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可愛いは正義なのだ

 「楓李様、その仕事やります。」

 「え?でも……。」

 「やります!」

 

 楓李は仕事の資料をバサッと取られてしまいどうしようかと路頭に迷った。

 

 「最近龍子君すごく仕事頑張ってるわね。」

 「俺の仕事がなくなってきているのだが……。」

 「いいことよ。師匠離れしているってことなんだから。」

 

 雪紀に言われてからの五日間、龍子は楓李の仕事を取り上げるようにしてやり続けている。

 自分の仕事と瑠菜から任されている仕事もいつも通りやっているため相当大変だろうと楓李は思った。

 しかし本人に理由を聞いてもやりたいだけだと言い張るだけなのでやらせておくことにした。

 のだが、これはひどいと感じることも多々ある。

 まるで反抗期で自分でできるからと言ってあまり話さない小学生だ。

 雪紀との一件を知らない楓李からしたら急にどうしたのかと心配にもなってしまう。

 一方で、そんなことを気にしない瑠菜は、今日は休暇で一日中暇なためみなこを連れて家の中をぐるぐると散歩しながら、楓李にちょっかいをかけている。

 

 「楓李もやることないなら手伝ってよ。みなこちゃんの運動。」

 「運動ってこれでいいのか?」

 「外歩くと危ないでしょ?」

 

 たまに瑠菜は過保護なところがあるなぁとは感じていたが、こういうところを見るとそれは気のせいではなかったのだと思う。

 ずっと研究所で動かずにいたからか、みなこの足腰はとても弱かった。

 なのでこれは、みなこの筋肉をつけるためにしていることなのだ。

 

 (ゆっくりでもいいから少しでも歩けとは言われたがこれでよいのか。)

 

 まぁ、楓李にはそれをとやかく言う権利はないのだが。

 

 「そういや、サクラとリナは?いつもうるさいくらい瑠菜の周りにいるじゃん。」

 「んー。こっちも師匠離れしたみたいでね。最近避けられちゃってるのよ。」

 「そうか……。」

 

 楓李はみなこの小さな手をつかみながら少し違和感を覚えた。

 三人の行動はどう考えても悪いことをして後ろめたく感じているようにしか見えない。

 瑠菜がそれに気づかないはずもないと楓李は思ったが、気づいていないのかわからないふりをしているのかはわからなかった。

 ただ、瑠菜が分からないふりをしているということは知らなくてもいいことなのだろう。

 それだけは楓李の中で確信に近かった。

 

(それにしても何をしたのか……。)

 「うぁ……!お前が転ぶなよ!瑠菜。」

 「ごめん、足滑らせちゃった。」

 

 階段を降りようとして転びそうになった瑠菜とそれに引っ張られそうになったみなこを抱きかかえるようにして楓李は叫んだ。

 自分のペースで降りられなかったためバランスを崩してしまったらしい。

 楓李がとっさに抱きかかえなかったらみなこも瑠菜も大けがでは済まなかったかもしれない。

 

 「大丈夫か?瑠菜。」

 「楓李のおかげで何とか。」

 

 瑠菜はそう言いながらも足を少し気にしている様子だった。

 楓李はそれに気づいたが、元気な振りされて無理な動きをしかねないなと思い無視をした。

 無理してけががひどくなっても困るのだ。

 

(瑠菜とやってることは同じか。見て見ぬふりをするのも作戦。)

 

 もし後で痛そうなそぶりを見せたら問答無用で手当てをするつもりだ。

 みなこはその後も瑠菜と楓李にさせてもらいながらゆっくりと階段を下りた。

 怖がりで足腰がそこまで強くないからだろうか。

 これ以上にないくらい段差一個一個を大切に下りるのだ。

 そして無表情のまま後ろを振り返る。

 振り返ったまま数秒間動かないなと思ったらまた上ると言って階段を上り始める。

 それを何度か繰り返したところで楓李は気づいた。

 

 (達成感か……。)

 

 自分より大きな階段を上ったり下ったりすることで、少し誇らしく思えているのだろう。

 それは顔には出ていないため本当によく観察しないとわからない。

 瑠菜もいつもなら一回階段を上るだけでも文句を言うのに、何度も何度もみなこに付き合う。

 

 「瑠菜、大丈夫なのか?」

 「疲れちゃった。でも、まだやれるよ。」

 「そうか。ならいいんだが……。」

「……なー……。」

 「え?みなこちゃん何?もう一回?よし、行こうか。」

 

