第6話 DMは突然に
如月拓也の家は東京郊外の閑静な住宅街の一角にある。レンガ調の外壁の2階建ての家。ベランダのある部屋が彼の寝室である。
部屋の中はカーテンが閉められ薄暗い。学習机の幅からはみ出すように21インチのモニターが2つ並べられ、煌々と光を放っている。
『くそ! 敵の一体を見失っちまった……そっちのレーダーで見えないか?』
「大丈夫、もう狙ってる。――っと」
拓也の兵士が回転し、腹ばいのまま背後の敵をノースコープで撃ち抜いた。
「へへっ、足音消して近づいたつもりだろうけど、甘いんだよなぁ」
『よし! 助かった。次はCポイント行くぞ!』
「ラジャ!」
(中略)
『You Win!』の文字と共にファンファーレが鳴る。
「しゃあぁぁぁーっ!!」
ヘッドセットを机に放り、天井に両手を突き上げる。
1.5L入りのコーラを直飲みし、濡れた唇を手で拭う。
(DMの通知が鳴る)
【お前も引きこもってねーでガッコ行けよ】
「……はいはい、ご忠告どうも」
チラと時計を確認すると、午後3時を回ったところだった。
「あと1時間かぁー、くそ、どうすっかなー。バックレちまおうかなー。でもなー、あの女しつこそうだったもんなー、あー、どうすっかなー……」
拓也はPC前のゲーミングチェアに、ふてくされたように背中を預けていた。
「マジでどうすっかなー……あいつ、また来る気なんじゃ……」
キーボードの上に置かれた両手が、そろりと動く。
ディスコードのDM欄を開いて、そこに表示されている最新のメッセージ。
【沙羅:今日の16時、よろしくね】
「よろしくねじゃねぇよ!」
思わずマイクもつけてないのに声に出る。
そのままディスコードの画面を閉じようとして――
一瞬、躊躇した。
「……ていうか、あの女、なんで俺のアカウント知ってんの? ていうか、何このアイコン……ドット絵の俺?」
沙羅のアカウントのアイコンは、明らかに“如月拓也風”のドット絵キャラ。
しかもなぜか背中に「引きこもりマスター」の文字が入っている。
「ふざけんな! 誰が許可出したんだこれ!!」
マウスを握り直す拓也の手に、うっすら汗が滲む。
「……いや、待てよ。こんなのに関わってたらマジで人生詰む。せっかく“自主退学プランB”が見えてきたのに……」
もう一度、画面を見る。
時計は15:40。
拓也は大きく息を吸い、思い切ったようにPCの電源ボタンに手を伸ばす。
――だが、指は数センチ手前で止まった。
画面に残された“沙羅からのチャット”、その最後の一文が視界に入る。
【P.S. もし来なかったら、私……あなたの本名と住所、世界ランキング掲示板に書き込みます】
「……あのバカ、本気か!?」
天を仰いだ拓也の口から、盛大なため息が漏れた。
「ちょっと待て。その前に、誰が俺の住所バラしてんだよ……おい母さん!? アンタか!?」
拓也にとって、プロゲーマーになることが唯一の夢だった。今でもその気持ちは変わらない。
動画配信で名を上げ、プロになった人もいるが、eスポーツの大会で上位に進出することでスポンサーが付くこともある。
eスポーツは数多のライバルを蹴落とし、一握りの成功者になるための戦場なのだ。
そこで彼が考えたプロゲーマーになるための最短ルートが、中学校を卒業と同時にeスポーツの専門学校へ通い、そこで名を売ってプロゲーマーになるというのものだった。
それを父に全否定された。
拓也は自暴自棄になり、見かねた両親によって半ば強制的に東雲学園第一高等学校に入学させられた。
そして現在に至る。
まだ彼は一日たりとも高校へは登校していない。
全国に展開している通信高校にはeスポーツ部の強豪校がある。通信制の学校によっては9月入学という手もある。
一年間あるいは半年間を棒に振ることになるが、出席日数不足で一高を退学となったあとは、通信制高校へ入学する。
それが拓也の考えた第二のルートだ。
「だから困るんだよ、eスポ部なんか作られると!」
昨夜のことを思い出してイライラを募らせる。
高校のクラスメートと名乗る女生徒が家に押しかけてきた。めったに他人を家に上がらせない慎重派の母親が、あの時ばかりは気を許しリビングで何やら楽しそうに話をしている声が聞こえてきた。
「どんなマジックを使ったんだ? あの女は!」