表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/83

エピローグ二、井上 景子(22) 【家事手伝い】と 石橋 京介(32) 【銀行強盗】


 エピローグ二、井上 景子(22) 【家事手伝い】と

石橋 京介(32) 【銀行強盗】


 一人でいるのが嫌だった。常に誰かと一緒にいたい。

 彼女がそう思うようになったのは、幼い頃の体験からだ。

 生まれたときの彼女は、多くの子と同じように幸せに包まれていた。産婦人科病院の分娩室で、父親に見守られながら母親のお腹から産まれてきた。初めておっぱいを飲む彼女の姿に、両親共に笑顔で涙を流す。

 両親にとって彼女は初めての子供だった。十年以上に及ぶ不妊治療の結果、ようやく芽生えた命。その喜びは想像に難しいほど大きかった。

その結果、彼女は両親を失うこととなった。どうして? そう思える思考もない頃の出来事なのに、見ているはずがない光景なのに、彼女はその日のその出来事を鮮明に記憶し、映像として今でも見ることができるという。

 彼女の父親は喜びのあまりに周りが見えなくなってしまったようだ。退院をしてからの三週間は毎日花束を抱えて帰宅する。家でも会社でも、娘の話しかしない。仕事はしても残業はしない。付き合いの全てを断わり娘との時間に当てる。理想の父親かもしれないが、少しやりすぎてしまったようだ。一ヶ月検診のその日、彼の盲目の愛が事故を起こすきっかけになってしまったのだから。

有給休暇をとって車で産婦人科病院に向った。同じ建物内には小児科も併設されている。母親の産後検診も兼ねていた。彼は初めて車に赤ん坊を乗せた。生まれる前から用意していたベビーシート。後部座席で母親の隣に設置した。車に乗るのは二度目の赤ん坊だったが、その日は両親の緊張が伝わり、乗る前から泣き出し、車が動き出しても泣き止まない。母親はなんとかベビーシートの中の赤ん坊をなだめようと必死だった。抱きかかえてやりたい気持ちは強かったが、ベビーシートの中の方が安全だと感じていた。苦しまないように気を使いながらもベルトまで閉めていた。しかし、少しでも側に寄りたくて、自らはシートベルトを外していた。

 彼はしっかり安全運転、とはいかなかった。娘の泣き声が気になり、スピードは出せないがふらふら蛇行運転。バックミラーにチラチラ、ときには直接振り返る。赤ん坊が心配なのはわかるが、やりすぎだ。泣き止まないくらいは当たり前だ。いつもと違う空間、違う雰囲気。泣いて騒ぐのはそれらの違いを感じわけられるようになった成長の証でもある。

 彼女は退院のその日、生まれて初めて車に乗った。病院のサービスで、リムジンで家まで送ってくれる。赤ん坊の彼女は、自分が車に乗っていることにも気がつかず、すやすやと眠りの中だった。

 彼の運転は危なっかしい。車線をはみ出すことが何度かあり、妻のひんしゅくを買っている。妻は妻で泣き止まない赤ん坊にパニック状態。妻の怒声に赤ん坊は鳴き声を高める。彼は口ではごめんと言いながらも、その運転は相変わらず。ついには赤信号を無視してしまい、横からの車に突っ込まれてしまった。

 車は運転席をめがけて突っ込んできた。凹んだドアが脇腹にぶつかり、その勢いで横に飛ばされた彼は、シートベルトをしていたがそのため反動で引き戻され、ガラスに頭を強く打ち付け即死だった。

 母親は彼女を守るために必死だった。赤信号を無視する彼の車に対して浴びせられるクラクション。異変に気がついた母親は、ベビーシートに覆いかぶさるように抱きついた。その衝撃で身体が振り回されても、頭が窓ガラスにぶつかっても、決してその手を離さなかった。救急車がやって来たとき、母親は朦朧としながらもまだ意識を残していた。救急隊員に娘の命が無事であることを確認すると笑顔を見せて意識を失った。病院に運ばれる前にはその命を落としいていた。その表情には、安堵の笑顔が残ったままだった。

 その後彼女は、父親方の祖母の家に引き取られた。一人暮らしの祖母は年金とパートタイムの給料で、古びたアパートの一室で細々と生活をしていた。孫を引き取る余裕なんてなかったけれど、一人息子の忘れ形見、他に親戚なんていなかった。施設になんて預けたくはない。祖母といってもまだ四十代と若く、可愛い孫を育てる決意をした。

