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ひきこもりの町 第1部 風の芽吹き  作者: 中島 茂留


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7/24

第7話  風の設計図

1月22日

午後


町役場・第2会議室。

冬の日差しが窓ガラスを透かし、机の上の書類を白く照らしていた。

特別プロジェクトチームが始動して3日。

「ひきこもりの町構想」は、いま現実の制度と数字に向き合おうとしていた。


水野がホワイトボードの前に立ち、黒いマーカーを手にしている。

背後のボードには、大きく「信託スキーム(試案)」の文字。

その下には、いくつもの矢印が書き込まれていた。


寄付者(家)→ 信託口座 → 町監督・倫理審査 → 民間運営 → 支援対象者(家族)


「……というのが、昨日までに整理した基本構造です。」

水野の声は落ち着いていた。

「ただし、運営委託は原則として民間機関になります。」


「つまり、町が『受け皿』にはならないってことか。」

財務課の矢野が腕を組む。

「そうです。だから、『信頼できる第三者機関』が必要です。」


静かなざわめき。

広海は資料を見つめながら、小さく頷いた。

「……信頼。つまり、『想いを預ける場所』が必要なんですね。」


水野が微笑む。

「そう。お金を預ける場所じゃなくて、『想いを預ける場所』。」


会議室の空気が、少し柔らかくなった。

だが、そのとき建設課の高瀬が眉をひそめた。

「でも、その『信頼できる第三者機関』って、当てはあるんですか? 銀行か? 企業か? どっちにしても手数料や契約条件で揉めますよ。」


「それに、町の名前を使えば責任の所在も曖昧になります。」

山本が総務課の立場から補足する。

「制度設計の前に、『どういう者が担うか』の目途を立てなきゃ動けません。」


誰もすぐには答えなかった。

紙をめくる音だけが響く。

そのとき、広海が静かに手を上げた。


「……町の外にも、可能性があると思うんです。」


全員の視線が向く。

広海は言葉を選びながら続けた。

「以前、都内で『社会的孤立者の居場所づくり』をしているNPOのニュースを見ました。

 その代表の女性が言っていたんです。

 『支援ではなく、関わりを』って。」


「関わりを……?」

水野が小さく繰り返した。


「はい。

 誰かを助けるんじゃなくて、同じ場所で生きる。

 支援する側とされる側を分けないっていう考え方です。

 町の中に、そういう『関係の場』を持てれば……信託の実体にもなる気がします。」


会議室に一瞬の沈黙。

橋爪が頷いた。

「……なるほど。金の管理じゃなく、『信頼の管理』をするわけか。」


「そうです。仕組みの中心に『信頼』を置く。」

水野はマーカーを走らせた。

ホワイトボードに新しい文字が加わる。


【運営候補】

・地域NPO(町外連携含む)

・大学・専門家チーム

・町民ボランティア組織


「町の中だけで閉じずに、外から風を入れる。」

矢野が小さく呟いた。

「……悪くない。風通しが良ければ、自ずと運営資金も守れる。」


そのとき、ドアがノックされた。

政策秘書の森が顔を出す。

「田嶋さん、町長が呼んでます。すぐ町長室へ。」


場の空気がまた少し引き締まる。

広海は頷き、立ち上がった。

「……行ってきます。」


廊下を歩くと、冬の日差しがガラス窓に反射してまぶしかった。

町長室の前で一呼吸置き、ノックする。

中から、低い声が返ってきた。


「入れ。」


町長・大迫が湯呑を手にしていた。

「よく動いているようだな。」


「はい。皆さんのおかげで、少しずつ形に。」


「形にするのは結構だが、形だけじゃ風は動かん。」

大迫は窓の外を見つめながら言った。

「この構想を『現実』にするには、数字と顔がいる。

 ……信託を預けられる『人間の顔』だ。」


「……預けられる、というのは?」


「町が直接金を扱えん以上、仕組みを運営し、見届けられる人間が要る。

 誰もが『あそこなら任せられる』と思える相手だ。」


広海は黙った。

数秒の沈黙ののち、静かに答えた。


「……きっと、います。

 金や制度じゃなく、人の想いを預かれる人が。」


町長の口元がわずかに緩んだ。

「なら、探してこい。……お前の『風』でな。」


その言葉に、広海は深く頭を下げた。

胸ポケットの布の感触が、いつもより温かかった。


応接室を出た瞬間、冷たい風が廊下を通り抜けた。

だが、その風は不思議と痛くなかった。

むしろ、新しい道を通っているかのように頬を撫でていった。


……風の設計図は、まだ作り始めたばかりだ。


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