新サクラの友達
「サクラ!どこだ?サクラ!」
雪紀の大声がどたどたと走る足音ともに家中で響いている。
「すみません、かくまっ……え?」
「勝手に入ってくんじゃねーよ。バカか。」
サクラが顔をあげるとお風呂上りであろう楓李が上半身裸の状態で立っていた。
「あ、出ます!今すぐ出ます!」
「待て。」
楓李は部屋から出ようとするサクラの腕をつかんだ。
走って逃げていたからなのか、それとも楓李の上半身を見たからなのか顔は真っ赤だし、今外に出ると何かとありそうだったからだ。
きぃちゃんや雪紀なら勘違いしてもおかしくはない。
サクラを襲ったなんて思われたら瑠菜からさめた目で見られることすらもなくなってしまいそうだ。
「サクラ知らねぇか?」
「あ?何?」
「あ、いや悪い……。瑠菜がいたのか。」
「ドアは静かに開けてくれ。」
「悪いって。……ったく、あいつどこ行ったんだよ。」
雪紀は誰かと抱き合っている楓李を見てすぐに相手は瑠菜だと思った。
女のほうは息も上がっていて顔も真っ赤。
顔は楓李の体が邪魔で見えなかったが、わざわざ顔を覗き込むことはしない。
雪紀からしたらいつも通り瑠菜が相手だと思ったのだ。
「行ったな。……悪い、大丈夫か?」
「はい……ありがとうございました。」
「何したらあんなに怒るんだよ……。」
「アハハ……花瓶を割ってしまって……。いや、蛇がいたからですよ?わざととかではなく……。」
「それくらいで怒るか?」
「蛇がいると思ったら部屋に入れなくなってしまって、そのままにしていたら雪紀兄さんが滑って転んで濡れてしまって……。」
「そりゃ怒るな。」
「雪紀兄さんに怒られた時は逃げろって瑠菜さんが言っていたので逃げてます。」
「瑠菜もよく怒られてたからなぁ。」
楓李がぼんやりとつぶやくと、サクラはやっぱり……と思った。
瑠菜から話を聞いていてよく怒られていたんだろうなぁと思う部分が多々あったからだ。
二人がそう言って話していると、また雪紀の走り回る足音が近くまで聞こえてきた。
(しつこいなぁ。……仕方ねぇ。)
楓李がそう思ってサクラをさっきと同様に隠すようにして抱きしめると思った通りにドアがそっと開いた。
「だから、いない……あ。」
「瑠菜さん?今日って外じゃ……。」
「……。うん、今帰ってきたの。ごめんね、邪魔して。」
「いや、ちがっ……。」
「じゃあ、私は用事あるから。青龍君貸してね。」
瑠菜はそう言ってドアを勢い良く閉めた。
笑顔なのに笑顔でない、そんな顔をしていた気がして楓李は落ち込んだ。
「サクラ、やっと見つけたって……さっきの瑠菜じゃなかったのか、楓李!」
楓李は雪紀の怒りを自分のほうへと向けたことにより、結果的にサクラをかばうことはできたが、しっかり事情を聞かれた。
「瑠菜さん、もしかして怒ってます?」
「いいえ。」
家の外にいた青龍とリナは瑠菜に誘われてある公園に来ていた。
「いつも外でお客さんと会うときは楓李兄さんと一緒に来てるじゃないですか。」
「そういえば楓李さんはシャワーを浴びるって言ってましたね。」
「何でもないわ。ただ一緒にいたくなかっただけ。」
瑠菜がそう言うと、リナと青龍は何かを察してそれ以上は触れないようにした。
「あの……瑠菜さん……ですか?」
「あ、こんにちは。出張相談所です。」
「あ、えっと……本当にここでいいのですか?」
「呼ばれたらどこにでも行くのがうちの売りなので。どこにでもいい代わりに男が一人から二人、ついてきてしまいますが。」
「あ、はい。それは大丈夫です……。あの、おいくつですか?」
「一応、永遠の24歳というのが公式です。」
瑠菜は客と楽しそうに淡々と話す。
声をかけてきた女性は30代半ばで、若々しい人だった。
女性は、瑠菜の顔を見た瞬間周りを気にするそぶりを見せた。
(とても若く見えるけど……本当に大丈夫かしら?)