 パートをしながら保育園に通わされていた彼女は、祖母と一緒に居られる時間は少なかったが、祖母からの愛に幸せを感じる毎日を過ごしていた。

 そんな彼女に不幸は続く。小学校に入学する三日前のこと。祖母が突然倒れた。脳梗塞。二日後に亡くなった。

 祖母には家族が一人もいなかった。旦那とは遠の昔に別れていて、その家族との付き合いもなく、死んだらしいとの噂を聞いたこともある。

祖母の御葬式はとても地味だった。住んでいたアパートのオーナーが不憫に思い、あげてくれたものだった。彼女に対しても優しく、養子に貰うとの話も出たが、彼女が拒否をし、施設に預けられることとなった。彼女の理由は、寂しい思いはもうたくさんだと考えただけだった。施設には同じような子供がたくさんいると知らされ、それを信じた。結果としてその判断は半分は正しかったとも言える。数年後、アパートのオーナーは、児童犯罪で捕まっている。

 しかし彼女は、その半分の誤りで、寂しい十年間を過ごすこととなった。施設で友達なんて作ることはできず、学校でも施設育ちだと忌み嫌われ、学校の先生も施設の先生も口先ばかりで彼女の心を癒してはくれなかった。

 そんな彼女が十七歳のとき、一つの出会いが待っていた。アルバイト先の女将さんに気に入られての養子入り。まるで映画のような出来事だった。高級とは言えない街の料理屋さん。女将さんに子供はなく、とても気が合う彼女がまるで娘のように感じられた。家庭の事情を知るとすぐ、娘養子にならないかと相談した。彼女は迷ったけれど、女将さんの人柄に惚れていたせいもあり、受け入れることを決意した。

 高校を卒業すると、彼女は家事手伝いとして家の事や店の事を手伝い暮らしている。女将さんの意向もあり、割と自由な時間をもらえている。今まで苦労をしてきたのだから、少しは楽にしなさいとの考えからだった。

 しかしそれが、彼女を開放的にさせてしまった。家事手伝いという身分になってから、彼女は恋人を作り、暇を見つけては遊ぶようになった。元々は大学受験を考えていたが、現役で失敗をし、養母に甘えているうちに恋人ができ、遊び人の道を歩み始めた。

 彼女の恋人は、最低な男だった。付き合いをする目的は唯一つ。それしか考えていない男だ。しかし彼女は、そんな男の行為に溺れていった。

男には妻も子供もいる。愛なんてこれっぽっちもないのは明らかだった。彼女だってそんなことには気がついている。食事やホテル代は支払ってくれるが、特別なプレゼントを貰えるわけでもない。ただ一緒にときを過ごすだけ。しかし彼女には、それだけで満足だった。誰かと一緒に二人きり、肌を合わせるだけで幸せを感じる。自分は一人じゃないんだと思うことができる。

 その男との付き合いは、つい最近まで続いていた。彼女にとって彼は、初めて身体を合わせた男であり、寂しくなればお互いに誘い合う関係でしかない。愛情はすぐに醒め、他の男の肌を求めるようになった。誰でも良かった。触れ合うことができる誰かがいれば、それで寂しさを拭うことができたから。

 今の彼女は少し違う。銀行強盗の彼と出会い、肌を触れ合う以外の快感を味わっている。今は彼を、彼といることに愛を感じている。いずれは消えゆく愛かも知れないけれど、今というこのときに幸せを感じずにはいられない。

 彼女が彼と出会うきっかけとなったのは、ヤクザの男に付き纏われ、それを振り切ったことによる。あの日、人生が新しくなった。

 ヤクザとの付き合いはただの遊びだった。向こうもそのつもりだと、彼女は思っていた。それなのにあいつは、私にはまり込んだ。

 私のどこがいいのか? 男達は私に近づいてくる。悪い気はしないけれど、たまに面倒臭いと感じることがある。その最なる例があいつだった。

あいつの身体はつまらない。自分勝手な自慰行為の延長線。私はちっとも満足できなかった。

二人の関係は、ヤクザ側からの一方的なものだった。彼女の身体を求めて呼び出し、事が済めばさよならする。その度に高価なプレゼントや現金を手渡していたが、彼女の心には届かない。プレゼントは質屋に、現金は銀行に。

 彼女には特別な相手はいなかったが、遊び相手は大勢いた。街を歩いているだけでも、相手を見つける事ができる。まさかヤクザの男があんな面倒を起こすとは思ってもいなかった。その格好や雰囲気から、見た目でそっち系の男だとは気がついていたが、遊び合って終わるものだと思っていた。あんな面倒に巻き込まれるなんて思ってもいなかった。しかし、そのおかげで今の恋人と出会えたのだから人生って不思議だ。しかも、ヤクザは無事にあの世行き。

 銀行強盗って、意外に楽しいのよね。お金もスリルも、地位も名誉も手に入る。私たちをモデルに映画化の噂もある。歌手デビューしないかって話も噂として飛び交っている。実際に、裏のルートを通じてグラビアの話が舞い込んだこともある。

 明日はその撮影日。私と彼は、この姿を露わにして、さらなる名声を得るんだ。私はハリウッドスター、彼は最高の死刑囚。二人は離れ離れ。これこそ最高のハッピーエンド。私は次の恋へと走り出すのよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