 瑠菜はみなこと目線を合わせてからまた上へと上る。

 楓李も手をつないだままだからかそのままついて行く。

 

 「みなこちゃん、おせんべい焼いたんですけどいりますか?」

 「おちぇーぺー!」

 「よし、みなこ来い。」

 

 楓李はそう言ってみなこを抱きかかえて階段を下った。

 「おせんべいを焼いた」というパワーワードは放っておいて、しおんの報告は瑠菜にとってはとてもありがたいものだった。

 楓李が一回の床に足をつけると、みなこが早く行きたいからなのか暴れだした。

 

 「下ろせだってよ。」

 「居心地悪いか……。」

 「たぶん、エレベーターだと思ってるだけよ?」

 「それはひどいな。」

 

 瑠菜がそう言って笑っているとチャイムが鳴った。

 楓李が玄関へと駆け寄ると、瑠菜がそれを楓李の服をつかんで止めた。

 

 「漫画、頼んでたから多分私の!私のだから出るね。」

 「あ、あぁ。」

 

 いったいどんな漫画を頼んだらそんなに焦るんだと楓李は思いながら、チャイムにびっくりして瑠菜の足に抱き着いているみなこを抱きかかえた。

 玄関には段差があるのでそのまま瑠菜について行ったら危ないからだ。

 しかし、みなこは抱っこされたくないようですぐに楓李にむかって下ろせと訴えた。

 瑠菜は早く離れてくれないかなぁと思いながらも玄関のドアを開けた。

 

 「はーい……あ。」

 「ごきげんよう、瑠菜さん。」

 

 玄関に立っていたのはどう見ても会社の人間だった。

 しかも、多少話したことがあるならわかるが全く話したことのないような女性。

 瑠菜と年が近そうだが、瑠菜と年が近い人はみんな辞めさせられたため、最近入ってきた人なのだろう。

 

 「……何か?」

 (漫画だと思ったのに……。種類がバラだからわざわざ出たのに。)

 

 瑠菜はとても不機嫌だった。

 それがバラ柄の奇抜なワンピースを来た女性のせいなのか、はたまた頼んでいた漫画が来なかったからなのかは楓李にはわからなかったが、とりあえずめちゃくちゃ不機嫌なのは見てすぐにわかった。

 

 「瑠菜、表情に出てるぞ。」

 「……、はぁ。怖がらせてしまったかしら?で、何の用事?」

 

 楓李に指摘されるほどにらんでいたらしい。

 目の前の女性は少しだけ怖がっていたが、すぐに気を取り直したように鼻で笑った。

 

 「あら、そちらがどうしようもない子供?大変ねぇ。」

 

 女はみなこがよちよちと歩いて転んでのを見てそう言った。

 瑠菜はそれにプチっと何かが切れるような感覚を感じながらにっこりと笑う。

 

 「大変?かわいいの間違いでしょう?」

 「何もできないんでしょう?ダメな子どもなんか押し付けられて、あなたがかわいそうね。」

 「雪紀さんからこの子の情報が漏れだしているから注意するようにと言われております。どちらからこの子の情報を?」

 「私の弟子たちよ。あなたの弟子から聞いたと言っていたわ。」

 「うちの子たちが……。わかりました。確認してみます。」

 

 瑠菜はそう言って玄関のドアを素早く閉めた。

 まだ何か言い足りないのか、女性は数十分間玄関の前に立っていた。

 しかし、諦めたようにして帰って行った。

 

 「瑠菜……大丈夫か?」

 「何が?もうこんなにかわいくていい子なのにもったいないわね。大丈夫?みなこちゃん。痛くない?ケガしてない?」

 

 みなこは馬鹿にされたことをわかっているのか、それともいつも通りの人見知りをしているのかはわからない。

 ただ、転んだ位置で座ったまま下を向いていた。

 

 「……サクラとリナのどっちがしゃべっていたのかとか気にならねぇの?」

 「どっちもでしょ。」

 「……いいのか?裏切られたんだぞ。」

 「あの子たちはかまってもらえないうっぷんを晴らしてただけ。多分、裏切ったなんて感覚はなかったわよ。」

 「なかったら瑠菜を避けたりしないだろ?」

 「誰かが、それは裏切りだと教えていたとしたら?」

 

 楓李はそれを聞いてようやくわかった。

 サクラとリナの謎行動の原因はそれだと確信した。

 

 「……お前はすごいな。」

 「あの子たちの性格をしっかり理解してるだけよ。」

 「だからすごいんだよ。」

 「……私から、あの子たちに言うことはないわね。うん。無視しときましょ。」

 

