第10話 諦めろなんてどの口が言った?
画面は暗転し、『ターン2』の文字が表示される。
攻撃側はBloody。
守備側はSara。
「あらもう1回戦は終了ですの? わたくしは負けたのですか?」
「ああ、まさか開始早々にディフェンス側が攻撃してくるとはな。見事に裏をかかれてしまった。考えてみると、味方がいないこのルールでは、やられたら即ターン終了となる。つまりこのゲームは攻撃側も守備側も関係ない、1対1のガチバトルってことか……」
「爆弾を気にせずに撃ち合いに集中するべきということですわね? では、頭を切り替えて次行きますわよ、次!」
沙羅は思いのほか頭の切り替えが早いらしい。スタートと同時にサブマシンガンを取り、ドアを開けた。
第1ターンとは比べものにはならないくらいに素早い操作である。
通路の左は行き止まり。右側の先は右にくの字に曲がりその先が死角となっている。
先ほどのターンでBloodyはその死角からドアを出る沙羅を狙い撃ちしたのだろうと想像できる。
「拠点までダッシュで前進しろ!」
「承知しましたわ!」
相手がこちらに直接向かってきたとしても、まだ十分な時間的余裕があるはずだった。
しかし大牙は不意に思いとどまる。
「止まれ!」
「ふぇ!?」
突然の大きな声に驚いた沙羅は変な声を漏らし、キーボードから手を離す。
「やはりゆっくり角まで進んで行こう」
「え、ええ。それは良いですが……わたくしの心臓が最後まで持つのか心配になりますわ……」
小声でぼやきながらも沙羅は素直に指示に従う。
左シフトを押しながら足音を立てずにゆっくりと前に進む。
シューター系のゲームにおいて、音は重要な情報なのである。
「ゆっくりと、ゆっくりとだ。そう、そうだ、そこで止まってマシンガンを構えたまま、かに歩きのようにゆっくりと横にずれていく……敵が見えたら撃ちまくれ!」
大牙の指示に従う沙羅。
ゲーム前の30分間という短い時間で基本動作については覚えることができていた。
「い、いませんわね?」
「相手が熟練のゲーマーだとしても、移動速度に関しては大して差は出ない。だが、もうそこまで来ているはずだ! しゃがんで、いつでも撃てる姿勢で待機しよう」
「オッケーですわ、相棒!」
「……おい、その相棒って言い方はどこで覚えた?」
「わたくしの好きなハリウッドムービーで主人公が自身のバディをそう呼ぶのですが……eスポーツでは呼ばないのですか?」
「いや、わからん。俺にeスポーツのことを訊くな。でも意外だな。東雲も映画とか観るんだ……まさか自宅に映画館があるとか?」
「わたくしをどこぞの国の王女か何かと勘違いしてませんか? このスマートフォンで観ていますの。あ、ちょうど良い機会ですわ。今すぐわたくしと連絡先を交換致しましょう!」
沙羅はにこりと笑ってポケットから取り出したスマートフォンを大牙に向けた。
「おいバカ! モニターから目を離すな!」
「はぅ、そそ……そうでしたわ!」
モニターに映る景色に異状がないことを確認し、フーとため息を吐いてから大牙は答える。
「悪いが俺はスマホの類いは一切持っていないんだ」
「そうなのですか。ではムービーは劇場でご覧になるのですね」
「いや、そもそも映画はそんなに観ないんだが、たまに妹のタブレットで一緒に見たり、DVDをレンタルして大型テレビで観たりはするかな……」
「それは楽しそうですわ。今度伺いますので一緒に見せてくださいな」
「はっ? お前何を言って……」
突然、スピーカーから警告音が鳴り響く。
『爆弾が設置されました』のメッセージとともに、30秒からのカウントダウンが始まった。
「はぁぁぁっ? 拠点に爆弾を設置しただと? なんだそりゃ? いや……そもそもそれが真っ当なゲーム展開なんだが……くそ! 完全に読みを外したか!」
「爆弾を解除しますわ! 伊勢木、指示して頂戴!」
「どうせ行っても無駄だ。時間的にはギリギリ間に合うかもしれないが、途中で待ち伏せに遭ってやられちまう……」
だが、沙羅はキーボードから指を離さない。
それを見た大牙は画面に小さく表示されているマップを頼りに指示を出す。
彼自身もこのゲームに関しては初見なのである。
爆発まであと23秒。
拠点へ向かう最短コースに誘導していく。
あと20秒。
拠点と呼ばれる部屋には機械類が置かれている。
その先にの床に開かれたアタッシュケースが置かれている。
そこまでたどり着き、解除信号を送れば爆破を阻止できる。
ここまでBloodyからの攻撃は一度もなかった。
実験棟内は幾つもの部屋があり、互いのリスポーン地点から拠点までに何通りものルートが存在する。
爆弾を仕掛けてから、Saraを仕留めるために移動する過程で、すれ違いになったのだろうか。
あと数メートル。時間はまだある。
(これは勝てるかも知れない)
大牙がそう思った瞬間、画面の端が赤く染まった。
「――ッ!?」
沙羅が小さく声を漏らした。
しかしまだSaraを動かせることに気付いてキーを叩く。
再び銃声が鳴り、視界が床に落ちる。
Saraの喉を締め付けられたような悲鳴。そして荒い息遣いがスピーカーから聞こえてくる。
視界が上下に揺さぶられるもまだ前進を続けている。
床を這っているのだ。
少しずつ、少しずつ、銀色のアタッシュケースが大きくなっていく。
爆発まであと8秒――
「もう間に合わない。このターンはあきら――」
「まだ動けますわ!」
大牙の声かけは強い口調で遮ぎられた。
画面から視線を下げると彼女のキーを押す細い指がぷるぷると震えていることに気付いた。
ターン2は攻撃側のBloodyの勝利。
これで勝敗は0対2。
一方的なゲーム展開であることに違いはない。
しかし、大牙が見ているのはゲームの勝敗記録ではなかった。
「あんにゃろ~……」
拳を握りしめ、突き刺すような鋭い視線を画面の向こう側へ向けていた。