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駅前通りでの無差別通り魔殺傷事件。彼が容疑者を発見した時点で三人が死亡し、四人の怪我人が出ていた。
走る足音が聞こえ、T字路の角で顔を右に向けた。すると、血の滴る包丁を振り、こっちに向かってくるバンドマンらしき恰好の男が目に映る。彼はすぐに拳銃を握り、構えた。震える足腰、両手で構えた拳銃さえもガチャガチャと音を立てて震えていた。
止まるんだ! 包丁を捨てて手を挙げろ! 彼ははっきりとは覚えていないがそんなような言葉を口にした。そして何故か、容疑者のその男は素直に彼の言葉に従い、立ち止った。その理由は後にわかる事となった。
ふっ、こんなところでお前と出会わすなんてな。お前に言われれば、従わない訳にはいかないよな。容疑者の男はそんな言葉を吐きながら素直に包丁を地面に落とし、両手を挙げた。
彼には男の言葉の意味がわからなかった。しかし、拳銃を向けたまま、犯人逮捕のチャンスを逃さず見事に成し遂げた。
俺を忘れたのか? そんな言葉を無視し、興奮しながら無線で連絡を取り、容疑者を引き渡した。応援を待つ間、彼は男の言葉には耳を傾けなかった。警察官になって初めての事件。偶然とはいえ、初逮捕。興奮を抑えることなんて無理な話だった。足の震えは止まっても、心の震えは止まらない。
彼が犯人の名前を知ったのは、テレビ画面のテロップを見たときだった。キャスターの言葉よりも早く、その名が目に映る。
嘘だろ・・・・ そんな当たり前の感想しか言葉にならなかった。頭の中でも、その言葉以外はなにも浮かばない。真っ白な脳味噌の中に、ウソだろ、の言葉がこだまする。
居眠り警官は当然のように死刑を宣告された。今はまだ刑務所内に生きているが、近いうちに執行されるとの噂が流れている。新しい法務大臣が死刑執行に前向きな発言をしており、死刑囚を無駄な税金を使って長生きさせるのはどういったものかというニュアンスの発言をしてほんの少し世間の注目を集めている。今が死刑執行にはもってこいのタイミングなのかもしれない。なんていうけれど、人が人を殺すのにタイミングがどうとかってことを話題にすることが間違っているんじゃないかなとは、誰もテレビの中では話題にしていない。
一度だけ、彼は居眠り警官に会いに行っている。どうしてなんだ? そんな疑問は捨て去り、ただ一言、大きく文句の言葉を投げつけたかっただけだ。
こっち側は楽しいぞ。お前には素質があるからな、いつかこっちで会えるといいよな。そんな意味のわからない言葉には相手にもせず、彼は怒りの言葉を続けた。もういいだろ? なんだ? 俺に謝ってほしいのか? 居眠り警官のその言葉に、彼は思考を止めた。自分がなんのために居眠り警官に会いに来たのか、その目的が分からなくってしまったのだ。文句を言うだけならテレビを見ながらだってできる。会いに来た意味は・・・・
世の中ってさ、俺たちが思っている以上に馬鹿げているんだよな。まぁ、今は分からなくても、そのうち分かる。警察官なんて仕事をしていれば、きっと辿り着く壁があるからな。
彼には意味の分からない言葉だったけれど、なんとなく、自分もいつか壊れてしまうのかと、そんな予感に鳥肌だった。しかし、結果からいってしまうけれど、彼はそんな居眠り警官のような感情を覚える前に死ぬことになる。もしもそのまま生きていたなら、彼もまた、居眠り警官と同じつまらなくも最悪な犯罪者になっていたのかも知れないが、それは誰にも分からない。