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美味しいものが好きなのはなにも善人だけではない。悪人も凡人も美味しいもののために集まってくる。定食屋でのトラブルも自然と発生する。大概は客同士のトラブルで、店に迷惑がかかる程には至らない。しかし、一人の客が彼の父親に目をつけたことで大きなトラブルが生まれることとなった。その客が、今の社長である新堂猛だ。
あのときの恐怖心は今もまだ彼の心に残っている。態度の悪い客に彼の父親が注意をした。始まりはそれだけのことだ。気に入らないと喚き散らし、テーブルを蹴る。そのときは金も払わずに悪態をついて出て行った。それで終わればよかった。しかし、終わらなかった。そいつは難癖をつけて毎日店にやって来ては客を減らし、家庭は火の車。なんやかんやあって彼の母親が自殺をし、逆上した父親が店に顔を出した社長に手を出し、下っ端に仕返しをされておっ死んだ。彼は施設に送られ、いつか復讐しようと心に思い日々を過ごしていた。しかし、普通の生活をしていてはそうそうヤクザとの接点ができるはずもなく、半ば諦めていた。新聞でヤクザの記事を読み漁るのが精一杯だ。しかし、社長の名前を見かけることは一度もなかった。
母親が自殺したときも、父親が殺されたときも、警察はなにもしてくれなかった。当てになんてできない。けれど、自分一人の力も小さい。そんな彼に偶然が味方した。世界は小さい。というか、この世界は誰かの脚本通りに動いているのかも知れない。そう思うことがたまにある。
施設を出てからは特に就職もせずにアルバイトをしていた。生きる目的はあるが、夢と呼ぶにはあまりにも虚しい。なにかに憧れたり、なにかに夢中になったりなんてことは、両親の死によって奪われてしまった。父親の無念を晴らそうっていう感情の中には、当初は復讐だけではなく、店の再興も含まれていた。しかし、時間が経つにつれ、彼の心はそんなことを考えられなくなってしまい、なにも感じずに虚しい日々を過ごすだけだった。そんなとき、彼に心の変化が生じる出来事が起きた。あるきっかけで彼女ができ、その彼女が妊娠をした。まともな職に就く理由としてはこれ以上なかった。不思議だが、きっかけってのはどこにでも転がっている。それはなにも恋だけではないが、憎悪も空虚も、殺意だって同じなんだ。彼が拾った恋は、職安の中に落ちていた。両親が残した多いとはいえない保険もあり、当分はアルバイトで得たお金と蓄えで生きていたが、お金はいつか底をつく。案外と冷静だった彼は、底をつく前に仕事だけはしなくちゃと考えて、取り敢えず職安に足を運んだ。初めての彼は登録カードを作る為の書類に記入しなくてはならないと言われて、その通りにした。彼の隣で同じように書類に記入をしていた女性がいた。視界の隅に映る彼女が、彼には気になって仕方がない。理由なんてなく、何度もその姿をチラ見する。そして彼女も、そんな彼の雰囲気が気になり、何度もチラ見をする。そしてついに、その目が合い、二人は恋に落ちた。二人はそれぞれいくつかの会社を受け、彼女は受かり、仕事を始め、彼はその全てに落ちた。しかし状況が変わり、彼は再び職安に通い、いくつもの挫折を重ねた上に今の仕事を得た。募集業務は運転手。まさかヤクザだとは考えもしなかった。運送会社のつもりで連絡をした。しかし彼には一つ気になることがあった。仕事を探すとき、それ以外でも常に一つの名前を探す癖があり、それがこの偶然を生んだ。新堂猛。代表取締役社長の名前にそう記されていた。けれどまさか、運送会社だ。特に珍しい名前でもない。同姓同名なんてよくある話だ。そう思いながら、期待なんてせずに面接に向かった。実際の話、なかなか仕事が見つからず、とにかく仕事をしたいの一心だった。親の仇を探すなんて余裕は、片隅に小さく浮かんでいたに過ぎなかった。




