楓李の友達
瑠菜はその日ワクワクしていた。
楓李がいなかった一か月間に楓李が住んでいたマンションに呼ばれたからだ。
一方、瑠菜の横に立っている楓李は憂鬱そうだった。
「今日は俺のダチが来るからもう帰れ。」
「え?かえって友達いたの?」
「お前なぁ……。」
瑠菜の見た目は、どこからどう見ても男の子だ。
背の低さも相まって楓李の弟だと言っても疑われないだろう。
安心しきったその姿は誰かに見せるのはもったいない。
ここまで自分のテリトリーでない場所でリラックスできるのはある意味才能だろう。
「楓李、いるかー?」
「うるっせぇ、そこで叫ぶな。」
ドアが力強くたたかれてインターホンが鳴る。
楓李は叫んだ相手に文句を言いながらドアを開けた。
とてもチャラそうなのと、眼鏡をかけた男の二人が中へと入ってくる。
瑠菜はその二人の姿を見て楓李の後ろへと身を隠した。
(もともと人見知りと男嫌いだもんな……こいつ。)
だから言ったのにとでも言いたげに瑠菜を見てから、楓李は友人二人を見た。
友人二人も誰だという顔で瑠菜を見ている。
「はぁ……こいつはリンナ。だから帰れっつったのに。」
「え?リンナ……ちゃん?」
「男……です。」
チャラい男に言われた瑠菜はいつもよりも低い声でそう答えた。
瑠菜は仕事でも身元を隠したりするため、名前をいくつか持っている。
何度か男装もしたことがあるのも確かだ。
その時はいつもリンナという名前を名乗っている。
「へぇ、よろしく。俺高坂、こっちは山田ね。」
「よろしく……。」
「きんちょーしなくていいよ。」
「これ緊張じゃなくて怖がってるだけだぞ。」
「楓李、すごいなついてるな。」
「お菓子やりゃなつく。」
楓李はそう言いながら笑った。
それを見た瑠菜は男友達といるときの楓李にドキッとした。
あきや雪紀たちと仕事について話しているところは何度か見かけたりもするが、ここまで楽しそうに話している姿はほぼ初めて見た。
まぁ、仕事で楽しそうに話すことは瑠菜でもないなと思うが。
もし、仕事関係で楽しそうに話していたら相当な特殊性癖だろう。
(男の子って感じ……楓李もこんな風にするんだ。)
高坂と名乗ったチャラい男のこと、山田というらしいメガネの男の子を見て瑠菜はそう思った。
どこにでもいそうな顔だなと少々失礼なことを思っているのは墓場まで内緒にしておこう。
「へぇ、リンナも同い年なんだ。」
「はい。学校には行けてませんでしたけど。」
「あ、だからかぁ。聞いたことない名前だと思った。」
「高坂君は友達多そうですもんね。」
「そんなことはないけどね。」
「高坂、うるせぇ。さっさとゲームやるぞ。」
急に山田が話しかけてきたため、瑠菜と高坂は驚いた。
初めてしゃべったのだ。
そりゃあ瑠菜だって驚く。
一方、高坂はすぐに山田の意図を読み取った。
「あ、リンナ困らせちゃってた?ごめんね。」
「あ……大丈夫です。」
「これやろーぜ。」
「あー、これか。」
「お前ら、それ俺のゲームだってこと知ってるか?」
楓李はそう言いながらジュースのペットボトルを置いた。
2Lの大きいやつだ。
「リンはこっちな。」
「あざっす。」
「兄さんに怒られるぞ。その口調は。」
「ありがとうございまっす。」
瑠菜は楓李からジャスミン茶の500mlのペットボトルをもらってお礼を言う。
男っぽい口調でお礼を言っても許されると思っていたのだが、さすがに遠回しな注意をされてしまった。
雪紀が言葉遣いにうるさいタイプだったから、その雪紀に育てられた楓李もあまり悪い言葉遣いはしてほしくないと思うのだろうか。
瑠菜はそんなことを考えながらジャスミン茶を飲んだ。
「君らってどういう関係なの?」
「飼い主とペット。」
「友達だよ!飼い主って……僕はかえ君のことペットだと思ったことないし。」
「逆だ。お前がペットで俺が飼い主だ。」
「仲いいねぇ。瑠菜ちゃんが嫉妬するんじゃない?」
高坂に名前を呼ばれた瑠菜はびくりとした。
まさか自分の話題が出るとは思ってもみなかったのだ。
「さぁな。」
「何それ。」
「あいつは特別だからな。」
「お前それいっつも言うよな。」
「……こいつ、彼女と似てね?」
「はいっ?」
「あ、そういえば……。」
山田に言われて高坂も瑠菜のほうをじっと見る。
瑠菜は二人からガン見されてどうすればいいか迷っていた。
バレるわけにもいかないが、言い訳のしようもない。
違うと言えるような証拠も今は思いつかなかった。
「あ、えぇっと……。」
「そんなに見てたらこいつまた引きこもりになるぞ。」
楓李はそう言いながらゲーム機を取り出した。
「えー?でもそうだよね。ごめん、ごめん。」
「……まぁ、違うか。」
「えっと……、姉さんには似てるって言われるけど……。」
「え?……あ、でも弟か。なら納得だな。」
「そうそう。」
「お義兄さん、やさしい?いじめられてない?」
「……かわいそうに。」
「何がかわいそうだよ。お前らゲームやらせねぇぞ。」
楓李から言われて二人はケラケラと笑いながら楓李に謝った。
どうやらいつの間にか、からかいのターゲットは瑠菜から楓李になっていたらしい。
瑠菜は3人がゲームをしているのを横目に見ながらお菓子やジャスミン茶を飲んでいた。
(男の子の中にいるのってやっぱり苦手だなぁ。)
瑠菜はもともと大の付くほど男嫌いだ。
学校でも男子とは基本的に話さない。
面白がって話しかけられることはたまにあるが、あまり長くかかわることはないのだ。
え?
