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エピローグ一、石橋 京介(32) 【銀行強盗】と、 井上 景子(22) 【家事手伝い】



エピローグ一、石橋 京介(32) 【銀行強盗】と、井上 景子(22) 【家事手伝い】


 二人はあの日から、ずっと一緒にいる。愛しているの言葉は言わない。お互いを隣に感じているだけでいい。交わす言葉もほとんどない。

銀行強盗なんて職業は、それほど忙しいものじゃない。普段の二人は、街をふらふら遊んでばかりだ。

 あの日、二人が現場から逃げ去ったことは誰もが知っている。大きなニュースになり、その後の行方を必死に捜索している。警察だけでなく、探偵やら一般市民も必死になっている。懸賞金がかけられ、メディアで大きく報じられたからだ。

二人の姿はそこにあるのに、なぜだか誰にも気づかれない。普段通りの格好で、変装もせずに歩いている。

 事件当時の二人の姿は、目撃証言だけでなく、カメラにも写っている。

 彼は黒いスーツ姿でサングラス。ジェルを使って髪の毛をツンツンに立たせていた。普段の彼とは違う、強盗用のスタイル。普段はジーンズに革ジャン、黒のハンティング帽子をかぶっている。背格好に特別な特徴はなく、街を歩けばどこにでもいる若者にしか見えない。カメラの映像に映った彼には、服装と髪型以外の特徴はなかった。鼻も頬も口元も、一般的としか表現のできない代物だった。

 彼女はショートパンツにTシャツ。セミロングの崩れた黒髪はほんの少しねじれていた。化粧が剥がれていたのはホテルでの情事と走って逃げていたせいだ。普段でもその格好はあまり変わりがないが、髪の毛を束ね、化粧も多少は気合を入れている。普段はジーンズを履くこともあれば、ワンピースだったりミニスカートだったり、その日の気分で服装が変わる。それって今の女性にとっては当たり前のこと。街の防犯カメラに映った彼女は、どこにでもいる大学生のようだった。確かに可愛いけれど、キャンパスの香りに包まれ得をしている。そんなごく普通の美人だ。

二人は完全に街に溶け込み、毎日を楽しんでいる。

 彼は仕事に彼女を誘い、二人組での銀行強盗を続けている。現代版ボニーアンドクライドとしてもてはやされてもいる。強盗時のスタイルは黒のスーツにサングラス。それは彼女も同じで、カメラに映ると普段の彼女とは別人に映ってしまうようだ。

 彼は以前の相棒と出会ったときにはすでに銀行強盗としての仕事を軌道に乗せていた。一人でも困らずに大金をせしめていた。それにもかかわらず相棒を誘ったのには理由があった。万が一のときのために、犠牲としての存在が欲しかったからだ。

 彼は相棒を得るために以前の仕事をしていた。偽名を使っての面接。なんの疑いも受けずに採用された。

 仕事場での彼は当たり障りのない真面目さだった。残業だって休日出勤だってこなしていた。しかし、特に目立つような仕事の腕はなかった。

目立たないようにするのが彼の目標だった。目立たずに相棒を探し、そっと退職する。予定通りに上手くいった。

 彼が銀行強盗を始めたきっかけはほんの小さな一瞬からだった。銀行に口座を作りに行ったときのことだ。百万を超える金を窓口で手渡す銀行員。受け取る客はモタモタとなかなかカバンにしまいこまない。彼は斜め後ろの待合席で座りながらその様子を見ていた。腰をあげれば簡単に奪い、逃げられそうだった。本気で奪おうかとも思ったが、丁度のタイミングで番号を呼ばれた。銀行には金が無造作に転がっていることを知った。

その日から彼は銀行の実態を調べ、強盗の準備を始めた。一人でも欲を出さなければ成功できると確信し、見事成功させている。

 銀行強盗を始める以前の彼は、そこそこ有名な大学を卒業し、それなりの大企業に勤めていた。しかし、退屈な毎日だった。理由なんてわからない。親に決められた道を生きるのはつまらない。

