮面で覆った男だった。男は第13代アレス国王。昔、顔に火傷を負い、その火傷を隠すために無表情な仮面を被っている。しかし、その仮面の奥でアレス王は厭らしい笑みを浮かべた。


『おお、私の愛しい姫。そなたからの連絡を待ちわびたぞ……』


「ご報告が遅れ、申し訳ございません。現在侵攻中の……」


『姫……』


報告を始めた姫を遮り、アレス王は水晶越しに姫の姿をなめ回すように見つめた。

姫にはわかっていた。アレス王は戦況や戦果の報告なんて興味が無い。たとえ、この戦乱において他国を侵略し、軍事国家の規模を拡大し続ける大国の王だとしても、アレス王には報告なんて要らなかった。欲しいのは、姫からの連絡。

姫が冷血姫と呼ばれる所以は、彼女におおよそ感情というものが見られないことからもきている。戦場で敵を惨殺する時。助けを求める自軍を見捨てる時。戦いに限らず、食事の時も何をする時、喜怒哀楽、恐怖や憎しみ、喜びなどという感情と呼べるものが見られない。恥じらいさえも。


『おお、私の愛しい姫。お前はなんと美しいんだろう……』


だから、"毎晩のように繰り返されるこんなやり取り"にも、表情一つ崩さなかった。


しばらくして、息を荒くした王が口を開いた。


『姫……次はヘルムを頼む……期待しているぞ』


王は厭らしい笑みを浮かべたままゆっくりと消えていった。

姫と王の会話が終わるのをテントの外で待っていたメイド達が白いタオルとお湯の入った水瓶を持って現れた。テントの中には既に返り血を浴びていない白い肌を露にした姫が立っている。メイド達が何事も無かったかのように姫の体をタオルで拭くとタオルが赤く染まった。

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