第16話 CPUに友情を感じてどうすんだ?
第5ターン。防衛側は如月拓也。
五分間、ただ拠点を守り抜けば――彼の勝利が確定する。
だが、そんな安易な算段は、彼の脳内フォルダには最初から存在していなかった。
これは“勝って当然”の戦いだ。だからこそ、完膚なきまでに叩き潰す。
相手の精神を根元から砕き、自ら関わることすら恐れる存在へと自分を昇華させる。
それが如月拓也が定義する、“勝利”という概念だった。
「いっそ、俺は手を下さず――CPUに奴らを葬らせるか?」
ふと脳裏をかすめたその悪辣なアイデアに、ニヤリと唇を吊り上げる。
「くく……自分が負けた相手がCPUだと知ったときの顔、見てみてぇな……屈辱に身悶える様はきっと、滑稽で、美しい」
だが――その顔に浮かんだ愉悦の笑みは、長くは続かなかった。
「……それじゃ、つまらねぇな」
ぼそりと漏らした自分の声に、自身が最も驚く。
――いつの間に、こんな茶番に“面白さ”を感じていた?
始まって30秒。
〝Bloody〟こと如月拓也と、エキスパートCPUは共に拠点内で潜伏していた。
棚には薬品の瓶がズラリ。
床には割れたビーカーが転がり、紙資料が散乱。
部屋の真ん中には、よく分からん大型機械がドーンと鎮座。
まるで理科準備室みたいな空間だが――
そのゴチャゴチャ具合が、逆にありがたい。
潜伏には最高。隠れる場所には困らない。
守備側にとっちゃ、天国みたいな拠点だ。
ただし、敵の侵入口は二つ。
北側のドアは半開き。
東側は、もはやドアすらない開放通路。
拓也は東側を、CPUは北側をそれぞれマーク。
脳内シミュレーションはすでに完了している。
突撃してくるのは――おそらく“イセキ”。
「やっぱアイツ、初心者のフリしてるだけだろ。じゃなきゃ、CPUの難易度を“エキスパート”に設定するなんて暴挙に出るか? バカか、天才か、それとも……ただの狂人か?」
2分経過。
「来ねーのかよ……!」
イライラはすでに閾値を突破していた。
ゲーム中とは思えぬ怒気が声に乗り、通話コマンドを叩き込む。
「おーい? 怖気づいたか? そのまま時間切れだと俺の勝ちなんだけど? ……まさかそっちの女、俺を悩殺するポーズの練習中かよ! どんだけだ!」
全力の煽り芸。
だが、返ってくるのは無音。――通信回線は開いたまま。届いているはずなのに。
「え? おまえら、スピーカー切ってんのか!? 音無しでFPSって正気か!?」
3分経過。
「もういい……殺る。絶対に、殺る!」
東側通路から飛び出す。
索敵? 警戒? そんなのはクソ喰らえだ。
俺の弾速は言葉よりも速い――
一方で、北側通路へと滑り込むCPU。
無言ながら、まるで意志を通わせているような動き。
指示など出していない。だが、彼は動く。俺の意思を読んで。
「おいおい、まじかよ……。エキスパートクラスってのは、プレイヤーの“心”まで読むってのかよ……」
拓也の中に、今まで感じたことのない感情が芽生える。
CPUに、シンクロを感じた瞬間だった。
そして――ついに、敵のリスポーン地点へ到達。
「……引きこもってんじゃねぇよ」
そこには誰もいない。いや、動かない敵がいるだけだ。
立ち尽くす拓也の隣で、CPUもまたピタリと動きを止める。
――まるで、困惑しているかのように。
「ぷっ……」
吹き出した。思わず。
「いいぜ……おまえは戻ってろ。これは、人間同士の問題だ。この退屈な茶番に、あんたの出番はねぇ……お疲れさん」
CPUに『拠点へ戻れ』のコマンドを打ち、背中を見送る。
その背中がドアの向こうに消えたとき――拓也の口元に、再び笑みが浮かんでいた。
だが、それは勝者の笑みではなかった。