子供の頃から彼は親の言う通りに生きてきた。習い事も勉強も、一緒に遊ぶ友達さえ親が全てを決めていた。彼は少しも疑わず、それを受け入れてきた。いい子でいることが、彼の生きる道だと信じていた。

 その理由は一つある。彼には四つ下の双子の妹と弟がいる。物心ついたときにはすでに、親の愛情全てを二人に奪われてしまっていた。親からの愛情を受けるには、言うことを聞く以外にはなかった。物分かりのいい子供を演じることで、親からの愛情を引き出そうとしていた。

 彼の両親と妹達は、今でも一緒に暮らしている。妹も弟も結婚をして子供が生まれている。両親は家を増築し、三家族が同居している。彼は一度もその家には帰っていない。親兄弟からの連絡もなく、彼からも連絡はしない。お互いにお互いを忘れてしまったかのようだ。

 彼は高校を卒業すると、大学入学の為に一人暮らしを始めた。そしてその頃から家には顔を出さなくなった。理由なんてない。一人になれた開放感から、気がつかぬ間にレールを踏み外していただけだ。家に帰っても両親は妹達のことばかりを構い、彼なんていてもいなくても同然の態度をとる。彼が家に帰ったのは三度きり。もう十年以上は家に帰っていない。三度とも、家を出てからすぐのことだった。一人での寂しさと、忘れ物を取りに来たとの言い訳を持って帰っていた。しかし、家族の態度に耐えられず、四度目の帰宅は先延ばし。彼の頭の中では、今後一切帰るつもりがないようだ。

 妹たちの結婚式にもいかず、赤ん坊が生まれても会いに行っていない。一応の連絡は取っているが、忙しいとの理由でお祝いだけ送って済ませている。その連絡も、彼からはしない。弟からの連絡を受けるだけだ。

 彼が銀行強盗犯として指名手配されていることを、家族は知らない。ニュース映像を見ても、サングラスをかけているとはいえ、ハッキリとした顔のアップが映し出されてもなんの反応もせずにいる。見つけたら懸賞金か・・・・ 一般的な視聴者やコメンテーターと同じでお金のことしか頭に残らない。

 銀行強盗を始めてからの彼には、自然とそういう仲間が増えいた。お互いの素性は明かさずとも、匂いで感じるのだろう。一人で立ち止まっていると、そういった連中に声をかけられる。自己紹介なんてしなくても、怪しさだけを感じられればそれで十分だ。

 仲間ができても、彼は決して自分を銀行強盗だとは伝えない。相手も大抵はなにも聞かないし、詳しい内容は教えようとしない。中には自分の仕事を自慢する奴もいるが、そういう奴は大抵、すぐに捕まってしまう。

 彼は仲間との交流から盗んだ金の洗浄を覚えた。窓口の小金を盗んでいた間は困らなかったが、金庫からの大金には困っていた。番号を控えられているまとまった金も多かったからだ。

 彼の仲間には特殊な技能と知識を持った者が多くいたが、その中で彼には特別誇れる力がなかった。それでも仲間として迎えられていたのには理由がある。彼らのような犯罪者は、情報を共有するために小さな世界で凝り固まる傾向にある。そのため、仲間内の誰かが捕まれば、芋ずる式の可能性があるため、生活範囲を変える必要がある。範囲を変えれば仲間も変わる。その繰り返しで仲間を増やしていく。上辺だけの手薄な仲間に一番の需要があるってことだった。

 仲間がどれだけ増えても、彼は自分の仕事に直接仲間を誘ったり、手伝いを求めたりはしない。仲間はあくまでも仲間であり、一緒に働く気にはなれなかった。理由は簡単だ。優秀な奴らと組めば、必ず揉め事が生まれる。個性の衝突は防ぐ術がない。それは、彼の普通の生活の中でも学んできたことだ。

 学生時代もそうだった。彼はひととき、ほんの少しだけチヤホヤされたことがある。数学のテストで、先生が出した意地悪に難しい問題を学校中でただ一人正解してしまったときだ。頭がいいと言われている連中がこぞって彼の前にやってきては高いプライドをぶつけて帰っていく。中には陰湿なプライドもあり、彼はわずかばかりのいじめを受けた。天才ぶるなとか、カンニングしたんだろとか、ゆわれのないことを言われ、面倒臭い思いをしたことがある。つまらない個性を出すのは面倒臭いと知った。

