瑠菜のお友達
(最近まで寒くて寒くてしょうがなかった気もするんだけど。)
外では夏の空気が漂っていて、半そでを着ている人が目立っていた。
瑠菜は久しぶりに外を見たのだ。
みなこが瑠菜の後ろから離れてたくさんしゃべるようになったころ、瑠菜は雪紀からコムの資料を返してもらい、夕飯の時は必ず顔を出すというルールの下でコムについて調べ始めた。
部屋の外に出るときにはもうすでに日が暮れていたため外の様子など気にも留めていなかったのだろう。
「きぃ姉、半そでの服ない?」
「あら、瑠菜ちゃん。お出かけ?」
「会社から呼び出し。」
瑠菜は長そでの暑苦しい服装から、きぃちゃんが出してくれた半そでの夏らしい軽めの服そうに着替えた。
暑いなぁと思ったら下着一枚になったりしていたため、半そでの服がクローゼットに一枚も入っていなかったのだ。
「会社にって、何かしたの?」
「コムさんのこと、たまには知らせに来いって。」
「あぁ、何かわかった?」
「仮説が一つに絞れたくらいかな。後は証拠がないから。」
「まぁ、ないわよね。気を付けていくのよ。」
「うん、すぐに帰ってくるから。」
瑠菜はそう言って日傘をさしながらしゃなりしゃなりと歩き出した。
雪紀からコムの資料を返されて、瑠菜はすぐに一から目を通し始めた。
もちろん、資料だけでは解決できないことのほうが多い。
それでも、瑠菜は仮説を一つに絞って、今コムがいるであろう場所などを特定することはできた。
(……まだ、あまり大きく言えたりはしないんでけどなぁ。)
会社に着くと、すぐに手厚くお出迎えをされた瑠菜は心の中でそう思った。
「あんらぁ、瑠菜ちゃん。よく来たわねぇ。早く入ってちょうだい。」
「……はい。」
社長のおかま口調に瑠菜は少し冷めた目をしながら社長室へと入った。
いつも通りなのだが、瑠菜の気に障ったらしい。
「で?何かわかったか?」
(うん、こっちのほうがしゃべりやすい……。気持ち的に。)
上代社長の男口調でしゃべる姿を見られるのはごくわずかだと瑠菜は昔聞いたことがある。
なので、そのごくわずかの中に入れてよかったと心から思っている。
「何も……いや、仮説が二つから一つに減りました。」
「ほう、なぜ減った?」
「大雑把に言うと、死んでいるか生きているかわからなかったのが死んでいるという仮説が一番濃厚になったということです。この前……少し前に届いたつみきの中に『コムより』と書かれた紙が入っていました。あなたも知っている通り彼女が自分の名前をまともに描くことはない。」
「それはわからないだろう?」
「いいえ、なりすまし防止のために書かないのです。これは絶対。もっと言うと、その紙の字はとてもきれいだった。そこからもなりすましだとわかります。」
瑠菜にそう言われて上代は少し考えた。
瑠菜の意見はまともだ。
しかし、証拠もなければそれを確証に導くような部分もない。
「ただのなりすましだろう?俺ならそんなのは無視するが。」
「私もいつもならばそうします。ただ、なりすましをする必要性が全くないことも事実ですので。」
「必要性がなくてもなりすましくらいするだろう?」
「どうでしょう?ここで現役として働いているならまだしも、コムさんがいなくなってから一年以上たちます。私にはどうしてもコムさんを殺した犯人がまだコムは生きていると言いたくて送ってきたように感じます。何か企んでやっているのではないでしょうか?」
「そう思う理由は?」
「勘です。」
瑠菜はじっと上代の目を見ながら答えた。
上代もじっと瑠菜の目を見たが、ふざけているようには見えない。
今までどんな難事件も解決してきたその目は少し濁っているようにも見える。
「……わかった。もう帰ってよい。」
「捜索隊は十人。」
「捜索隊を出すとお前に言ったか?」
「あなただったら出すはず。私も捜索隊の中に入れてください。」
瑠菜は上代よりも年下だ。