瑠菜のアイドルのような挨拶を聞いても女性は少し不安になっていた。
一応それなりのお金を払って瑠菜を呼び出しているのだ。
相談して「わかりません、すいません。」などと言われてしまうことだけは避けたい。
「相談内容は旦那さんの浮気ですか?」
「いえ、まぁ……そうです。」
「浮気調査をご所望ですか?」
「いえ、聞いてもらいたいだけなのです。少しでも……。」
「わかりました。一人で淡々と話したいですか?それとも意見などが欲しいですか?」
「い、意見が欲しいです!私の思い違いかもしれないので。」
瑠菜はそれを聞いて少し考えた。
(この二人よりも楓李のほうが意見もらいやすいんだけどなぁ。)
青龍とリナはどうしてもオブラートに包んで物を言うことが苦手なようで、いつも正しいようなことを率直に言ってしまうところがあった。
瑠菜は無言のまま横目で二人を見た。
二人は親指を立てて任せろとでも言いたげだ。
「わかりました。でも、私たちができるのは見ていない物事への意見です。真実や思い描いていたこととは違う意見を言ってしまうこともあるかもしれません。どうか、重く受け止めずにそういう考え方もあるんだという軽い気持ちで聞いてください。」
「はい。」
「では、何があったのか話してもらえますか?」
「実は……。」
瑠菜に言われて、女性はしどろもどろになりながら話し始めた。
言葉を選びながら話していたのだろうが、すごく長かったので短くまとめさせてもらう。
女性と旦那さんの二人暮らしだった家に女性の友人Bという人が止まりに来た。
女性とBが仲良かったからか、旦那さんもすぐにBを受け入れて仲良く話すようになった。
Bはその日、家に帰った。
そしてBが2回目家に来た時、女性は家にはいなかった。
女性が返ってきたとき、旦那とBが抱き合っているのを目撃してしまった。
その時は頭が追い付かず、二人の言い訳を受け入れてしまったが、またその数日後にBと旦那が抱き合っているのを目撃する。
「服を着たままでしたし、二人とも物を取ろうとしたとか、犬にびっくりしたBを落ち着かせていたとか言っているのですが……少し信用が……いや、ないわけではないんですけど。」
ここまで聞いて、一部の人はわかるだろう。
どこかで聞いたことのある話だ、と。
「わかります!そんなの見せられたら信用失くしますよね?」
「信じたいと思っていても信じられなくて……。」
「ですよねぇ。一回目は勘違いだとか、彼を信じたいと思っても。」
「二回目を見てしまうとどうしても……。」
瑠菜と女性が手をつないで分かり合っている姿を見て、リナと青龍は楓李に二回も浮気されたのかと自分たちが連れてこられた理由を理解する。
「どうしたらいいんでしょう……。」
「本当に。私も浮気現場見てなんか悲しくなっちゃって。一晩中泣きました。」
「私もです……。」
(これ、相談……か?)
リナがそう思って青龍を見ると、青龍は何かを考えている。
青龍からしたら、今瑠菜と楓李が別れて疎遠になってしまえばサクラと会えなくなる可能性があるため、それだけは阻止したいのだが。
「瑠菜さんも、彼氏さんと何かあったの?」
「実は……あなたと似たようなことが先日あって、未だにあまり話せていないんです。」
「私も話せていないのよね。っていうか、話しづらいわよね?」
「……そうなんですよね。」
「っ……それじゃだめですよ。」
青龍は今だと言わんばかりにそう言った。
話に入るなら今が一番いい。
話に入らなければ、瑠菜と楓李は別れてしまう。
そう思ったのだ。
「うん……わかってるんだけどね……。」
「どうしても……。」
「言い訳とかも聞きたくないしね。」
「多分、相手からしたら悪いことはしていないのに謝ってしまったり、なんでかわからないけど信頼されていないっていう状況になっていると思います。まずは何で怒っているのかなどを話さなければなりません。」
「そうかしら……?」
「でも、悪いのは相手なのよ?本人が一番わかってるでしょう?」
「男は馬鹿です!」
「そうかしら。」
