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どうしてなの? 私は本当にあなたの子供が欲しくて頑張っているのに・・・・
彼女が初めて見せた悲しみの涙がある。
僕だって頑張っているじゃないか。
そうじゃないでしょ・・・・ 病院に行くのは私だって恥ずかしいんだよ。あなたも一度くらいは調べてもいいんじゃない?
結婚をして五年間。子供が出来ない彼女は病院で不妊治療を受けていたが、特に異常はなかった。一度旦那にも病院に来て欲しいと言われていた。しかし彼は協力的ではなかった。精子を調べる? それは屈辱でしかない。自分で絞り取った精子を医者に手渡すなんて、考えるだけでも恥ずかしい。
子供が欲しくないなら別れてもいいんだよ。
彼女が口にした初めての別れ話。それでもいいよとは、彼の口からは出てこない。というよりも、どんな言葉さえも出てこなかった。溜息が一つ、無意識に溢れただけ。
その翌日、彼は銀行を休み、彼女と病院へ向かった。緊張と恥ずかしさ、若干の屈辱感から無口になっていた彼は、先生に対しても殆ど口を開かない。全てを彼女に任せ、自分は連れられてきた子供のように表情をこわばらせ、嫌々ながらも指示に従っていた。
結果は数日後に知らされた。そして彼は、男性不妊治療を勧められた。家からはだいぶ遠い大学病院を紹介され、新薬の臨床治験を受ける事になった。薬代も診察代の一部も無料だった。かかるお金は交通費とほんの少し。それで子供を授かる事が出来るのなら、若干の屈辱感なんてどうでもいい。彼はそう感じるようになり、積極的に治療を受けてきた。
しかしながらその結果、いまだに子供は授かっていない。薬が身体に合わなかった。医者にはそう説明されている。同時期に受けた治験者の八割がその後子供を授かっているのだから、薬自体に問題がないのは確かなようだ。
薬の投与は三年間続いた。彼と彼女だけなく、医者もいい加減諦めてしまった。これ以上の投与は意味がないとの判断は、遅すぎたとも思われる。
彼女は特に彼を責めたりはしなかった。
子供がいなくても、あなたがいれば幸せだから・・・・
彼女のそんな言葉が辛かった。
今日がなんの日か覚えている?
玄関先、今朝の彼女の言葉が頭を巡る。今日は・・・・ 四月の一日。新年度の始まりだ。新鮮な姿の新入社員。・・・・そうか! 今日は妻と出会った日だ。