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ひきこもりの町 第1部 風の芽吹き  作者: 中島 茂留


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18/24

第18話  風の審査

3月12日

午後


庁舎3階の大会議室。

カー3ンの隙間から春の日差しが差し込み、長机の上に整然と資料が並んでいた。

壁の時計は午後1時を指している。

初めての倫理委員会が、静かに始まろうとしていた。


「……それでは、第1回『風の通る家』入居審査会を開きます。」

司会の水野が口を開く。

周囲には、医師、臨床心理士、弁護士、町民代表、町内NPO代表……5名の委員。

その後方には、橋爪、広海、森、そして町長・大迫の姿があった。

町の制度として初めて『人』を受け入れる日。

会議室の空気は、張り詰めていた。


会場中央のスクリーンには、3名の情報が表示されていた。

年齢、家族構成、健康状態、生活環境、面接記録。

いずれも町内在住の申請者である。


医師の委員が端から順に確認していく。

「身体的には3名とも自立可能。ただし一名は服薬管理が必要。」

心理士が続ける。

「全員に共通して、『外の空気を感じたい』という発言がありました。

 恐らく、この制度を家族で理解し同じ方向を見ています。」


弁護士がメモを見ながら言う。

「契約上の問題はありません。

 町外からの申請者は、本人の意思確認が取れず、今回は対象外とするのが妥当でしょう。

 町の中の方が、この構想の内容がより正確に伝わっているようですね。」


会議室に小さな頷きが連鎖した。

誰も声を荒げることはない。

淡々と進む審議の中に、言葉にならない重みがあった。


議長が静かにまとめた。

「……それでは結論とします。

 町外からの申請は見送り。町内の3名を第1次の受け入れ対象とする。」


委員たちは書類をまとめて席を立ち、出口へ向かう。

その途中、弁護士の委員がふと足を止め、

誰にともなく呟いた。


「……基準から見れば妥当な結果だ。

 でも、知られたら世間が何を言うか、だな。」


誰も返さなかった。

会議室の外を、午後の光が静かに流れていった。



夕方。

庁舎の一角では、水野が発表用の文案を整えていた。

モニターには、町のホームページの下書きが映る。


「『風の通る家』入居者第1次選定結果のお知らせ」

3名を第1次受け入れ対象としました。

詳細は個人情報保護の観点から公表を控えます。


水野が保存ボタンを押すと、画面右下に「公開準備完了」の文字が浮かんだ。

静かな電子音が一度だけ鳴り、庁舎の中に小さな区切りの空気が流れる。

これで、指定した明日の午前8時に町のホームページでこの情報が更新される。


広海はその後ろで、黙って画面を見つめていた。

夕陽がガラス越しに差し込み、デスクの上の書類を金色に染めている。


やがて、彼は小さく呟いた。


「……そう来たか。

 入居者第1号が……町長の孫、だなんてね。」


水野は何も言わなかった。

ただ、モニターに映る『公開準備完了』の文字を見つめている。


庁舎の外では、旗が音もなく翻っていた。

その布の揺れが、夕暮れの光に溶けていく。


……風が、想像もしなかった方向から吹き始めていた。


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