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あいつは嘘をつかない。俺のことを平気で怒ったりもする。こんなことは初めてで、俺は完全な信頼をしたんだ。もちろん、決定的な出来事も存在する。あいつは、俺が長年飼っていた猫を亡くしたその日、俺の側で、一緒に泣いてくれた。あいつからはなにも言葉を発しなかった。ただ側で、俺と猫との思い出に耳を傾けてくれていたんだ。信頼をするのに、それ以上の理由はいらないだろ?
そんなあいつが俺を裏切った。意味がわからなかったよ。俺のなにが不満なんだ? 別の男と楽しげに歩いている姿を何度も目撃されている。俺を愛していないのなら、俺の前から消えてしまえ! 消えないのなら、俺が消すまでだ。
彼女は彼に惚れている。それは真実だけど、彼女の気持ちは彼とは違う。彼の気持ちは一つだけ。けれど彼女の気持ちは一つじゃない。彼一人で満足できる気持ちじゃなかったようだ。愛が一つだなんてあり得ない。愛は全てに平等なんだと彼女は考えている。
浮気の事実を知った彼の行動は単純だった。部下たちを使ってその現場を抑える。相手の男を生かすつもりはない。彼女についても同じだ。男はその場で殺しても構わない。しかし彼女は、自分の手で殺したい。それがせめてもの、彼が考える彼女への愛情だった。
奪った車で彼女の影を追いかける。彼の耳にはなにも聞こえない。街のざわめきだけでなく、車の走行音すら耳には入らない。それどころか自分の鼓動さえ感じられていない。彼は今、彼女の影だけに全神経が集中されている。
彼女の車は踏切でも止まらない。信号機の点滅にも彼は気がつかない。遮断機が降りても関係ない。目の前の彼女が奥の遮断機をへし折ったことにすら気がつかないでいる。彼は手前の遮断機をへし折り、線路の上に入り込む。なていうタイミング! 運転席の真横から電車に突っ込まれる。それでも彼の意識は彼女の影。痛みも感じずに、身体が砕けた。