雪紀のもとにいれば男の割合のほうが多いのだから男慣れしているだろうって?
瑠菜いわく、男慣れしているのとスキキライは意味が違う。
慣れてはいるから一緒にいることはできても嫌いは嫌いなのだ。
その証拠に、瑠菜はいつもギャーすかやっている雪紀や楓李を見ているときはバカやってるなぁと遠くで思うことしかしない。
「リンナもする?」
「あ……えっと……。」
「リンはゲーム下手だからなぁ。無理やり入れ込むと後悔するぞ。」
「え?そうなの?」
「アハハ……実は…………。」
「えー、やろうよ。」
「ん……。」
高坂に誘われて瑠菜は断ろうとしたが、山田にコントローラーを渡されてしぶしぶテレビの前に座った。
「ジュースなくなったし取ってくる。」
「了解。よろしく。」
「えっ。」
「リンは操作方法すら知らねぇから教えてやれよ。」
「マジ?家で何してんの?」
「本、読んでる……。」
「なんか想像できるな。山田、教えられるか?」
「ん。」
山田は嫌な顔一つせずに瑠菜にゲームの操作方法を教えた。
優しくてわかりやすいが、ゲームの才能が全くない瑠菜にはすべて無意味だ。
「リンナ、銃って!持ってるでしょ?」
「え?待って待って……山田君、どれ?」
「A押せ。」
「Aどれ?……Aどこ!」
「待って、3試合全部負けたの初めてなんだけど。おもろ。」
「すみません……っていうか、本当に才能がないんだよね。こういうのは。」
山田は何も言わずに頭を抱え、高坂は楽しそうに笑いながらも文句を言う。
瑠菜のゲームの才能は自分でもないとは思っていたが、少しくらいあってもおかしくはないと瑠菜は思っていた。
他よりできないだけだと信じていたのだが、まさかここまでできないとは……。
毎度3秒でダウンする瑠菜としては本当に悩みどころなはずなのだが。
「あー楽しかった。」
「あ、楽しかったんだ。」
「……リンナって体細いね。女みたい。」
「え?」
「俺、リンナならいけるな。」
「はっ?」
瑠菜は高坂に座ったまま押し倒されるような体制になってようやく危険に気が付いた。
(男同士でもいいってどれだけ性良く強いのよ。)
「山田もそう思わない?」
「まぁ、確かに……。」
「いやいや、僕は無理だから。」
瑠菜はそう言いながら後ろに下がる。
さすがに脱がされてしまえば女だとバレてしまう。
それだけは絶対に避けたいし、今の状況で女だとバレたならそれこそ襲われかねない。
しかし、そんなことを全く知らない高坂は瑠菜を追い詰める。
「人にジュース取りに行かせといて何やってんだ?」
「ひっ……。」
「……いってー。」
ボコっという音とともに高坂が頭を抱える。
瑠菜が上を見上げると楓李がからのペットボトル片手に立っていた。
「ったく……ふざけすぎだ。」
「あれ?ジュースは?」
「もうなかったんだ。ジュース欲しけりゃ買って来い。」
楓李はそう言いながら2Lのペットボトルを台の上に置いた。
その間、瑠菜のほうには目もむけない。
瑠菜としてはそのほうがありがたかったりした。
もし目が合ってしまえば、恐怖を思い出して泣き出してしまいそうだったからだ。
「えー。じゃあもう帰ろうかな。」
「用事あるからこれ以上長居できねぇしな。」
「あれ?お前用事あんの?」
「お前には、来る前に言ったはずだが?」
高坂が驚いたように言うと山田はあきれたように言った。
全く話を聞いていなかったらしい。
もともとこういう感じの性格なのだろう。
「じゃあさっさと帰れ。片付けはリンも手伝うだろうし。」
「……。」
「リン?」
「え……あ、うん。もちろん。」
呼ばれた瑠菜はすぐに笑顔を作った。
