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彼が警察官を目指したのは、中学生になってからのこと。交番でいつも居眠りをしている警察官と知り合いになり、この仕事はいいぞと勧められた。給料も悪くないし、仕事は楽だ。何よりも女にもてるんだよな。なんて事を言われ、その気になった。
居眠りをしている警察官を、交番の外から眺めていた。気楽な警察官だな。それだけこの国が平和だって事かな? そんな事だけ彼は考えていた。
机に寝そべっている警察官の姿はまるで学生のようだ。彼もよく、教室でそんな姿を見せている。
じっと眺めていると、五分くらいしてその警察官が目を覚ました。寝ぼけ眼をこすりながら、こっちを眺めている彼に視線を合わす。誰だ? なんて疑問は感じていないようだ。笑顔で彼を手招きしている。
そんな警察官の仕草に、彼は自然と引き寄せられていく。僕に何か用かな? そんな事は考えるまでもなく、餌に釣られる犬のように近寄っていく。
なんかノド乾いたな。これやるから、そこの自販機で買ってきてよ。お前の分も買っていいからさ。そう言いながら、警察官は椅子に座ったままポケットを探って小銭を取り出した。
五百円玉がポーンと彼の目の前に飛んできた。彼は慌てながらも何度かお手玉をしながら両手でその五百円玉を掴んだ。
おつりはちゃんと返せよな。彼の背中に飛んできた言葉を、彼は右手で受け止めた。
その日彼は、交番で警察官と何時間も話をした。くだらない世間話。警察官の愚痴を受け止めたり、時には彼からも不満をぶつけたりしていた。友達とさえこんなに楽しく過ごした時間はなかった。家族とだって、彼の記憶の中には存在していない。
彼はもともと、警察官に憧れをもっていた。居眠り警官と出会う以前から、本気で、本当の意味で警察官になりたいと考えていたことがある。当の彼本人はその記憶を消そうとはしているが・・・・
きっかけなんて特にはなかった。正義の味方。街を守る市民のヒーロー。誰よりも強くって、誰よりも優しい。そして誰よりも正しい知識を持っている。親も幼稚園の先生も、それが当たり前だって顔をして話していた。だから彼は、そんな当たり前の警察官に憧れ、いつか自分もそうなりたいと感じるようになっていた。
居眠り警官との出会いで、彼の中でのそれまでがあっけなく崩れさってしまった。しかしそれは、必ずしも彼に悪い要素を与えたわけではなかった。むしろ結果的にはよかったとも言えなくはないのかと思われる。