四、林 勝一(28) 無職 1
四、林 勝一(28) 無職
なんとなく生きてきた二十八年間。高校を卒業してから十年間働いていた会社を突然クビになった。理由はたくさんあるのだろうけど、彼にはわからない。気がついていないからこそ、クビを言い渡された。
彼の仕事は工場で機械の部品を作ることだった。大きな工作機械を使っての汚れ仕事だ。力も使うし頭も使う大変な仕事だ。といっても、それは本来ならの話で、彼の場合は違っていた。
彼は自分で望んでいたつもりはないけれど、誰でもできるその仕事に満足をしていた。というか、その仕事に誇りさえ持っていたようだ。彼の仕事は、機械に材料を取り付けて機械のボタンを押すだけだ。他のことは一切しない。実際に、機械ってのは、なんでもかんでも勝手にやってくれるわけではない。その機械を思い通りに動かすための段取りが必要だ。しかし彼は、ただ機械が加工してくれた部品を取り外して箱に入れる。そしてまた取り付ける。その繰り返しだけ。その他の仕事は全て他人任せだ。会社員にはそれぞれの役割がある。与えられたことを全うするのが仕事であり、余計なことをするのは出来の悪い奴だけでいい。彼は本気でそう信じていた。
彼がそんな考え方を持つようになったのには理由がある。それ程複雑な理由ではなく、同情し得る理由でもない。彼が仕事を教わった先輩がそういう人だっただけのこと。他の先輩も上司も、それでいいと考えていた。そういう職場に彼は馴染み、それが当たり前だと十年間も過ごしてしまった。
しかしそれは、一人の男が中途採用されたことで崩されてしまう。
それまでその会社には仕事のできる人間がいなかった。与えられた仕事だけできる人間はいくらでもいたが、それ以外の仕事も一生懸命にできる人間はいなかった。その男はほぼ全ての仕事を一人でこなしていた。彼がやっている仕事の下準備や跡片付けももちろん、彼にはできなかった新しい部品をゼロから自分の手で作り出すこともできる。工作機械を使いこなすことができるのは、その会社ではその男以外にはいなかった。
その男の入社により、彼は仕事のできない人間とみなされるようになった。しかし彼は、そんなことになっているとは気づかず、相変わらずそれまで通りの仕事を続けるだけだった。それが悪いわけではないが、会社内での印象は悪かった。
クビになったといっても、それは事実上の話で、会社側は転勤を言い渡しただけだった。実際の話、一人暮らしの彼にはそれを理由に辞めることもなかったのだが、下手なプライドが邪魔をしたのと、転勤先での仕事内容が腑に落ちなかったのでその場で辞めるといい、今こうして街を歩いている。