第15話 それをワンクリック詐欺というのでは?
「ふ……ふざけるなっ、ふざけるなふざけるなーッ! 他人のPCを勝手に操作するなんて、それはもう――サイバー犯罪の黙示録だろうがッ! まさか……お前ら、闇のハッカーギルドの一員か!?」
拓也はマイクに向かって叫び散らした。
その声は怒りというより、どこか“得体の知れぬ電子の亡霊”に怯えているかのようだった。
――そして、間を置いて返ってきたのは、やけに落ち着いた女の声。
『こちらに違法な行為に手を染める者などおりませんわ……』
さらに数秒のラグを挟んで、
『わたくしの監督下において、あらゆる不正は“無効化”されておりますのでご安心ください。そもそも、当該PCの所有者が“魂の合意”を示せば――何も問題はございませんわ』
沙羅は不敵に、そして爽やかに言い切った。
『あなたはただ……いまからお送りするURLを、クリックしてくださればいいのです』
「するかァーッ!! どこの時空間詐欺師だ貴様はァッ! そのやり口、“ワンクリックで地獄行き”の典型じゃねぇかッ!」
拓也は足で地面を踏み鳴らす。完全にペースは相手の掌――いや、術中に堕ちている。
最初に自分が言い放った「泣いて土下座するなら上着だけで勘弁してやる」――あの電波なセリフから、すでに全てを読まれていた。
……東雲沙羅。こいつは“ただの女”じゃない。
まるで“対話という名の精神攻撃”を楽しむ、戦略級のコミュニケーション魔導師だ。
拓也はエナジードリンクを一気飲みしながら、リモート操作で勝手に動く自分のPCを見つめる。
――ディスプレイに現れたのは、見たことのない管理者画面。
仮想空間の深淵を覗くような謎のコードが、カタカタと書き換えられていく。
「うおお……やってる、マジでやってる。設定ファイルに直接アクセスだと……? しかも、あの呪文みたいなコマンド……ただの有志パッチじゃねぇ。あれは“内部構造そのもの”を書き換えてやがるッ……!」
操っているのは伊勢木大牙。
名は聞いたことがある。沙羅が“禁忌の新入り”と紹介したやつだ。
「なあ……この“イセキ”ってヤツ、実際どのくらいの腕なんだ? ランクは? 戦績は? まさかアリーナ常連とかじゃねーよな?」
『もちろんですわ。わたくしよりも……きっと、上手いはずですわ?』
「いや今、“?”ついたよね!? なんで語尾に疑念マーカーついてんの!? ていうかお前と比較されても困るっての!」
『あら、そうでしたか。では、少々お待ちくださいね……』
小声でのやりとりが聞こえてくる。が、コードの書き換え速度は一切落ちない。
あれが“才能”か――拓也は思わず唾を飲んだ。
『ええと……大会等には出たことがないそうですわ。何しろ、彼の家ではプライベートでのPC使用が“封印”されておりまして』
「封印!? なんでRPGみたいなことになってんの!?
ふざけんなふざけんなふざけんなあああッ! 一瞬でも期待した俺が! バカだったァッ……ゲホゲホゲホッ」
早口で一気に怒鳴ったせいで、咳き込む。
――ここしばらく外出していない生活で、体力も肺活量も“初期ステータス”に戻っている。
『彼が遊んでいたのは、妹さんと「カラバト」だけだそうですわ』
「それゲーム専用機のタイトルだろ! つーかカラバトかよっ! ……まあ、オレもたまにやるけどさ。最近ちょっと……面白いヤツがいてな。たぶん親子でアカウント共有してるんだと思うけど……妙に強くてよ」
独り言のように語っていた拓也の視界に、突然暗転した画面が映る。
《TURN 5》の文字。
攻撃側:Sara&Taiga|
守備側:Bloody&CPU|
「おいおい……マジかよ。ゲーム中にプレイヤー構成を書き換えた……? そんな芸当、“神の手”でも無理だろ……」
リスポーンルームにて、2つの転送装置が青白く光り、キャラクターが召喚される。
一人は拓也自身が使う“筋肉モンスター”ゴーグルマン。
もう一体は、ベルトを巻いた長身の軍服キャラ――どうやらそちらはCPUが操作するようだ。
「……どうせ、最弱ステで設定してんだろ? まあそのぐらいのハンデ、受けて立つけどな……」
ふと気になり、軍服男のパラメーターを開いてみる。
「……はあぁぁああああああッ!? 全項目、エキスパートランク!?
あいつ……バカだろ!? いや、天才か……!?」