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東雲一高eスポ部っ!  作者: とら猫の尻尾
第一章 初心者だらけの革命前夜
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第8話 優しいなんて誰が言った?

 東雲学園第一高校の電脳室は、奥行きが普通教室の1.5倍ある旧式のコンピュータ室だ。横一列に並んだデスクトップPCと17型モニターが、時代遅れの静けさを放っている。


 放課後ともなれば、文化部の活動や補習に使う生徒がちらほら。いつも閑散としているその部屋で、ひときわ目を引く存在がひとり。


 制服の襟元に白いレース、肩の刺繍はどこか格式高く、巻き髪は芸術的なドリル状。まるで舞踏会帰りの令嬢のような佇まい。

 理事長の孫娘――東雲沙羅である。


 彼女はモニター越しにPCを操作しつつ、昨夜の出来事を一方的に語り続けていた。

 

「ん? ちょっと待て。俺は今、聞き捨てならないことを耳にしたような気がしのだが……いや、やっぱ俺の聞き間違いだよな?」


 後ろに立ってモニターをのぞき込んでいた大牙が、眉をひそめて口を挟んだ。


「なんですの? わたくし、そういう回りくどい言い方をされるのは嫌いですの。言いたいことがあるならはっきり言って頂戴」

「いや、まあ改めて訊くまでもないことだとは思うのだが……“負けたら何でも言うことを聞く”って言ったってのは……やっぱ俺の聞き間違いだよな?」

「…………」

「おいっ、黙るなよ!」


 大牙はドリルヘアの後ろ姿にジト目を向ける。


「言いましたわ」

「やっぱ言ったのかよ! かーっ、お前気は確かか?」

「わ、わたくしが勝てば良いだけの話ですわっ!」


 沙羅はムッと唇をかんでモニターを睨む。


「如月拓也がどんなゲーマーなのかは知らないが、仮にもプロを目指してるってんなら、それなりの実力の持ち主だろ?」

「その通りですわ! 彼はきっと、eスポ部では相当の戦力になっていただける逸材ですわ!」


 モニターに反射する沙羅の口元がニヤリと笑っている。


「なぜそこでお前は嬉しそうに話す? 俺が言いたいのはそこじゃない! ゲーム素人のお前が如月に勝てる訳がないだろうって言ってるんだ!」

「そんなこと……やってみないと分かりませんわ!」


 ぷいっとそっぽを向いて頬を膨らませる。


「それが分かるんだよ……」


 大牙は小さな子に言い聞かせるように、諭すような声で言った。


「東雲はガチ初心者。対戦相手の如月はプロゲーマーを目指すほどのガチ勢。本来なら同じステージに立つことすらできない相手だろう。圧倒的な経験値と技能の差は、ゲームの世界でも絶対に覆せないんだよ。リアルもゲームも一緒なんだ」

「ですが……」


 沙羅はクルッと椅子ごと振り返り、ビシッと大牙を指差した。


「わたくしには伊勢木が付いていますわ!」

「お、おい東雲……?」

「まるで――王の右腕のように!」

「いや俺そんな偉そうなポジションじゃねえから!」

「えっ? じゃあせめて参謀とか!」

「いや、参謀はもうちょっと頭良さそうな奴に頼め!」

「では副操縦士!」

「飛行機ですらねぇーから!!」


 現実逃避からいち早く目覚めた大牙は、頭を抱えて天井に向かって叫んだ。


「や、やってみないと分かりませんわ! 約束の時間まで30分ほどあります。さあ伊勢木、練習を始めて頂戴! わたくしにゲームの勝ち方の指南(しなん)を!」



 30分後――   



 魂が抜け灰になった二人がテーブルに突っ伏していた。


「こ、これほどまでに操作が難しいものとは思いませんでしたわ」

「せめてゲームコントローラーがあれば良かったんだろうが……キー操作でキャラを手足のように動かすには相当の訓練が必要なんだよ」

「わたくし、ゲームというものをもっと簡単に考えていましたわ」

「だが、これでもこのゲームの元になっている『VALORANT(ヴァロラント)』よりは、かなり初心者向けに作られているんだよ。だから如月がこのゲームを指定してきたのは意外だったな」


「そうなのですか?」

 沙羅が目を丸くして大牙に顔を向ける。


「ああ。普段やり慣れているはずの本家のゲームではなく、初心者向けのこれを指定してきたのは、如月なりの優しさかもしれないな……」

「そうですの……ふーん……」


 二人はモニターを見ながら呟いた。


 ロッカールームと呼ばれる待合室で、沙羅が操作する女性兵士のキャラクターが画面中央に背を向けて立っている。

 ここでは様々な武器やアイテムを試したり、キャラクターの操作を練習することもできる。

 鉄骨にトタンを打ち付けた倉庫のような場所で、所々錆びて外の光がもれている。 


 17:15――ピコーンと着信マークが出て、沙羅の前に双眼のゴーグルをかけた筋骨隆々のキャラクターが出現した。

 ユーザー名は『Bloody(ブラッディ)


 大牙はゴクリとツバを飲み込む。

 謝罪が先か。それとも交渉が先か。 

 如月拓也が気遣いのできる男ならば、どちらを先にすべきなのか。


(いや、そもそも東雲(こいつ)が勝手にやったことなんだから、俺は黙ってみていればいいんじゃないか?)


 しかし大牙のそんな考えは、モニターに内蔵された小さなスピーカーから出力された声によって、一瞬で吹き飛ぶことになる。


『ぎゃーはははははは、今更約束を反故にしようったって受け付けねーからな! お前が負けたら何でも俺の言うことを聞くって、ちゃんと録画しておるからなー? 俺が完全勝利して、お前を××××して××××のように××××にしてやるぜぇー』


 メッセージならば伏せ字になるかエラーでブロックされるはずの単語の数々。

 如月は優しさの欠片も感じさせない、最低の男だった。


 沙羅は身を守るように自分の両肩を抱きしめている。

 その細い指先は小刻みに震えている。

 

 大牙の胸の奥で、小さな何かがカチリと音を立てた。

 それは、戦いの始まりを告げるスイッチだった。


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