「はい、自分の気持ちを相手に伝えることはとても大切です。男は馬鹿なので。」
「そうよね。話してみるわ。今日はありがとう、すっきりしちゃった。」
「いえ、私の話まで聞いてもらっちゃって……。」
「瑠菜さんも、彼氏君と仲直りできるといいわね。」
女性はそう言って、大きく手を振りながら帰って行った。
青龍の言葉はお客さんを怒らせてしまいそうだが、女性にとってはいい後押しになったらしい。
瑠菜は何も言わずに立ち上がりぺこりときれいなお辞儀をして女性を見送る。
帰りたくなさそうに女性が見えなくなってもそのまま立っている瑠菜は少し泣きそうだった。
青龍の言った言葉は当たっている。
男女で考え方も行動も違うのだ。
だからこそ話すことが大切。
瑠菜だって心理の勉強をしているのだからそれくらい知っている。
それでも。
(……話せって言っても……。)
瑠菜は怖かったのだ。
自分の知りたくない真実を知ることが。
「瑠菜、帰ろう。しー君がご飯作って待ってるよ。」
「そうです。早く帰らないとしおん君が心配してしまいますよ。」
リナが無邪気に瑠菜の手をつかむ。
瑠菜はその手を軽く握ってから家へと歩き出した。
「瑠菜さん、帰ってきてくれてよかったです。きぃねぇさんたちが……。」
「え?」
体力がそこまでないしおんが走って玄関で瑠菜たちを迎える。
安心したような表情をしているが、とても息切れが激しい。
「……ただいま帰り、ました。」
「瑠菜ちゃん!かわいそうにぃ。よーしよしよし。」
瑠菜がリビングに入ると楓李が正座して下を向いていた。
何か言おうとしたが、きぃちゃんにすぐ抱きしめられたためすぐに楓李の姿も見えなくなって何も言うことができなかった。
「え?きぃ姉、何か間違ってる気がするんだけど……。」
「楓李君がサクラちゃんと半裸のまま抱き合っていたんでしょう?」
「そ……れは……。」
(間違ってないんだよなぁ。うん、正解。楓李が悪い。)
きぃちゃんの説明を聞いて、楓李は反論しようとしたができなかった。
瑠菜の顔を見た瞬間、言い訳の一つすらも出てこなかったのだ。
一方瑠菜のほうも勘違いだと言い切れないほどに真実すぎて何も言えない。
「さすがにそこまで行くと浮気に入るわよね。二股するような奴に瑠菜ちゃんは任せられないわ。」
「うっ……。」
楓李はダメージを受けた。
物質的な攻撃よりも精神的な攻撃のほうが来るものがあるらしい。
サクラも楓李から少し離れたところに立っているが、きぃちゃんの圧力に負けて何も反論できそうにない。
「私が、かえと話し合う。もう許すつもりではあるし。」
「瑠菜ちゃん?」
「瑠菜……。」
瑠菜は少し寂しそうに言った。
きぃちゃんが何か文句を言っているが、瑠菜の耳には入ってこない。
瑠菜は周りからの声すべてを無視して、楓李の手をつかんでリビングを出て行った。
「瑠菜……悪い。」
「なんで謝るの?本当に浮気したの?」
「いや、それは……。」
「じゃあ何?私がご飯も食べずに楓李を助けたから?最近ずっと話さなかったから?ねぇ、なんで……。」
「ちょ……。」
「バカじゃん……。ほかの女の子かばって、私に助けられるとか……。」
瑠菜はそう言って泣き出してしまった。
ずっと我慢していた涙は、一粒出すだけでも胸が苦しい。
息が出来ないような感覚に襲われる。
「…………わかってたのか?」
「……そうであって、ほしかった。浮気じゃないって……思いたかったから。」
「ごめん。なぁ、ちょっと座らね?疲れてんだろ?」
「抱っこして……座りたいなら抱っこして座れば?」
瑠菜は怒っていた。
ポカポカと楓李の胸をたたきながら、珍しく怒りをあらわにする。
楓李は雪紀やきぃちゃんからおしかりを正座で受けていて、とても足が痛かったため出来れば早く座りたかった。
なのでお姫様抱っこをして瑠菜のベッドへ自分ごと座る。
「かえっ……え?ちょっと……。」
「どれだけでも怒っていいから……。たまには嫉妬してる瑠菜もかわいいし。」
「バッカじゃないの?変態!」
「そうだな。」
