十五、伊村 達也(22)〈仮名〉 記憶無し 1
十五、伊村 達也(22)〈仮名〉 記憶無し
自分のことを覚えていない。ここが何処だかも見当がつかない。言葉はわかるが、意味がわからないことが多い。なんとなく思い出した名前が本名なのかは疑わしい。ほんの少しずれているような気がする。年齢だって見た目からそう言われたのをそのまま信じているだけだ。意外と年を取っている可能性もある。
記憶喪失の彼は、どうして記憶を失ったのかもわかっていない。今に繋がる記憶は全て失っている。言葉の意味も、その多くを失っている。
そんな彼の記憶は、数時間前から始まっている。気がついたときの彼は、電車の中、青い布の座席に座っていた。切符を買った記憶も、改札を抜けた記憶もない。それどころか、車内に踏み込んだ記憶すらない。
俺って誰なんだ? それが初めての思考だった。隣に座る可愛い女の子に、自然とした口調でそう問いかけていた。
なにそれ? うけるー! なんて言われた。彼には意外だったがそこから会話が弾み、名前を思い出すきっかけにもなった。年齢も、その女の子から言われた言葉のまま。有名なアイドルに似ていると言われ、けれどもっと若いよねとも言われた。彼の覚えているアイドルはいない。っていうか、アイドルという言葉の意味すらわからない。記憶の奥から滲み出てきた名前が伊村達也だった。その名前を彼女に言うと、そうそう、そんな感じだよ。まじうけるー! なんて笑われた。なにが楽しいのか、彼も一緒に笑顔を作った。
女の子と仲良くなった彼は、その女の子の誘導のままに見知らぬ駅で降り、少し休もうと言われ、人影の少ない脇道に入り、妖しくも物静かな佇まいのホテルに入っていく。
女の子に年齢を尋ねると、それを聞くのー! ありえないー! とはぐらかされる。記憶のない彼には見た目で年齢を判断することはできないが、なんだか幼さを感じる口調だと思った。
ホテルの雰囲気がなんだか妙に心を踊らせる。ここには何度も来たことがあると感じるが、その正体には気がつかない。




