第3話 だから俺、目立ちたくないって言っただろ!
――これはもう、完全にアウトだ。
大牙は見ていた。
東雲沙羅が、満面の笑顔で手を振るその光景を。
そしてそれを見た、周囲の男子全員の鬼のような形相も。
もちろん、右隣の丸山も――
「ぐおおぉぉ……裏切り者ぉぉぉっ!」
そして左隣の志乃原も――
「まさか……君がリア充側に寝返るなんて……」
「ち、ちょっと待てお前ら! 話せばわかるって!」
「わかりたくもないでござるッ!」
「バイバイ大牙くん、お幸せに〜っ」
置き去りにされた。
こっちの言い分は完全スルーで、二人は悲しみに暮れながら校門へと走り去っていった。
大牙は全力で追いかけようとしたが――
「伊勢木くーん、こっちですわよ〜ん♪」
鈴の音のような声がまたしても響く。
そして、彼はキレた。
「……やかましいわッ!」
次の瞬間、大牙は一直線に沙羅へ向かって歩き――
「ちょ、ちょっと!?」
その手首をつかみ、ずるずると裏手へ引っ張っていった。
場所を人気のない校舎裏に移した二人。
「おまえ、マジでやめろよ! 俺の学園生活、これで完全に詰んだわ!」
「うふふ、引きこもりコース一直線ですわね」
「笑うな! 俺はこう見えても、人間関係めっちゃ苦手なの! ようやく友達できそうだったのにッ!」
「知ってますわよ?」
「知っててやってたんかい!」
「その前に、手……離してくださらない?」
「え? あ……すまん」
慌てて沙羅の手首を放すと、彼女は軽く息をついた。
「殿方に力任せで握られると、さすがに痛いですわよ? お嬢様肌なもので」
「知らんわそんなの……」
(……やべえ。またやっちまった)
カッとなると暴走するのは、大牙の悪い癖だった。
その場で空を仰ぎ、深呼吸。
気を取り直して、彼女を見ると――
沙羅はじっと、大牙を見つめていた。
「伊勢木大牙、15歳。7月13日生まれ、血液型AB型。11歳のときに小学校のサーバーにログイン。中学ではタブレットの管理ロックを解除し、市内の教育ネットワークを改ざん。……ふふ、なかなかのやんちゃぶりですわね?」
「え……」
大牙の顔から、音を立てて血の気が引いた。
「お、お前……なんでそのこと……」
「別に脅すつもりはありませんわよ?」
「じゃあ何のために!?」
「ただの確認ですわ♪」
沙羅は笑った。いつもの調子で、あくまで上品に。
「この国では若くしてITに通じる者は異端児扱いされますもの。社会から白い目で見られる。……伊勢木も、そうしてここへ来たんでしょう?」
「……!」
図星を突かれ、大牙はうつむく。
「だからこそ、貴方にお願いしたいのですわ」
沙羅は一歩前に出て、真っ直ぐ大牙を見た。
「この学園を、廃校の危機から救ってほしいのです!」
「――はい?」
「来年度をもって、新入生の募集は打ち切り。つまり、このままだと、私たちの代でこの学校は終わりますの」
「マジかよ……」
沙羅は芝居がかった動きで両手を広げ、やや誇張気味に語った。
「この学校、実は全然パッとしないんですの。目玉なし、特色なし、予算もなし。あっても謎の彫刻とかに使われますの。結果、若者が寄りつかない寂れた学校に……」
「彫刻は関係なくね?」
「だからこそ、eスポーツですわ! この時代の新トレンド! 我が東雲学園に旋風を巻き起こす起爆剤! その鍵を握るのが――貴方!」
「え、俺!? 俺にハッキングしろってこと!?」
「違いますわ! わたくし、不正は絶対に勧めませんわ!」
「でも、匂わせてたよね!? めっちゃ匂わせてたよね!?」
「いい加減になさいっ!」
沙羅の声がビシィィィッと裏校舎に響いた。
続けて、今度はやわらかい声で――
「伊勢木は、目的もなく悪事を働くような男じゃありませんわ。わたくし、そういう目は確かですのよ?」
その言葉に、大牙は、言葉を失った。
手足が震えた。けれどそれは恐怖ではない。怒りでもない。
もっと、わけのわからない――心が熱くなる感覚。
でも。
「悪い。……もう、PCには触らないって、親と約束したんだ」
それだけ言い残し、大牙は彼女の前を通り過ぎていった。
数歩進んだあとで、ちらりと振り返る。
「……勧誘、がんばれよ」
そう言って、大牙は走り去っていった。
その背中を、沙羅はしばらく見送っていた。
「……言われなくても頑張りますわよ」
その頬には、ほんのりと石楠花の色が浮かんでいた。