顔に笑顔をくっつけるのは瑠菜の得意技の一つだ。
楓李はそれを見て少し苦い表情をしてから、高坂と山田のほうを見てさっさと出ていくように言った。
「んじゃ、また来るから。」
「はいはい。」
「え?玄関まで送ってくれねぇの?」
「キッチンまで空のペットボトルとコップを持って行ってくれるのか?」
「んじゃ、もう帰るから。」
楓李に言われて高坂は逃げるように帰って行った。
二人が出て行った後、楓李はようやく瑠菜の顔を見る。
「で?なんであぁなったんだ?」
「……高坂君がホモだった。」
「それは違うと思うけど。まさかあいつにそんな趣味があったとはな。」
瑠菜はぎゅっと楓李に抱き着いた。
瑠菜の男嫌いの原因はこれだ。
小学生のころからあまり好きじゃない。
襲ってくる男が悪い。
それでも瑠菜が悪いと言われて、瑠菜は男性不信になってしまった。
しかもそのころの記憶だけは鮮明に残っているから不思議だ。
「ゲームは楽しかったか?」
「……ん。」
「落ち着くまでいてやるから。ゆっくりな。」
「……ん。」
楓李はそう言いながら瑠菜の背中をなでた。
こういう時にスマホも見ずに、自分に向き合ってくれるところは瑠菜も好きだったりする。
「かえ、仕事戻ってこない?」
「え?」
「これからどうするの?」
「……戻るつもりではある。龍子にも悪いしな。」
やっとのことで落ち着いた瑠菜は最初にそれを聞いた。
そして楓李の答えを聞いてニコッと笑って、小さくうなずいた。
「それなら安心だね。」
「何言ってんだ?それよりも自分の心配をしろ。」
「大丈夫だもん。」
「大丈夫じゃねぇだろ?だいたい危機感なさすぎんだよ。」
「ごめんって。」
「距離感考えろ。そんなんだから毎回……。」
楓李に怒られてもなお、瑠菜はにこにことしていた。
そして、もっと怒らせたのは言わずもがな。
瑠菜はそんな楓李を見てふと思い出したように楓李の言葉を遮った。
「かえ、なこって湖どこ?」
「はぁ?」
瑠菜は1枚の紙を見せながら楓李に言うと、楓李は頭を抱えてその紙を見た。
「バカ、これはめいこって読むんだ。」
「……そうなの?」
「それ、コムさんも間違って読んでなかったっけ?」
「そうなんだ。」
瑠菜は自分が紙に書いた「名湖」という漢字を見て少し考えた。
(もし、この考えが正しいとしたら……。)
「何?次のデートそこがいいのか?」
「え?あ、いや……あの……。」
「まぁ、どちらでもいいけど。行きたいなら教えろよ。」
「うん。ありがとう。」
瑠菜はそう言って名湖の上にフリガナを振った。
後々、自分がしっかり読めるように。
次の日、楓李は雪紀のところに来てもう一度ここで働けるように準備をしていた。
雪紀も手伝ってくれるので、辞める前と変わらない立ち位置で入れてもらえるらしい。
「瑠菜、どっか行くのか?」
「うん。」
「黒百合のブレスレットか。大人っぽくてきれいだな。」
「一目ぼれして買っちゃった。」
瑠菜はそう言ってルンルンで出て行った。
雪紀と楓李はそれを見送ってからまた資料整理を再開する。
「なぁ、あれは良い意味なんだよな?」
「コムの死を受け入れたと思えばいい意味かもな。」
「……だよな。」
雪紀の一言に少し安心した楓李は仕事に戻った。
楓李が仕事に戻ることができるのは今日からだ。
今日、資料を出して普通に働ける。
それに対して龍子から熱い歓迎をされたのは言うまでもない。
今、楓李の立ち位置を取っている龍子は降格になるらしい。
別に楓李と二人でもよかったのだが、龍子が直々にそうして欲しいと言ってきたのだ。
楓李の下で働くことが望みらしい。
龍子らしいと言えば龍子らしいと楓李は思った。