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警察官としての彼は、地位こそあるがそれだけだ。仕事はあまりしたがらない。しかし、自転車でのパトロールという名のお散歩は毎日欠かさない。雨が降っても、カッパを着てパトロールに出かける。パトカーやバイクではいけない場所にまで行ける自転車が便利だと彼は言う。そういう場所にこそ、パトロールをする意味があるんだと言う。
今日も彼は、いつものようにパトロールをしている。細い路地を抜け、商店街へ出る。そこからまた路地に入り、銀行の脇道から大通りへと向かう。
あれ? いつもと違う雰囲気が銀行側から漂ってくるのを感じる。なにかが起きている。彼はそういうことには敏感だった。初めての事件以来、そういった感覚が鋭くなり、幾度も事件に遭遇し、何度かは事件を解決し、何度かは事件を未然に防いでいる。しかし、どの事件も自分では何かをしたという感覚はなく、たまたま事件に遭遇し、たまたま解決しているだけだった。
銀行の中で何が起こっているのか? 彼は気にもならず、自然に任せて脇道を通り過ぎ、大通りへと出た。あぁ・・・・ 違和感の正体に気がつき、落胆する。銀行内での緊急事態を知らせるランプの点灯。どうせまた、機械の故障だ。彼はすぐにそう考えた。それには訳がある。今までに一度きりじゃなく、そんな事があったんだ。初めてそのランプの点灯に気がついた時は大いに慌てた。無線で連絡を入れ、事実を確認した。銀行からの緊急事態用点灯ランプの信号は警察署にもつながっている。彼は応援が来るのを外でじっと待っていた。利用客が平然と出入り口を行き来している事には気付いていなかった。お前は注意力が足らないと、後で上司に怒られた。二度目の時、今度は慎重にと、辺りを警戒、また故障か? と思いながらも連絡を入れ、出入り口を見張っていた。中に入ろうとする利用客には訳を説明して遠くへ避難してもらう。しかしどういう訳か、その日に限って中から外に出ようとする利用客はいなかった。もしかして、そうなのか? 彼の緊張は高まったが、結果はまたしてもランプの故障だった。三度目の正直は少しの緊張もなく故障と気がついた。行き交う人の多さに調べる必要もなかった。流れに乗って行内に入り、ランプの故障を伝えた。その後に何度も同じような事があり、銀行には注意をしているものの、なんだかんだと言い訳をして故障のままほったらかしにされている。故障といっても、年に何度かの誤作動だから、調べても原因が分からないから、そんな子供のような言い訳を繰り返す銀行側の気が知れない。業者を呼んで機械を取り替えてもらえばいいだけだ。時間もお金もかかり、業務にも影響が出るというけれど、本当の事件が起きた時にどうするのかとの問いに、その時は警察が駆けつけてくれるんでしょ? なんて他人事の答えが返ってきたそうだ。誤作動でもどうでも駆けつけるのが警察の仕事だそうだ。訓練だと思えばいいじゃないですか? なんて言われた事がある。そんなに言うんなら警察側で対処してくれればいいんだとも言われている。しかしまぁ、全てが彼の言い分で、現実はわからない。そんなに無責任な態度を銀行側がとるとは思えないが、案外に無責任な部分が多いのも確かだ。警察側の立場や内情についても、彼がそう感じているだけで、それが現実とは限らない。人はいつだって、自分勝手で一方的な立場から言葉を話す。とくに彼は、そんな人間の代表的な存在だったりする。事実、その後の調べでは、銀行側の不備は確認されていない。