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衝撃を感じたときにはすでに地べたに倒れていた。なにが起きたのか彼には理解ができていなかった。ただ、視線の先の可愛い子の顔が変化して行く様子を眺めていた。信号待ちのその女の子は、交差点の真ん中に取り残されていた彼を笑顔で見つめていた。彼に興味を抱いているかのようだった。しかし、横から突っ込んで来たパトカーに跳ね飛ばされた瞬間から彼女の表情は歪んだままだ。恐怖と気色悪さとが混ざった感情。
彼女は耳に栓をして音楽を聴いていた。そのため周りの騒音には気がつかなかった。その後の自分があげた悲鳴にも気がついていない。跳ね飛ばされた彼へと自然に視線が動いただけだ。その瞬間を見ようとは考えてもいなかった。
可愛い子だな。あんな子が彼女になってくれればいいのにな。跳ね飛ばされて頭を打ちつけもうろうとしている意識の中、彼は彼女に好意を感じている。彼女の苦々しい表情も、彼には愛おしく見えているようだ。ねぇ、僕のこと見てるんでしょ? そこで待っていてよ。よかったらこれから遊びに行こうよ。バイクに乗って、どこか暖かい町へさ。
はたから見た彼は、微動だにせずじっとその目を彼女に向けている。死んでいるようにさえ見える。しかし彼は必死に身体を動かそうとしている。意識も自分でははっきりしているつもりのようだ。
現実はとても恐ろしい。跳ね飛ばされた後、彼は確かに生きていた。誰かの助けがあれば、彼女の助けがあれば、助かっていたかもしれない。彼と彼女の距離は数メートル。普通に手を伸ばしても届かないけれど、ちょっと勇気を出して手足を伸ばし、彼を引っ張りあげることはできなくもない。もしもそうしていたのなら、彼は助かっていたはずだ。そして彼の理想通り、彼女との付き合いが始まったのかもしれない。しかしそうはならず、彼は彼女の目の前でパトカーを追いかける野次馬の車にその頭を踏み潰されてしまった。
そこには彼女の顔が歪むのも無理はない光景が拡がっていた。決してテレビでは見せないその瞬間。非常識な映画でさえ直接的な表現を拒むその瞬間。彼女の顔の歪みは、死ぬまで治ることはないだろう。彼の死顔も、彼女が忘れることはないはずだ。彼もまた、最後に見た彼女の微笑みを焼き付けて死んでいった。痛みを感じない幸せな(彼にとってはだが)最後だったようだ。




