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ひきこもりの町 第1部 風の芽吹き  作者: 中島 茂留


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14/24

第14話  風の棘

2月15日


翌朝、町の空は澄み渡っていた。

だが、庁舎の空気は一変していた。


「……これ、見ました?」

水野が新聞を机の上に広げる。

一面に大きな見出しが躍っていた。


【ひきこもりの町構想 町が「ひきこもり」を寄付と共に集める?】

… 前代未聞の社会実験に賛否 …


その下には、ニュースサイトの切り抜きが貼られている。


「町が『ひきこもり』を囲い込み?」

「高額寄付ができる『ひきこもりだけ』を助ける」

「寄付金集め目的?『共生信託』の名のもとに、町が福祉を越えて介入か?」


水野が唇をかみしめる。

「……昨日のあの場にいた人なら、そんな話じゃないって分かるのに。」


橋爪が腕を組み、険しい顔でうなる。

「『町がひきこもりを集める』だと? まるで隔離施設みたいじゃないか。」

「SNSもひどいです。」と白山が言う。

「『税金でひきこもりを食わせるな』とか、『金持ちのためだけの町づくり』とか。」

山本がため息をついた。

「昨日の拍手が嘘みたいだな。」


会議室の空気が沈む。

その中央で、広海は新聞を静かに見つめていた。

記事のタイトルの『ひきこもりの町』の文字を、何度も目でなぞる。


「……やっぱり、来ましたね。」

その声は落ち着いていた。


「田嶋さん、落ち着いてる場合じゃないですよ。」

水野が立ち上がる。

「構想名を変えましょう。『共生信託構想』とか、『風の通る町プロジェクト』とか。

 『ひきこもり』って言葉を表に出すから、誤解されるんです。」


「そうだな。」と橋爪も続く。

「誤解されたら終わりだ。内容を見てもらう前に拒否される。」


「……だからこそ、この名前でいいんです。」

広海の言葉に、全員が動きを止めた。


「え?」

「『ひきこもりの町構想』……この言葉が、今こうして話題になってる。

 それは、耳障りだからです。

 でも、耳障りな言葉じゃなきゃ、人は考えない。」


会議室が静まる。

広海は新聞を折りたたみ、手の中で握った。


「この言葉には棘があります。

 でも、その棘は、人を傷つけるためじゃない。

 考えさせるための棘なんです。

 『ひきこもり』という言葉の裏にある痛みや孤独を、

 誰もが無視できなくなるように……そういう名前にした。」


水野が反論しようと口を開きかけたが、

広海の目を見て言葉を止めた。

その瞳には、恐れではなく、静かな確信が宿っていた。


「優しい言葉は、通り過ぎるだけです。

 でも、棘のある言葉は、刺さって残る。

 残るからこそ、人は考える。

 『なんでそんなことを言うんだろう』って。」


会議室の窓の中を、冷たい風が通り抜けた。

カーテンがわずかに揺れる。


そのとき、ドアが開いた。

町長・大迫が入ってくる。

新聞を小脇に抱え、苦笑いを浮かべていた。


「おいおい、大騒ぎだな。」

「町長……。」

「『ひきこもりを囲い込む町』だとよ。

 まるで俺たちがひきこもりを集めて町おこししてるみたいじゃないか。」


水野が思わず言った。

「だから、名称を変えようと……」

「いや。」

大迫は新聞を机に置き、椅子に腰を下ろした。

「このままでいい。」


「町長……。」


「世間が騒ぐってことは、届いたってことだ。

 考えもしなかった人たちが、今、これを話題にしてる。

 それで充分だ。」


大迫は新聞の見出しを指で叩いた。

「『ひきこもりの町』……いいじゃないか。

 耳に残る。忘れない。

 忘れないってことは、無視できないってことだ。」


その言葉に、広海は小さく頷いた。

「……ありがとうございます、町長。」

「勘違いするなよ。」

大迫が軽く笑う。

「俺も最初は『棘のある言葉』なんてまっぴらだった。

 でも、お前の言葉で分かった。

 風は、痛みがある場所からしか吹かん。」


大迫はしばらく沈黙し、

ゆっくりと口を開いた。


「言葉が棘になるのは、それが『真実』だからだ。

 痛みを隠す言葉では、人の心は動かん。」


会議室の空気が変わった。

静けさの中に、微かな熱が満ちていく。


広海は静かに答えた。

「『ひきこもりの町』……

 この名前を、僕たちの覚悟として残しましょう。

 優しい風は、まだ吹かなくていい。

 刺さる風でいい。

 いつか、その痛みが、やさしさに変わる日まで。」


誰も言葉を返さなかった。

ただ、その場にいた全員の胸に、

同じ『棘の痛み』と、『通る風』の音が響いていた。



夕方。

町のコンビニの前で、学生たちがスマホを覗き込んでいた。


「『ひきこもりの町』って、この町のこと?」

「やば、町がひきこもり集めるとかマジ?」

「でもさ、なんか面白そうじゃね? ニュース見た?」


人々の間を、言葉が風のように飛び交っていく。

それは誤解でもあり、きっかけでもあった。


その夜。

広海は屋上に立ち、町の灯を見下ろした。

冷たい風が頬を撫でる。


「……これでいい。」

風が吹いた。

冷たいが、確かな風だった。


風の道は、騒がしさの中から始まる。


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