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彼はずっと一人ぼっち。幼稚園の卒園式もその後の入学式や卒業式、授業参観のときでさえ一人ぼっちだった。両親は一度も彼のプライベートに寄り添ったことがない。たまに顔を見せるのは、その時々の家政婦だけだ。運動会でさえ、家政婦と一緒に、家政婦が作ったお弁当をつまんだ。
一人ぼっちが嫌いなわけではなかった。それが当たり前だとも感じていた。親にうるさく言われないのは楽でよかった。干渉されない寂しさに気がついたのは、少し大きくなってから。中学時代だったと思う。
彼の家にはよく友達がやってきた。仲がいいわけではないのに、勝手にやってきてはゲームをしたり昼寝をしたり、ときには冷蔵庫や納戸を開けて食べ物を貪っていた。海外の珍しいお菓子や高級品を夢中に貪る姿は、滑稽で、見ていて楽しいものではあった。
友達はよく言っていた。宇野はいいよな。こんな大きな家に一人でさ。親にうるさく言われないなんて、羨ましいよ。彼はいつもヘラヘラと、そうなのかな? なんて言っていた。
彼の部屋で、友達はよく家族の話をしていた。ほとんどが悪口だけど、最後にはその家族の元へと急いで帰って行く。一人取り残され、寂しさに気がついた。
僕には家族がいない。少なくとも、本気でかまってくれる相手はいなかった。いつかきっと、本気で触れ合える家族が欲しい。この頃からそう感じ始めていた。
彼の友達は、上辺だけ。大きな家を秘密基地代わりに使っていただけだ。しかもお菓子付き。誰一人、彼を本当の友達とは思っていなかった。彼がそのことに気がついたのは、中学校の卒業式後のことだった。友達だと思っていたみんなは、パーティーをするとはしゃいでいた。彼はそんな話を聞いていない。誰も誘ってはくれなかった。よく考えると、彼は友達と外で遊んだことが一度もなかった。学校では口を聞いてもくれない。いつも一人ぼっち。家に遊びに来ても彼は蚊帳の外。そういうことだったんだと、今さらながらに悟った。とうに気がついていたんだ。そう呟き、涙した。
高校生になってからの彼は自らの意思で友達を作らず、外では本を読み、家ではゲームをするようになった。中学時代の友達が家を訪ねてきても迎え入れることはしなかった。初めは怒りを見せていた友達も、彼の意思の硬さを知ると姿を見せなくなる。街で会っても声さえかけてもらえない関係になった。
一人ぼっちの彼には恋人もいない。生まれてからずっとだ。寂しい思いは募るばかり。一人でいるのはもう嫌だ。数年前からお見合いクラブに通いだし、明日は久し振りのデートの日。若くて写真を見る限りでは彼の好みのようだ。趣味も合いそうな予感がする。プロフィールなんて当てにならないのは承知している。相手だってきっと、僕のプロフィールなんて当てにはしていないはずだ。そう考えてはいるが、それはちょっとばかり間違っている。確かに女性のプロフィールは当てにならない。特に、容姿や性格なんてデタラメばかりだ。しかし女性は、彼のプロフィールだけを目当てにしている。それは彼だって承知はしているはずだ。お見合い相手はいつも、彼の懐具合ばかりを気にしている。彼がお金は全て親に預けているというと、会話が途絶えてしまう。女性なんて金次第なんだと分かってはいても、そうじゃない女性に会える日を待ち続けている。そして彼は思う。今回ばかりはいい予感でいっぱいだと。
彼はまだ見ぬ彼女を想像し、顔がにやける。周りの騒音が耳をすり抜ける。目の前の光景を彼女の顔が邪魔をする。写真を見る限りでは、まさに彼の理想だった。白黒映画のお姫様のようだ。彼の思考が彼女の顔でいっぱいになる。ドンッ! と衝撃を感じたときは遅かった。横へ突き飛ばされスピードを落とした前方の車に突っ込んだ。シートベルトをしていなかった彼はブレーキすら踏んでいなかった。その勢いのままにフロントガラスに頭を突っ込み、血塗れで白目をひんむき死んでいく。写真の中の彼女の顔が、溶けていく。




