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旦那との出会いを、今では毎晩思い出す。少しずつその思い出が変化するのは、仕方がないことだ。思い出は、美化することも思い出のうちである。彼女はそう考えている。思い出す若かりし頃の旦那の顔がアイドルグループのメンバーだったり、優しさが増していたり、デートの風景が海外だったりと、その程度の変化はご愛嬌のようだ。
お見合い結婚は、失敗のリスクもあるが、金持ちと出会える確率は高い。彼女の場合はそんなつもりもなく、ただ当時の勤め先の社長に紹介され、実際に出会い、断る理由が見つけられずに結婚したまでのことだった。理由がないっていうのは、立派な理由だと思うよと、旦那に言われた言葉が忘れられないでいる。
結婚をする前の彼女に、家族はいなかった。戦後に産まれた彼女だが、その影響はまだ色濃く、貧乏を理由に働きすぎで両親ともに死んでいった。残された彼女は親戚の家で家事をしながら学校に通い、親戚のつてで職場を得た。仕事をする女性が珍しい時代ではあったが、それはある程度の家庭での話で、貧乏人は誰もが働かないと生きてはいけない。今も昔も、それは変わっていないと思う。働く女性が増えたってことは、貧乏人が増えたのか? 彼女の旦那がよく言っていた言葉だ。俺は絶対に妻を働きに出したりはしない。そう言っていた。妻を養うのが男の役目だ。どんなに苦しくても、寝ずに働いてでも金を稼ぎ、妻や子供を食べさせるんだ。俺の父親がそういう人間だったよと、旦那が言っていたのを思い出す。女と子供は金の心配なんてせずに自由にやりたいことをすればいい。そうさせることに、男は必死になればいい。立派な思想かもしれないが、現実は難しい。金持ちの旦那と結婚をしたからこそ、彼女はなんの不自由なく生きてこられただけのこと。
不自由のない生活では、本当にやりたいことが見つけにくい。本当に仲の良い友達を得ることも難しかった。なにをしていなくても心が満足していた。欲しいものなんてなかった。欲しいと感じる前に手に入ってしまう。行きたい場所も、考えるまでもなく行くことができた。やりたいこともそうだ。料理を習いたい、お花を活けたいと感じたときにはすでに教室に通っていた。
その結果、友達がいない老後を送ることになってしまった。話し相手はいても、心を許せる誰かはいない。友達だけは、金の力では手に入らなかった。友達擬きならいくらでも近寄ってくるのだが。今更出会うことも難しく、それでも人恋しくて人の集まる場所に出かけていく。今日もこの後、区民会館かパチンコ屋に出かけるつもりだ。
街で買い物をするのは楽しい。欲しくないものでも買ってしまう。食べ物は特に衝動買いをする。今日もまた、お弁当を買い込んだ。デパートのお弁当って、魅力的だ。
彼女がそんなことを考えていると、背後からドタドタと足音が近づいてくる。なにかしらと振り向く間も無く、その足音が体にぶつかる。
彼女は、自転車を使って買い物に出かける。家はほんの少し街の中心からは離れているが、電車を使う距離ではなく、最寄駅はどこも遠い。バス停は家の近くにはなく、荷物を持って歩くのは好ましくない。タクシーを使うのも気が進まない。健康のためにもなると、自転車で出かけるのが日課になっている。雨の日はカッパを着てでも出かけている。風が強ければ諦めてしまうけれど。
荷物が多いときは、自転車を押して歩く。荷物がなくても人通りが多いと自転車を降りる。今もそう。自転車を降りて歩いていた。
歩道に倒れこんだ彼女の上に自転車がかぶさる。頭への強い衝撃と身体への重み。意識が遠のくのに、痛みはついてまわる。苦しくて呻きが漏れる。周りの喧騒が耳に入る。誰かが救急車を呼んでくれた。どれだけ時間が過ぎたのか? 痛み以外の感覚が消えていく。
意識の薄れと共に、彼女は静かにその命を失っていった。




