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これからどうすればいいんだ? 来月の給料を貰っても、遊んで暮らせる程の余裕はない。仕事を辞めたのはいいけれど、その後のことなんてまるで考えていない。彼はとりあえず、次の仕事を探しに職安へ向かおうとしているようだ。なんの目標もなく、ただ生きて行くための金を得るための仕事を探しに。
彼には夢がない。やりたいことなんてなんにもない。そんなことを考えたことすらなかった。それでも特に不自由はなく生きて来られた。これからだって同じだ。夢なんてなくても人は普通に生きていける。
学校の同級生には夢を語る者も少なからずは存在した。しかし、彼の知る限り夢を叶えた者は一人もいない。
とはいっても、大人になる前の彼には多くの夢があった。ヒーローになりたい。テレビを見て憧れた。スポーツ選手になりたい。競技場で観戦をして自分もそんな選手になりたいと思った。弁護士になりたい。映画を見て自分も誰かを助けたいと考えた。医者になりたい。死んだおじいちゃんを助けることができなくて涙を流した医者に感動した。学校の先生になりたい。どんな生徒にでも真剣に向き合ってくれる先生が好きで、いつか自分もそんな先生になって誰かに真剣に向き合いたい。そんな想いは歳を重ねるとともに消えていった。彼が最後に夢を見たのは中学三年生のとき。大好きな同級生と結婚したい。彼女と一緒にいるとなにをしていなくても幸せだ。
彼が夢を失ったのは、そんな彼女に振られたからだ。想いのたけをぶつけ、砕けた。そして夢を見る意味を失ってしまった。つまらない男だとは思うが、そんな男が多いのも事実だから仕方がない。
新しい仕事を探しても、俺はなにも変わらない。今日までと同じ毎日の繰り返し。そんなんでいいのか?
彼は遠くに見える子連れの家族を見つめている。幸せそうな家族の姿。夫婦の間に入って両手をそれぞれ両親の手と繋いでいる。小学生低学年くらいの男の子は笑顔を見せている。俺もいつかこんな家庭を持つのかな? そんな想像をするのは初めてのことで、彼自身が驚いている。どうせ俺には無理だな・・・・ そんな風に強がって自分を笑うしかできないでいる。自分の力で幸せな家族を得ようという考えは彼にはできない。どうせ・・・・ 彼が得意な言い訳の言葉。
幸せそうな家族と彼との距離が近づいていく。彼は笑顔の子供を見つめながら歩いている。その距離が数メートル程になったとき、その家族の母親が彼に向かって声をかけた。勝一君じゃない? 久し振りだね。私よ、優子。忘れたなんていわないでよ。
彼はその声を聞いてすぐに顔を子供の母親に向けた。忘れるはずもない。優子は彼の昔の恋人だ。髪型が変わっても、化粧が変わっても、体型が変わっても忘れるなんてあり得ない。二十八年の人生でただ一人互いに愛した女性だった。
その子は・・・・ 彼の言葉はそこで途切れてしまった。俺の子か? そう聞きたかったようだ。そう考えてその子供を見ると、なんとなくだが彼に似ている気がする。