第4話 義妹はゲームに夢中だが?
家に帰ると、リビングのテレビ前で妹の六花が『カラバト』をプレイ中だった。
色付きの水風船をマシンガンやバズーカに詰めてぶっ放す、4対4のド派手なオンライン対戦ゲームだ。
「うわーん! またC帯に落ちた〜〜! ごめんお兄ィ〜!」
六花は小学四年にしてはうまい方だ。
だがB帯になると、ガチ勢の猛者たちがウヨウヨしている。
それでも本人はめげずに突撃しまくっているあたり、精神だけはSランクだ。
俺と六花は、ひとつのアカウントを交代で使っている。
六花がランクを落とし、俺が勝率を戻す……この繰り返し。
ある意味、絶妙なブレーキ役になってくれている。
「……ん、お兄ィ。ラギさん来たよー。交代っ」
「え? ああ、サンキュー」
沙羅との別れ際を思い出すと、正直テンションは上がらない。
でも、六花にいろいろ聞かれる方が面倒だったので、黙ってコントローラーを受け取った。
六花はソファーからズリズリと滑り降り、俺の隣にぴたっと張り付く。
鼻歌まじりで画面を見つめているその姿は、まるで小動物のようだった。
妹とはいえ血の繋がりはない。父の再婚相手の連れ子である。
ただ、大牙は『お兄ぃ』と呼んで懐いてくる六花を本当の妹のように可愛がっている。
あのときは全部どうでもよくなってた。
サーバーをハックしたのもバレて、父さんが再婚したのも、何もかもタイミングが悪かった。
頭にきて、家じゅうの端末を叩き壊した。
——でも、ゲーム機だけは残した。
「お兄ぃ、すごーい!」って無邪気に笑ってくれる六花のために。
この子の前では、俺はただの“ゲームのうまい兄貴”でいてやりたいんだ。
気乗りしないまま始めたはずだった。
でも、気づけば夢中になっていた。
敵のバズーカの射線をギリギリで避け、滑り込むように塗り返す。
右手の高台に目をやると、そこにはラギがいた。
「……ナイス」
声にならないつぶやきが漏れた。
援護が欲しい瞬間に、望んだ方向から射撃が飛んでくる。まるで意思を読まれているかのように。
でも、失敗すれば容赦はない。それがこの人の流儀なんだろう。
不思議と安心できる。
ラギがいるだけで、少しだけ自分がマシに思える。
10戦10勝。
勝ち続けるうちに、さっきまで頭の隅にあった“現実”のあれこれは、いつの間にか霧の中に消えていた。
「ありがとな……ラギ」
メッセージを送って、コントローラーをそっと置いた。
気づけば、時刻はもう6時47分。
ダイニングでは、六花がプリンを食べている。
いつの間にか、義母が帰ってきていたらしい。
「お帰り、義母さん」
「あら、大牙くん。ただいま。……高校は、どうだった?」
義母の声には、少しだけ“様子を探る感じ”が混じっていた。
「うーん……友達、一応二人できたよ」
「そう。それは、よかった」
ほんの一瞬、彼女の表情が和らぐ。
「母さんね、ちょっと心配してたの。大牙くん、かっこつけすぎて友達できないんじゃないかって」
「あー……はは。うん、まあ、かっこつけてたかも……」
照れ笑いでごまかした。
義母さんのこういう“じんわりくる感じ”には、まだ少し慣れない。
けど、悪くない。
「お兄ぃー、今日も全部勝ったの?」
「もちろん。ラギさんとの連携、完璧だったしな」
「やっぱお兄ぃは天才だ〜。じゃあ、リッカが続きやっていい?」
「だめ。宿題やってからね、リッカ」
「えぇぇー……」
大牙はソファの背にもたれながら、ちょっとだけ笑った。
こんなふうに笑える場所が、今のところここしかないのかもしれない、と思いながら。
「……俺も、学校の課題やるかー」
誰に聞かせるでもない独り言をわざとらしく口にして、ソファの脇に置いたカバンを肩にかける。
リビングを背に、階段を上がっていく。
行き先は、情報端末ひとつない部屋。
スマホもPCも、タブレットもない。
あるのは、勉強机とベッド、それからいくつかの物入れだけ。
殺風景な白壁には、いくつも小さな修復跡が残っている。
まるでこの部屋が、かつて“怒り”をぶつけられた証拠みたいに。
カバンを床に投げ出して、ベッドに倒れこむ。
——視界に広がるのは、真っ白な天井。
<<<ねえ伊勢木、eスポーツに興味ないかしら>>>
頭の奥で、沙羅の声がよみがえる。
昼間、教室で聞いたあのセリフ。
その瞬間、大牙は眉をひそめた。
「興味ねーよ……だから、黙ってろっての……」
ぼそりと口にしてから、ふと、天井をにらみつける。
そこに浮かぶのは、想像上の沙羅の顔。
無表情で、見下ろしてくる。
何を考えてるのか、やっぱりよく分からない。
でも、なぜか気に入らないわけじゃなかった。
「……ったく、勝手に入り込んでくんなよ……俺の頭ん中に」
つぶやきは空気に溶けていき、部屋は静寂を取り戻す。
ただひとり、大牙は天井を見上げたまま、まぶたを閉じなかった。