第15話 風の通る場所
2月20日
午後
新聞とネットを賑わせた「ひきこもりの町構想」の話題は、
一週間経っても鎮まる気配を見せなかった。
町の商店街では、立ち話の中で名前が上がる。
スーパーでは、「あの町長、何を考えてるんだ」と眉をひそめる声。
一方で、「あの人たち、本気みたいよ」「なんか気になるね」と
興味を示す人たちもいた。
町は、風の通り道を探すようにざわめいていた。
*
午後。
役場の駐車場に、プロジェクトチームの面々と林が集まった。
大迫町長の指示で、
初めての「風の通る家」候補地……町外れの丘の古民家を視察する日だった。
「ここか……。」
高瀬が車を降りてつぶやく。
山の斜面に沿って立つ、築80年の古い平屋。
かつては養蚕農家だったという。
敷地は広いが至る道が細く、他の用途としてニーズも無く、買い手が付く物件ではなかった。
相続人が管理しきれなくなり、町へ寄贈を申し出ていた。
屋根瓦はところどころ剥がれ、庭の木々は伸び放題。
それでも、家の周囲にはどこかやわらかな空気が漂っていた。
「古いけど、骨組みはしっかりしてる。」
高瀬が柱を叩いて確かめる。
「床は全面張り替えですね。配管も入れ替え。
セキュリティは外周センサーを設けて、夜間照明を追加ってところかな。」
水野がメモを取りながら言った。
「全室個室・バストイレ付きに改修するとなると、
居住スペースは8室が限界ですね。」
「充分だ。」
大迫が言った。
「最初から完璧にする必要はない。
この町が『ひとり』を受け入れられるか、まず試してみよう。」
「ひとりを、受け入れる……。」
広海が小さく繰り返した。
玄関の扉を押すと、古い木の香りがした。
光の差さない廊下に、かすかな風が吹き込んでくる。
薄暗い部屋の障子が揺れ、
窓の隙間から差し込む光が畳の上に模様を描いた。
「……風、入りますね。」
水野がつぶやく。
「この家、生きてる。」
林は廊下の奥に立ち、静かに頷いた。
「建物が呼吸してるんです。
放っておかれたけど、まだ息をしている。
人も同じです。」
外では、高瀬たちが敷地図を広げていた。
「この位置なら、共有スペースを南側に取れる。
庭の桜を残して、縁側を開放型にすれば、
町の人も気軽に立ち寄れる。」
「『開かれた居場所』ですね。」
橋爪が言った。
「閉じないこと。それがこの家の第一条件です。」
広海は縁側に立ち、町の方角を見つめた。
眼下には田畑と家々が広がり、
遠くには小学校の校舎が見える。
風が頬を撫で、草の匂いを運んできた。
「……ここだな。」
広海が呟いた。
「風が通ってる。」
水野が笑った。
「やっぱり、名前どおりですね。」
広海は小さく頷く。
「『風の通る家』。
この場所に、ようやくぴったりきた気がします。」
大迫が静かにその場を見渡した。
「そうだな。
あのときは言葉だったが、今日は確かに『形』になった。
ここを、町の心臓にしよう。」
*
夕方。
日が傾き、空が橙色に染まる。
林が広海の隣に立った。
「……あなたが最初に言った『風の通り道』、
やっと形が見えてきましたね。」
「でも、まだ騒がれてます。
誤解も批判もたくさんあります。」
「誤解は、風と同じです。
吹かれているうちは、まだ生きている証拠です。」
広海はその言葉に、小さく笑った。
「……やっぱり、林さんの言葉は風みたいですね。」
「あなたの風に、少し混ぜてもらってるだけです。」
2人の前を、冷たい風が通り抜けた。
家の屋根の上で、古い瓦が小さく鳴る。
広海は家を振り返り、
玄関の上の梁を見つめながら呟いた。
「……ここからだ。
この風を、止めない。」
風が丘を抜け、町の方へ流れていった。
まるでその家の息吹が、町全体へ届くように。
……『風の通る家』、始動。




