第6話 風を形に
1月20日
午後
町役場・大会議室。
冬の午後の日差しがブラインドの隙間から斜めに差し込み、机の上を白い線のように走っていた。
この日、集められたのは、町長の号令によって編成された特別プロジェクトチーム。
参加者の顔ぶれは次の通りだった。
大迫巌 町長
田嶋広海 環境衛生課/ごみ収集員
水野結衣 企画課主任
森達也 政策秘書室/町長付き
高瀬修司 建設課技師
橋爪啓介 福祉課主事
山本晴人 総務課主事
白山智久 広報課主事
高瀬洋介 税務課主査
矢野明彦 財務課係長
……町長以外は、いずれも町の若手職員。
普段は部署の壁を越えることなどほとんどない。
だが今日は、町の未来をかけた「前例のない会議」に呼ばれていた。
ざわめきの中、重い扉が開いた。
「……全員、揃ってるな。」
大迫町長が入ってきた。
分厚いコートを脱ぎながら、ゆっくりと前に立つ。
「今日から、この町の新しい取り組みを始める。
『ひきこもりの町構想』プロジェクトチームだ。」
一瞬、空気が止まった。
町長の声が、会議室の壁に反響する。
「金は出さん。」
静かながらも、断言する声だった。
「町の財政を当てにするな。その代わり……お前たちの知恵と心を出せ。」
ざわめきが再び広がる。
職員たちは顔を見合わせ、誰からともなく小さな声を漏らした。
「町が金を出さないって……」「そんなの、成り立つのか?」
前に座る水野結衣が立ち上がり、短く息を整えた。
「それが、この構想の肝です。」
彼女の声は落ち着いていた。
「町はお金を出しません。代わりに、『信頼』を出します。
倫理監督と運営監査、それだけを担います。」
ホワイトボードの前に、田嶋広海が立った。
緊張しながらも、穏やかな目で皆を見渡す。
「この仕組みは、親御さんの高額寄付とその一部の信託によって支えられます。
寄付の規模は、一家庭あたり数億円。
公募のNPOなどが子を安全に預かり、生涯支援するモデルです。」
誰かが息を呑んだ。
「数億……?」
「はい。」
広海は頷いた。
「町の財源を使わずに人を支える。それが、この構想の要です。
全国のデータを見れば、根拠はあります。
日本のひきこもり人口は、およそ146万人。国民の約1%強です。
一方で、一億円以上の資産を持つ富裕層世帯は165万世帯あります。
富裕層の中で『ひきこもり状態の家族を抱える家庭』を1%だとしても、それは1万世帯を超える規模です。
そのうち10世帯でも、この町を信頼してくれたら形になります。
全国で10組の親子が賛同してくれれば……それで仕組みは動き出す。」
会議室が静まりかえった。
静かな風がブラインドをかすかに揺らした。
水野が言葉を継いだ。
「寄付者にとって寄付は『愛のかたち』です。
行政が監督し、町がその意思を受け継ぐ。
そして、その仕組みがこの町の文化になる。」
その言葉に、何人かのメンバーが前のめりになった。
「俺、建設課なんですけど、施設の基準づくり、手伝えます。」
「福祉の申請関係、課長には内緒でデータ見ます。」
「広報の方で、町民にちゃんと伝える仕組み、作りたいです。」
「税務からは寄付控除の整理をやります。」
「財務も協力します。運用益の試算、作ってみます。」
大迫町長が腕を組んで、ふっと笑った。
「ほう……ようやく火がついたか。」
そして、ゆっくりと視線を全員に向けた。
「この町の役場はな、前例の鎧を着すぎた。
何かあれば『県が』『前例が』と言って風を止めてきた。
だが、今日からは違う。……自分たちで風を通せ。」
会議室に、言葉ではない熱が流れた。
広海は、その空気の中で静かに胸ポケットに手を当てた。
ブラインドの隙間から差し込む光が、机の資料を照らしていた。
そこに並ぶ文字……
「生涯共生信託モデル構想 第一期案」
若手たちはその紙を見つめ、誰ともなく席を立ち始めた。
「……やりましょう。」
「どうせやるなら、本気で。」
広海はその声を聞きながら、水野と目を合わせた。
彼女の頬にかすかな笑み。
町の中に、確かに『風』が通り始めていた。