「動けないー。かえ、放してよ!」
じたばたしている瑠菜を楓李は向き合うようにして膝の上に座らせる。
瑠菜はその間も逃げようと必死だ。
「やっぱり瑠菜はかわいい。」
「バカでしょ……。サクラともこうしてたくせに。」
「お前の中で俺はどんなんなんだよ。」
「ロリコン!」
「食い気味に言うな、食い気味に!」
瑠菜が泣きながら強く言い切ると、楓李は落ち込んだようにツッコミを入れた。
瑠菜は少し言い過ぎたと思ったのか、少しうつむいている楓李の顔色を窺っている。
「かえ、もうそろそ……。」
瑠菜が恥ずかしそうに言った瞬間、ガチャリとドアが開いた。
瑠菜は驚きながら楓李の上から退く。
「……何してるんですか?」
「謝ってる……。」
「見たらわかるだろ?」
「瑠菜さんが謝る意味とは……。」
ベッドの上で向かい合って土下座している二人をサクラは不思議そうに見ている。
確かに、何も知らない人が見たら何よりもカオスな状態だろう。
「で?どうしたんだ?」
「あ、そうなんです!龍子君と青龍君が……その……。」
瑠菜が動く前に楓李が何かを察したように部屋を出ていく。
瑠菜はそれを見送りながらサクラのもとへと近寄った。
「……何があったの?」
「実は……。」
サクラの話を聞いて瑠菜がリビングへと入ると、雪紀と楓李に羽交い絞めにされた龍子が息を切らして青龍を見ていた。
「瑠菜さん、私はどうしたら……。」
「告られた側は何もしなくていいのよ。」
「でも……。」
ことの発端は、瑠菜と楓李が別れてしまうとサクラに会えなくなると思った青龍が、サクラと付き合いたいと言ったことだった。
青龍の言葉を聞いて龍子が暴れだしたと。
サクラからしたら自分が原因で起こったことだと思っているのだろう。
「青龍君、もう一度告りなさいよ。」
「バカらしい。」
きぃちゃんとみおりが完全に野次馬の立ち位置に立ってそう言った。
きぃちゃんは恋バナ好きなため応援しているが、みおりはご飯を早く食べたいと思っているらしく、迷惑そうな顔をしている。
「かえ、お兄。龍子君を放してあげて。」
「瑠菜……?」
「けが人が出るぞ。約一匹。」
「私がそうさせると思う?」
雪紀と楓李は瑠菜の自信ありげな表情を見て龍子を放してあげた。
「サクラちゃん、好きだよ。付き合いたい。」
「いや……私は……。」
「サクラ、好きだ。」
「龍子君まで……。」
青龍は立膝をついてサクラの手を握って言った。
まるで王子様とお姫様のようで夢見る女性にとっては理想的な告白だ。
しかし、雪紀と楓李に放してもらった龍子は飛び出す勢いで言う。
獣のようで、雑で、王子様とは程遠い。
しかし、サクラは瑠菜の横でカァッと顔を真っ赤にした。
どっちの告白でそうなったのかもわからないが、全身が熱く火照る。
ただわかるのは、恋愛経験の薄いサクラには刺激が強すぎたということだけ。
「お前に女の子を大事にできるのか?」
「できる……っていうか、サクラが決めることだ。口出すな。」
「よく言うなぁ。」
青龍はそう言ってサクラへと近づく。
「ちゃ……っ。」
しかし、サクラの肩を触ろうとした瞬間、瑠菜の足一本によって転ばされてしまった。
青龍はゴッという鈍い音を立てて地面とごっつんこする。
「何するんですか?瑠菜さん。あなたには関係ないことですよね……。」
「えぇ、別にサクラが誰と付き合おうと私は関係ないわね。でも、サクラは私の弟子なのよ?サクラが嫌がることをするなら付き合う以前の問題であって話は別。」
男慣れをしていないサクラは青龍の一つ一つの行動にもビクビクしてしまう。
瑠菜はそんなサクラを守るように抱きしめながら青龍をさげすんだ目で見ていた。
「っ……口出しはしないでくださいね。」
「もちろん。口出しはしない。その代わり、サクラ泣かせたら命はないから。」
サクラは瑠菜がこっちと付き合いなさいと言ったらその通りにしてしまうだろう。
好きとかそういう感情の前に、瑠菜の思い通りに動きたいと思ってしまうのだ。
そんな振られ方をしたほうはどうやっても納得できない。