しかし、仕事も恋愛も経験は瑠菜のほうが多く、昔は上代のほうが瑠菜に対して「先輩」と呼んでいたくらいだ。
なのになぜ、瑠菜ではなく上代が社長になったのか。
それは瑠菜が社長になることを拒否したためである。
前社長としてはどうしても瑠菜に社長という職を継いでほしかったのだが、前社長でも瑠菜に頭が上がらなかったらしい。
瑠菜が社長になることを断ったといううわさが出回ったころに、前社長から上代が指名された。
「お前はなぜ……。」
「私も行ったほうが効率的なのはあなたもお分かりでしょう?」
「……考えておく。」
上代の言葉を聞いて瑠菜は嬉しそうに頭を下げてから社長室を出て行った。
上代が瑠菜に当たりが強くなった理由。
それはこの性格からだ。
上代では到底勝つことができない自信と人を動かす力。
どうせなら瑠菜が社長をやればよかったのにとどうしても思ってしまう。
「……もしもし、上代です。捜索隊を出したいのですが。」
「瑠菜さ……。」
「あら、アリス。久しぶりね。」
本社から出るとちょうどアリスが目の前を歩いていた。
瑠菜はそれを見てアリスより先にと声をかけた。
アリスのほうは、それに少し戸惑いながらもぺこりと深いお辞儀をする。
「瑠菜さん、珍しいですね……。」
「えぇ、久しぶりに部屋から出ちゃったわ。」
「コム様について調べているとサクラから聞いています。」
「あの子口が軽いわねぇ。そうよ、正解。」
「なんで今頃……。」
「そうですよぅ!なんで調べだしちゃったんですか?」
アリスがもごもごと何か言っていると横から男が声をかけてきた。
アリスは驚いたような反応をしながらも瑠菜の横にすっと移動する。
瑠菜もその男をじっと睨みながらアリスをかばうようにして手をアリスの前に出し、後ろへと後ずさりして距離を保とうとする。
「誰?」
「あは?知られていませんでしたか?わたくし、チカと申します。」
「嘘なんかつかなくていい。本名を言いなさい。」
「チ・カです。」
瑠菜が何を言っても自分はチカだと言い張る男を見て、瑠菜は思い出した。
距離を詰めてこようとする男に瑠菜は一歩ずつ距離を取りながら笑った。
アリスも、チカと名乗る男も驚いた顔で瑠菜を見る。
まさか笑うとは思わなかったのだろう。
アハハハと言いながらもう一度瑠菜は男をにらむ。
会話はないのにもかかわらず、男はとてつもない恐怖をその時感じた。
「あんた、サクラと何度か会ってるでしょう?名刺をもらったって喜んでたわ。」
「は……はい、二回ほどお会いしてますよ。」
「……何の用?弟子がお世話になったからと言ってお礼をするような人間じゃないのは知ってるでしょう?」
瑠菜は少し長い間を取ってから男に聞いた。
男のほうが瑠菜よりも背が高いはずだが、どう見ても瑠菜のほうが見下しているようで、アリスは恐怖感を忘れてしまいそうになる。
むしろ、瑠菜と一緒にいれば大丈夫だろうと安心してしまいそうだ。
「会社に届いたコム様からの手紙はご覧になられましたか?」
「えぇ、見たわ。」
「そうですか。」
「あなたが犯人?」
「……さぁ?あ、大事なものはしっかり守ることをお勧めします。」
「どういうこと?……あ。」
「瑠菜さん!」
瑠菜の問いかけには答えずに歩き出してしまう男を見て、瑠菜は追いかけようとした。
いや、追いかけなければいけなかった。
捕まえて、本社に渡したほうがいい。
この男は絶対に何か知っている。
しかし、それをアリスが必死に腕にしがみついて止めた。
このまま追いかけていく瑠菜を見送ってしまうと、もう瑠菜とは会えないような気がしたのだ。
「……うん、かえに報告しに帰ろうか。」
瑠菜が笑顔で言ったのを見て、アリスは手の力を緩めた。
アリスと瑠菜は帰ってきてすぐに楓李にあったことを話し出した。
細かく説明し終えると、楓李は少しうなった。
「……これ、結構前に見つけたんだ。」
「お兄たちのアルバム?」
