婚約破棄されたので復讐しますが、隣国王子が過保護すぎて計画が全部溺愛に上書きされる件
――あぁ、やっぱりこうなるのね。
煌びやかな舞踏会の中央で、私は静かに笑っていた。
「リシェル・フォン・エルディア。お前との婚約は、今この場をもって破棄する」
高らかに宣言したのは、私の元婚約者である第一王子、セドリック。
その隣には、しなだれかかるように寄り添う女――ミレイナ・ローゼ。
……分かりやすい構図だこと。
「理由を、お聞きしても?」
私の声音は、驚くほど冷静だった。
「お前は冷酷で愛のない女だ。それに比べてミレイナは優しく、俺を支えてくれた」
はい、出ましたテンプレ。
けれど、私は知っている。
彼が夜な夜な、ミレイナの部屋に通っていたことも。
その証拠も、全部、揃っている。
「つまり、不貞行為を働いたのは殿下ご自身、ということでよろしいのですね?」
「なっ……!?」
会場がざわつく。
ミレイナがわざとらしく涙ぐむ。
「ひどい……リシェル様、そんな言いがかり……!」
「言いがかりではありませんわ」
私は指を鳴らす。
すると、控えていた侍女が書簡を差し出した。
「こちらは殿下とミレイナ様のやり取り。愛の言葉と密会の日時が、丁寧に記されています」
「ば、馬鹿な……!」
顔色を失うセドリック。
それでも彼は、強引に言い切った。
「だとしても、お前のような女は王妃に相応しくない!」
「……そうですか」
私は小さく息を吐いた。
そして――笑った。
「では、その婚約破棄、喜んでお受けいたします」
ざわめきが、一瞬で静寂に変わる。
「ただし――」
私は一歩前に出る。
「王家の名誉を傷つけた責任、そして私への侮辱。その代償は、必ず払っていただきます」
その瞬間、空気が凍りついた。
――復讐開始、ね。
◆
「……面白い女だ」
低く、愉しげな声がした。
振り返ると、そこには見知らぬ男。
黒髪に金の瞳。鋭いのに、どこか優しさを含んだ視線。
「あなたは?」
「隣国ルヴェリアの王太子、アルヴィンだ」
……は?
ちょっと待って、今なんて?
「先程の一件、すべて見ていた。実に痛快だった」
「それはどうも」
「で、これからどうする?」
「決まっております。復讐ですわ」
私が即答すると、彼はくつくつと笑った。
「いいな。ならば――俺が協力してやろう」
「は?」
「その代わり」
彼は、私の手を取る。
強引なのに、不思議と嫌じゃない。
「お前は俺のものになれ」
「……はぁ!?」
何この人、話飛びすぎじゃない?
「誤解するな。正式な婚約ではない。だが、お前を守る権利は欲しい」
真っ直ぐな瞳だった。
嘘がない。
だからこそ、厄介だ。
「……復讐のための取引、ということですか?」
「そうだ」
「なら、受けて立ちます」
こうして私は、隣国王子という強力すぎる後ろ盾を得た。
――ついでに、過剰な溺愛も。
◆
「リシェル、寒くないか?」
「平気です」
「そうか。ならこの外套を着ろ」
「平気だと言っているのですが」
「遠慮するな」
……めんどくさい。
というかこの人、距離感がおかしい。
復讐の打ち合わせ中なのに、やたら近いし甘い。
「……本当に協力する気あります?」
「もちろんだ。お前の望みはすべて叶える」
さらっと言うな。
心臓に悪い。
◆
復讐は、あっけないほど順調に進んだ。
セドリックの不正資金の証拠。
ミレイナの裏での悪事。
すべて、アルヴィンが用意してくれた。
「ここまで揃えば、あとは公開するだけだな」
「えぇ」
私は静かに頷く。
――終わる。
あの屈辱も、全部。
◆
そして、断罪の日。
「セドリック第一王子、及びミレイナ・ローゼ。国家反逆及び不貞の罪により、爵位剥奪と追放を命ずる」
王の宣告が響く。
「そんな……! リシェル、助けてくれ!」
情けない声。
あの時の威厳は、もうない。
「お断りします」
私は微笑んだ。
「自業自得ですもの」
「リシェル様ぁ……!」
泣き叫ぶミレイナ。
その姿に、何の感情も湧かなかった。
ただ、終わった――それだけ。
◆
「これで復讐は完了だな」
アルヴィンが隣で言う。
「えぇ」
「では、次は俺の番だ」
「……何がです?」
嫌な予感しかしない。
「お前を正式に娶る」
「は?」
「取引は終わった。だが俺は、お前を手放す気はない」
真剣すぎる顔で言うな。
「私は――」
「嫌なら断れ」
静かな声。
でも、その奥にあるのは。
「だが、その時は全力で口説く」
……逃げ場、ないじゃない。
私は小さく笑った。
「……本当に、面倒な人ですね」
「よく言われる」
「ですが」
私は彼の手を取る。
「嫌ではありませんわ」
一瞬、彼が目を見開いた。
それから、蕩けるように笑う。
「なら決まりだな」
――こうして私は、復讐の果てに。
とんでもなく厄介で、
とんでもなく優しい王子に捕まったのだった。
◆
――これは、婚約破棄から始まった物語。
だけど結末は。
復讐でも、破滅でもなく。
少しだけ甘すぎる、幸せな未来だった。




