第12話 手のひらで転がされる気持ちが分かるのか?
大牙のモニターには、『ブートキャンプ・OSG』関連の資料が次々と開かれていく。
画像表示を切ったブラウザは、秒単位でページを重ね、音もなく情報を飲み込んでいく。
手元のキーボードがせわしなく鳴る中、大牙は淡々とデータを選別し、必要な情報だけを画面下のフォルダに落としていく。
その時だった。隣からの視線を感じ、大牙は作業の手を止めずにつぶやいた。
「安心しろ。これはネット上の情報をまとめてるだけだ。不正行為なんかしてねぇよ」
「いえ、わたくしはそちらを心配していたわけではなくて……」
沙羅の声には、少しだけ笑いが混じっていた。
「伊勢木は“パソコンには触らない”とおっしゃっていたのに……まるでプロのような手つきでキーボードを操っていらっしゃるから、驚きましたの」
ギクリと肩を揺らした大牙は、渋々と視線だけを彼女に向ける。
沙羅は心配していると言いつつ、口元にわずかな笑みを浮かべていた。
──からかわれてるな、これは。
深くため息を吐いて、再び画面に目を戻す。
「……言っただろ。俺が“PC触らない”ってのは、あくまでプライベートの話だ。授業で使う場面だってあるし、まったく使わないわけにはいかねぇよ」
「それを聞いて、少し安心しましたわ。でも……」
沙羅がくすっと笑いながら首をかしげる。
「これは、授業じゃありませんわよ?」
「ぐっ、お前なぁ……!」
大牙は睨むような目で彼女を見る。
「でも、部活動も立派な教育活動の一環ですし。授業の延長と考えても、差し支えないかと。──ただし、わたくしたちがここで活動しているのが“部活動”であり、伊勢木が“部員”である場合に限りますけれど」
「ぐふっ」
ついツバを気管に詰まらせ、咳き込む大牙。
「あら、ご気分を害されたのならごめんなさい」
「害しまくりだっつーの、ゲホッ……!」
沙羅の掌の上で転がされていることにようやく気づき、大牙は苦笑した。
丸山と志乃原を人質にされ、さらに彼女の弱さを見せつけられたことで、つい情にほだされてしまった。
気づけば、逃げ道など残っていなかったのだ。
肩をすくめて、降参のジェスチャーをしながら、真顔で問いかける。
「……だがな。俺は初心者狩りみたいな真似するやつを“仲間”とは認めねぇ。あいつ自身も、入る気なんてこれっぽっちも無いって言ってたぞ。──お前は、それでもあいつを仲間にしたいのか?」
「わたくしは……」
沙羅は目を閉じ、くるんとカールした髪の先を指でくしくしといじる。
数秒の沈黙ののち、そっと目を開いた。
「……わたくしは、伊勢木大牙も、如月拓哉も──どちらも欲しいですわ」
その一言に、大牙は意外そうに目を細め、しばらく沈黙する。
そして、やがて肩をすくめて、笑みともため息ともつかない声を漏らした。
「……そうかよ」
そして、彼は彼女の瞳を真正面から見据えて言った。
「──1勝だけだ」
「えっ?」
「俺が東雲にしてやれるのは、それだけだ。どう足掻いても、今の実力差じゃ如月に勝てるのは……1試合が限界。しかも、不意を突いた1回だけ。──その1勝の価値、わかってんだろうな?」
それは、大牙なりの最後の条件提示。
半ばやけくそで、でも同時に……彼女なら、と思ってしまった自分への諦めでもあった。
この短期間で、丸山も志乃原も、気づけば彼女の“部員”になっていた。
沙羅という少女の言葉には、なぜか人を動かす何かがある。
──まあ、どっちに転んでもいい。
帰宅部の道が閉ざされた今となっては、如月が入ろうが入るまいが、大差はない。
「1勝ですか……ええ、それで十分ですわ」
沙羅は嬉しそうに笑みを浮かべて言った。
「その“1”を、わたくしが何倍にも増やしてみせます!」
その強気な返答に、大牙はほんの少しだけ目を見開く。
静かに息を吐いて、再びキーボードに指を添えた。
「……今から10分だけ時間をくれ。その間、アドバイスはしない。けど──」
彼はゆっくりと口角を上げる。
「その間に、俺が勝ち筋を探し出してやる」
真剣なその横顔を見つめながら、沙羅はふいに、自分の頬が熱を帯びていることに気づいた。
「──オッケーですわ、相棒!」
「……いや、その言い方やめろって……恥ずかしいから……」