「あいつは乗ってないがきぃ姉さんとケイ、そしてチカっていう女は載っていた。」
「……モデル雑誌みたいですね。」
瑠菜は横に座っているアリスにもアルバムを見せた。
アルバムの中に乗っている写真はほとんどがモデル級に容姿がよい。
特に目立つのは、きぃちゃんとケイ、チカの三人だ。
写真の下に名前が書いてあり、目立つ写真はすべてその三人の名前が書いてあったのだ。
「お、珍しいな。これは俺が中学の頃のだな。」
「お兄は載ってない。」
「そりゃそうだな。俺は高校入ってからここで働いてんだ。」
「え?そうだったの?」
「あぁ。で?なんでこんなもん持ってきてんだ?」
雪紀に聞かれて楓李はチカと名乗る男について話をした。
サクラを二度も助けていて、急に瑠菜の前に現れたこと。
会社に送られてきたコムからの手紙の存在を知っている可能性があること。
そして何より、瑠菜がコムについて調べていることを知っていること。
楓李が話し終わると、雪紀はスマホを手に取って真剣な顔で電話をかけた。
「……もしもし、何?」
相手はきぃちゃんのようで、少し不機嫌な声が聞こえてくる。
「チカについて、瑠菜と楓李が知りたいらしい。」
「チカ?あぁ、懐かしいわねぇ。っていうか、瑠菜ちゃんは知ってるでしょう?」
「え?」
「この忘れん坊が覚えていると思うか?」
「えー?でも、仲良かったじゃない。あの弟子の……あれ?誰だっけ?」
「いたなぁ。そういえば。」
きぃちゃんが思い出せないと考えていると、楓李も考えだした。
雪紀も誰だったかなぁと言っている。
そんな中、瑠菜は仲が良かったと聞いて一人の人物が思い浮かんでいた。
「……なこ……の、こと?」
「そうそう、その子!その子の師匠だったじゃない。あんたがコムに弟子入りした何日か後にチカが事故っちゃって、ほかの師匠のところに引き取られたの。」
瑠菜はコムに弟子入りした後は周りとの接点を持たないようにしていた。
やっかみや嫉妬でひどい目にあうことはわかっていたからだ。
「引き取られた……?」
「まぁ、あんたも忙しい時期だったしね。知らなくても無理はないけど。」
「瑠菜がいじめられる少し前か、後くらいか?」
「そう。あの頃から見なくなっちゃって、今はどこにいるのかもわからないわね。」
きぃちゃんはどこで何を食べているのか、モグモグ言いながら話した。
瑠菜のほうは下を向いたまま何も言わなくなってしまった。
「なこ」の記憶が今現在瑠菜の中にあるのかどうかはここにいる全員わからない。
ただ、「なこ」と瑠菜は確かに仲が良かった。
瑠菜にとっても、「なこ」にとってもたった一人の同性の友人だったのだと思う。
しかし、会わなくなって数年。
瑠菜の記憶がいつで止まっているのかわからない以上、「なこ」との記憶があるのかどうかも怪しいのだ。
「で?チカってやつはどんな奴だったんだ?」
「楓李君、敬語。」
「っち……、はい。どんな方だったのですか?」
「んー?もう死んでるから何とも言えないけど、元気な人だったわよ。明るくて元気って感じ。太陽みたいな人だっていえば誰もがチカだとわかるくらい。」
「コムと一緒に働いてたんだ。相談所の二大美女。チカが太陽なら、コムは月みたいな感じだったな。」
楓李が舌打ちしたことはもうスルーしたらしく、きぃちゃんは思い出話のように話し出す。
それを見てい雪紀は声を出さないようにしながらこっそり笑ってから、きぃちゃんの説明に付け足した。
「なりすまししそうなやつとかいるか?」
「敬語使いなさいって。……うーん、いないわね。そもそもチカのことを知ってる人のほうが珍しいのよ。弟子は、ナコちゃんだっけ?その子しかいなかったみたいだし。」
「わかった、ありがとう。」
「は?え、ちょ……雪紀っ!」
雪紀はきぃちゃんがしゃべり終わったと同時にお礼を言って電話を切ってしまった。
きぃちゃんは怒ったような口調でそれを止めようとしたが間に合わなかった。
