三、今井 健二(23) 警察官 1
三、今井 健二(23) 警察官
警察官なんて仕事は誰にだって出来る。やる気がなくても、制服を着て手帳を手にすればそれで警察官の出来上がりだ。難しい採用試験? お偉いさんとの面接? 厳しい警察学校? それってただの噂に過ぎない。
彼は高校を卒業してすぐ、警察官になるべく警察学校に通う事となった。試験も面接も楽勝だった。裏で行われるという身辺調査は実にいい加減なものだ。彼の父は過去に何度も警察のお世話になっている。母方の親戚には現在も懲役中の男がいる。分かっていて見逃した? そうとは考えられない。彼の友達が一人、一緒に試験を受けている。最終面接で中学生時代に補導された事実を理由にその場で不合格を知らされたという。たまたま? 面接官の一人がその友達の事を覚えていて、悪い印象を持たれていたからだと友達自身は主張している。何をして補導された? その友達は、彼の質問に答えることはなかった。
警察官になるのは難しいと言われているけれど、実際になってしまった本人から言わせれば、そんなのは大きな間違いだ。倍率だってそんなに高くはない。面接なんて形だけだ。大学受験と同じでテストの点数しだいだとも言われている。ちなみに彼は遊びでセンター試験も受けている。その点数は・・・・ 親からも学校からも大学に行かずに警察官になる事を強く非難された。国立大学を卒業してから警察官になればいい。何度も説得したけれど、無駄な大学生活なんてつまらないだけだ。早く働きたい。この国の為に! そんな戯言を戯言と分かった上で口にする。
彼は頭だけはよく、すでに巡査部長の立場を得ている。高卒の彼の年齢では実に珍しい存在のようで、彼は同僚から陰口を言われ、虐められている。
しかし彼は、その事には気がついていない。
役職があるといっても、彼の仕事はいつもと変わらない。自転車やバイクに乗って町をぷらぷらと散歩する。交番で過ごすときも雑誌を読んだり書類を書くふりをして絵を描いたりしている。仕事は好きじゃない。職務質問をするのが苦手だ。警察官を選んだのは楽をしてお金が貰えるし、世間からの印象も悪くない。何をしていなくても、この制服を着て歩くだけで尊敬される。世間が認めてくれる。
子供の頃から彼は、考え方が少しばかり周りとはずれていた。頭のいい変わり者。学校の先生からもそんな認識をされていた。勉強はできるが友達は少なく、運動神経も悪くはないが部活動は行っていなかった。先生の前では元気な受け答えをするけれど、普段はほとんど口を動かさない。自分から誰かに話しかける事なんて一度もなかった。満員電車の中、降りますの言葉が言えずに終着駅まで行った事さえ幾度もある。