好きなって、ごめん。
夕焼けに染まる帰り道。
制服の影が、いつもより長く伸びていた。
卒業式の一週間前。
来週になれば、もうこの道を一緒に歩くこともなくなる。
「ねえ、美月」
隣を歩く白石陽菜が、不意に口を開いた。
「好きな人に、告白しなくていいの?」
軽い調子だった。
でも、その一言が、紺野美月の胸の奥に引っかかった。
「……なんで急にそんなこと言うの、陽菜」
「だって、明日で最後じゃん。もう会えないかもしれないよ?」
何でもない顔で言うから、余計に苦しかった。
——もう会えないかもしれない。
その言葉が、頭の中でぐるぐる回る。
言わなきゃ。
言わないと、終わる。
このまま何も言えないまま、ただの“友達”で終わる。
「ねえ、誰なの?」
陽菜が、少しだけ身を乗り出す。
「好きな人」
無邪気な顔だった。
本当に、何も知らないみたいに。
心臓がうるさい。
逃げたいのに、逃げ場なんてどこにもない。
——今しかない。
「……陽菜」
一度、名前を呼ぶ。
それだけで、喉が締まる。
「え?」
陽菜が首をかしげる。
その顔を見た瞬間、もう止まれなかった。
「……好きな人、陽菜だよ」
一瞬、風の音だけが残った。
「……え?」
陽菜の足が止まる。
美月は、笑えなかった。
冗談だよ、なんて言えなかった。
「ほんとに?」
その声は、いつもより少し低くて、少し遠かった。
「……うん」
沈黙が、痛い。
さっきまで当たり前だった距離が、急に遠く感じる。
「そっか」
それだけだった。
それからの時間は、やけにあっさりしていた。
「じゃあね、陽菜」
「……うん、じゃあね、美月」
振り返らなかった。振り返れなかった。
その日から、陽菜は少しだけ変わった。
廊下ですれ違っても、目を合わせなくなった。
話しかければ、ちゃんと返してくれるけど、どこかぎこちない。
部活のみんなで集まったときも、
陽菜はいつも通り笑っているのに、
美月を見るときだけ、ほんの少しだけ表情が曇る。
それが、わかってしまうのが、つらかった。
卒業式の日。
体育館は、春の匂いがした。
名前を呼ばれて、返事をして、立って、座って。
全部が終わっていく。
終わってしまう。
視界の端に、陽菜がいる。
でも、美月はもう話しかける勇気がなかった。
校門の前。
写真を撮る声があちこちで響いている。
美月は、少し離れた場所で、それを眺めていた。
そのとき、不意に名前を呼ばれた。
「——美月」
振り向くと、陽菜がいた。
少しだけ息を切らして。
「……あのさ、美月」
言葉を探しているみたいだった。
でも、その先を聞くのが怖くて、美月は先に口を開いた。
「ごめん、陽菜」
陽菜が驚いた顔をする。
「好きになって、ごめん」
ちゃんと、言いたかった。
「困らせたよね。変なこと言って、ごめん」
声が震えそうになるのを、なんとか抑える。
「もう、気にしなくていいから」
笑おうとした。
うまくできていたかは、わからない。
陽菜は、何も言わなかった。
ただ、少しだけ苦しそうな顔をしていた。
春の風が吹く。
制服のリボンが揺れて、視界がぼやけた。
「じゃあね、陽菜」
最後に、それだけ言って、美月は歩き出した。
「……美月」
小さく呼ばれた気がした。
でも、振り返らなかった。
振り返ったら、きっと全部が崩れてしまうから。
好きになって、ごめん。
でも、陽菜を好きになれて、陽菜といられてよかった。