楓李もアリスもその行動にはびっくりしていた。
「じゃ、じゃあ……私はもう帰りますね。」
「あぁ、じゃあ俺の弟子に送ってもらえ。呼んでおくから。」
「え?いや、大丈夫です。」
「危ないからな。瑠菜と一緒にいるところを見られている以上何をされてもおかしくはない。」
雪紀はそう言って、アリスの迎えを自分の弟子に頼んだ。
いつもの瑠菜なら何か言い返したりするのだろうが、今の瑠菜はぼーっとしていてそれどころではなかった。
何なら、雪紀が電話を切ったことにすら気づいていなさそうだ。
アリスも黙ったままでどうしてよいかわからないため、もう流れに任せて送ってもらうことにした。
「俺は電話してくるから。楓李、瑠菜のことはよろしくな。」
「あぁ。」
雪紀はそう言ってアリスに手招きをしながら部屋を出て行った。
どこに電話をするのかはわからないが、瑠菜には聞かれたくない電話なのだろうと楓李は思う。
「瑠菜、これからどうするんだ。」
「捜索隊をカミは必ず出す。私はそれについて行く。」
「は?何考えてんだ。やめとけ。」
「なんで?別にいいじゃない。」
瑠菜がぼそりといった言葉に楓李は怒ったような口調で返す。
それに対して瑠菜が怒ったような返し方をする。
その結果どうなるか。
「危ねぇから言ってんだ。」
「多少の危険くらいわかってるわよ。」
「わかってねぇだろ。」
瑠菜と楓李の声はどんどん大きくなる。
二人の声を聞いたサクラやあき、龍子、青龍、しおんが何事かと集まってきたが、それにすら気づかずに言い合いをしている。
この中の誰も、瑠菜と楓李を止めることはできない。
きっと止めに入れば、飛び火を食らってしまうだろう。
「大体お前は……。」
「おい、なんでお前らがけんかしてんだよ。」
「瑠菜ちゃんも楓李も落ち着きな。ほら。」
「お前らはもう仕事に戻れ。野次馬してるくらいならこいつらを止めてみろ。」
電話が終わった雪紀と外から帰ってきたケイが二人に声をかけたことで、ようやく二人は静かになった。
息が荒く、お互いににらみ合っている二人を見て雪紀はあきれているが、ケイはいつも通りの笑顔で二人を見ていた。
周りで見ていた五人も逃げるように下の階へと行く。
そして、二人に抑えられて落ち着いた瑠菜と楓李は少し離れて座った。
「で?何があった?」
雪紀とケイは二人がいつつかみ合いのけんかをしても止められるように雪紀は楓李の、ケイは瑠菜の後ろに座った。
「捜索隊について行きたいの。お兄、許可を出して。」
「何の捜索隊だ?」
「コムさんの捜索隊。お兄のところにも連絡が来ているはずよ。弟子の中から一人。私も行って問題はないはずよ。」
「ダメだっつってんだろ。諦めろ。」
「かえは黙ってて!」
「まぁまぁ、瑠菜ちゃん。落ち着いて。」
またしてもけんか腰になる二人を見て、ケイは瑠菜をなだめるように声をかけた。
楓李よりも瑠菜のほうが感情的になると大変なのだ。
「許可は出さない。」
「お兄……。」
「楓李の言うとおりだ。危なすぎる。お前に取ったら自分の命くらい軽いものなんだろうが、俺らに取ったらお前にいなくなられるのは困るんだ。」
「仕事ならサクラに教えればいいじゃない。」
瑠菜は涙目になって雪紀に訴えた。
しかし、雪紀は絶対に首を縦に振らなかった。
「俺らはお前が大切なんだ。お前の命はもうお前だけの物じゃねぇ。」
瑠菜は雪紀に言われてようやく自分のことしか考えられていなかったことに気づいた。
自分が死んだ後のことなど考えてなかった。
自分が死んだらサクラとりナはどうなるだろうか。
サクラは瑠菜の跡を継がせればよい。
しかし、問題はリナだ。
瑠菜のように敬語にうるさくない師匠になれる人材がいるだろうか。
楓李や瑠菜、雪紀ほど医学に詳しくないリナがこれからどうするか。
「……わかった。」
瑠菜はそう言って、自分の部屋へと帰って行ったのだった。