第11話 照準の先に見えたもの
「東雲、大丈夫か?」
「……はい? どうかしましたか?」
少し間を置いて、沙羅が首をかしげながら答える。
「もう少しだったのに……解除目前で撃たれてしまいましたわ。……私、まだ甘いのですね」
「お、おう。……そうだな。惜しかったな」
初心者狩りのような、ある種の見下したプレイを受けたにも関わらず、沙羅はどこか平然としていた。それどころか、敗北を冷静に受け止めようとしているようにも見える。
やがて沙羅は顎に指を添え、少し考え込むような仕草を見せた。
「ですが……自分の分身が画面の中で倒れていくのを見るのは、あまり良い気分ではありませんわね。……伊勢木が私を気遣ってくれたのですね。ありがとうございます」
そう言って向けられた笑顔に、大牙は思わず視線を逸らす。そして、小さく息を吐いた。
どこまでも真っ直ぐで、折れそうで折れないその笑顔が、妙に目に残った。
ターン3 Saraの攻撃――
女兵士はすぐにサブマシンガンを装備し、起爆装置のアタッシュケースを取り、通路を右へ直進する。
始めの頃と比べて沙羅のキーボードとマウスの操作はかなりスムーズになっていた。
廃墟となった実験棟の通路を女兵士がダッシュで走り抜ける。
敵がどこに待ち伏せしているか分からない状態で、無謀ともいえる行動ではあるが、どのみち超初心者である彼女には索敵しながらの行動などできるはずがない。その代わりに大牙が彼女の目となりモニターを監視している。
女兵士が隙間が空いたドアの前を通り過ぎようとした瞬間、パシッと音がして画面の四隅が赤くなった。
「撃たれた! 敵は通り過ぎたドアの中! 右の壁に寄って反転してドアに向けて撃て!」
女兵士は右の壁に寄り向きを反転し、サブマシンガンを連射した。
薬莢が放物線を描いて宙を舞い、次々に足元に散乱していく。
「止めろ!」
大牙の声に数秒遅れて沙羅はマウスから指先を離す。
反響音はしばらく続き、薬莢が床に落ちる音が最後に残った。
女兵士の荒い息づかいがモニター内蔵の小さなスピーカーから絶え間なく聞こえている。
「如月のヤツ、こっちがズブの素人とみて油断したか? いくら上位ランカーでも全速力で通過する相手をドアの隙間から狙ってヘッドショットを決めるなんてそう簡単にできるもんじゃないからな」
通常シューティング系のゲームではショットガンによる至近距離からの射撃を除いては、頭を撃たれないかぎり一発の弾丸で倒されることはない。
「こっちは軽傷を負ったが、ヤツの居場所を特定できたんだ。形勢が逆転したな」
実際、女兵士の傷は致命傷とはならず、動く分には支障はないようだった。
「エイムをドアに合わせたまま後ろ向きに移動し、角を曲がって相手の射線を切ったら反転し、ダッシュで爆破ポイントまで向かうぞ!」
「了解です、相棒……。今度こそ、やり遂げてみせますわ」
「もうすぐ曲がり角に着くぞ。3、2、1、ゴー!」
大牙の指示は実にシンプルかつ的確だった。
女兵士は向きを変え、その先の角へ向かって走り出す。
しかしその直後に想定外の事態が発生した。
曲がり角の直前で、女兵士の背後から射撃され、また被弾したのである。
すぐに向きを反転させマシンガンを構えるも、既にそこには敵の姿はない。
女兵士の苦しそうな息づかいが更に激しくなり、赤く染まる範囲が広がった画面は上下に揺れている。
「なぜあのタイミングで追いつかれた? あいつが潜んでいた部屋から曲がり角までの距離と、曲がり角からここまでの距離から考えると、あのタイミングで追い付かれるわけがないのに……まさか如月の野郎はチートを使ってんのか? いや、そんなことをせずともヤツは余裕で勝てるだろうし……」
大牙は苛立ちを隠せなかった。勝機が見えたと思ってすっかり上機嫌になっていた数秒前までの自分自身に腹が立っていた。
「ねえ伊勢木。制限時間まであと何秒ですの?」
「え? 残り128秒だけど……ほら、ここにタイマーが表示されているだろ? ああ、そうか……東雲はまだキャラの動かし方の練習しかやっていないもんな。短時間の練習ではさすがにゲームシステムのことまでは手がまわら……」
そう言いかけて、大牙はハッと目を見開いた。
「東雲、隣に座っていいか?」
「ええ、もちろんですわ。気が利かなくてごめんなさい。ずっと立ちっぱなしでお疲れになったわよね……」
大牙は沙羅の返答を聞き終わる前にイスにドカッと腰をかけた。そして無言でPCの電源を投入し、指をポキポキ鳴らしている。
「伊勢木? あなたコンピュータを?」
沙羅は正面のモニターから思わず目を離し、神速でキーボードを打ち込み始める大牙の横顔を見つめていた。