 他にも面倒臭い個性は多くある。仕事場の先輩が、自分のことを上司だと勝手に勘違いをし、職場を仕切ろうとする。しかし実際の上司は彼だった。彼は二年目で主任となった。それ以前は、その職場に肩書きのある人はいなかった。先輩は自分が一番の古株なのをいいことに、勝手に上司風を吹かし、職場を仕切ろうとし、そのおかげで周りに多くの迷惑をかけてきた。当然、当の本人は気がついていなかった。自分は仕事ができるし人望もあると勘違い。課長や部長にまで文句を言っては自分を主張する。けれど彼が主任になったことで、先輩のプライドが崩れた。先輩は課長に対して文句を言った。俺より仕事のできないあいつが主任なんておかしいと。課長はただ会社の決定だからというばかり。本当のことを言わなかった。彼はその日から、先輩からの陰湿ないじめにあった。仕事はしない。文句は言う。他の後輩に勝手な仕事を教える。それも間違ったやり方で。彼は悩んだ末、主任を辞退した。

 優秀じゃない個性でも面倒臭いんだ。優秀なあいつらとは仕事以外で仲良くしていたい。その方が自分の仕事にもつながっていくし、楽しんでいられる。

 主任を辞退してから半年後、その先輩は退職した。五十過ぎの独身男。痴漢で捕まったとの噂があったが、真相のほどはわからない。その後任として、相棒が入社してきた。

やっと出会えた。一目見てそう感じた。相棒を求めてから数年が経過していた。まるで恋に落ちたかのような衝撃を受けた。こいつしかいない。その予感は大当たりだった。

 二人が組んでからの仕事は順調だった。一人のときよりも簡単に、多くの金を稼ぎ出していた。しかし、彼は相棒とずっと一緒にいるつもりはなかった。いつか切り捨てようと考え、そのタイミングを計っていた。それがあの日の、あの事件だった。彼は朝からその計画を練っていた。相棒を切り捨てるために、いつもより派手な行動を起こした。相棒には当然適当な言い訳でごまかしていた。予定外にはっちゃけたのには彼自身も驚いている。なんでもないように拳銃の引き鉄を引いていたが、手にしてからは初めてのことだった。海外旅行先の射撃場で撃ったことはあるが、街中で試し撃ちなんてできなかった。ましてや人をめがけて撃つなんて初体験だ。自然な振る舞いをしていても、サングラスの奥ではその瞳が震えていた。極度のストレスで瞼が重くなる。彼は必死に微笑を浮かべてごまかしていた。その姿が見る者には恐怖を与える。不気味な犯罪者。これが映画なら憧れるであろうタランティーノ作品の主人公のようだった。

 彼は今、彼女と街をぶらついて、ついでのように銀行へと足を伸ばす。彼女のカバンの中には化粧品に混じって拳銃が二丁入っている。彼はそっと彼女のカバンに手を伸ばし、拳銃をズボンのお尻に差し込む。

 静かな強盗。窓口でなにかの相談をしているかのようにそっと数百万を奪い、何食わぬ顔で出て行く。拳銃を使うのは脅しのときだけ。今日は見せることさえしなかった。奪った金は彼女のカバンの中。二人は手を繋いで銀行を出て行く。

 外に出ると、日常の人の流れ。二人は瞬く間に飲み込まれ、消えていく。

 銀行から飛び出してくる行員とガードマン。二人の姿を見つけられず呆然とするばかり。警察官が駆けつけたのは数分後。防犯カメラの映像と銀行員の証言から犯人は特定されたが、度重なる現代版ボニーアンドクライドの犯行に警察の信用はガタ落ちだ。しかし、銀行側の信用は落ちない。二人をわざと逃しているかのようで、不思議だが、一般市民からは正義の味方扱いされている。もっとも、警察側からは厳しい指導をされており、決して犯罪側についているわけではなさそうだ。

 二人は行きつけのバーで、自身のニュース映像を見ながらシングルモルトを片手にグラスを合わせる。

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