 瑠菜はそれでも少し寂しそうだった。

 いや、悲しかったのだ。

 本人たちか何も言われなかったことが一番。

 

 「瑠菜、みなこが。」

 「ん?大丈夫だよ。怖いよねぇ、あんなのが来たら。」

 

 瑠菜はそう言いながらみなこを抱きしめた。

 本当は自分がだれかに抱きしめらえたいと考えてもいたが、そんなこと言えるはずもなくただこの子を守ってあげようと思うことにした。

 

 「大丈夫でしたか?」

 「あ、おせんべいだったね。食べよう!」

 「え?あ、はい。準備できてますよ。アツアツだったのでちょうどよいくらいに冷まされました。」

 「おちぇーべー!」

 

 瑠菜とみなこが喜んでリビングの中へと入っていくのを見ながら、楓李は心に決めた。




 








 「瑠菜、二人を問い詰めるから来い。」

 「ほおっておけばいいのよ。あの子たちだってもう反省してるだろうし。」

 「反省だけじゃだめだ。」

 

 楓李は夜ご飯を食べえた後にサクラとリナをリビングに呼びだした。

 もちろん、雪紀やケイ、あき、龍子もいる中でだ。

 まだきぃちゃんがいない時間だっただけでも感謝してほしいが、それは公開処刑といっても過言はなかった。

 

 「今日、この家にわざわざケンカを売りに来たやつがいたんだ。」

 「は?」

 「え、大変だったね。大丈夫だった?」

 

 楓李はみなこの悪口よりも先にその話を持ち掛けた。

 雪紀とケイは知らなかったからかめちゃくちゃ驚いている。

 当の呼び出された二人は意味が分からないとでもいうように顔を見合わせる。

 

 「瑠菜が対応したからな。」

 「相手は大丈夫だったか?ケガとかさせなかったか?」

 「手なんか出してないわよ。お兄、失礼。」

 

 雪紀がからかうように言うと瑠菜は怒ったように言った。

 すると雪紀はお手上げとでもいうように手を上にあげながら笑って謝っていた。

 

 「まぁ、そいつの目的自体が瑠菜だったんだけどな。」

 「大変だったね。瑠菜ちゃん。」

 「本当。迷惑でしかないわよ。」

 「どんな奴だったのさ。瑠菜に喧嘩売りにわざわざ来る奴なんて。」

 

 あきがそう言うと雪紀やケイも興味ありげに楓李を見た。

 瑠菜が言うことはないとわかっているのだ。

 瑠菜は誰かを悪者にしたりしない。

 いじめられた時も最後まで黙っていたのだ。

 そうすることによっていじめてきた人がどんな対応をされるかわかっているから言わない。

 そんな瑠菜を見てきたからこその行動だった。

 

 「最近会社に入ってきた女。今日はバラ柄のワンピースを着ていたな。」

 「あー、あの子か。うん。やりそう。」

 「あいつはな。」

 「知ってる。本当に成り上がりで最近入ってきたんだよね。」

 

 あきも雪紀もケイも知っている人のようだ。

 会社へ行くことが少ない瑠菜や楓李は全くかかわりのない人間で、うわさも聞いたことがなかったがそれなりに有名な人らしい。

 

 「で、誰がみなこの悪口を言ったんだ?」

 

 楓李が急に言ったからなのか、誰も答えなかった。

 瑠菜はやっと本題かと思い、ソファーに腰かけて膝の上にみなこを乗せた。

 長くなりそうだなと直感的に感じ取ったのだ。

 

 「楓李さ……。」

 「龍子……はぁ。誰が外でみなこの話をしてたんだ?」

 

 楓李は龍子に声をかけられて、少しやさしめにもう一度言った。

 強く言いすぎたなと思ったらしい。

 強く問い詰める必要がないことは楓李もよく知っている。

 だが、少しだけ許せなかったのだ。

 瑠菜への裏切りも、みなこへの悪口も。

 

 「みなこのことを話した奴は手をあげろ。黙ってると手が飛んでくるぞー。」

 

 雪紀は少しふざけたようにそう呼び掛けた。

 みなこの足がパタパタと揺れる。

 何もわかっていないからだろう。

 瑠菜のほうもそこまでの興味はなさそうにしている。

 本当に興味がないらしい。

 

 「……私です。」

 「僕も……。」

 

 サクラとリナは二人同時にそっと右手を挙げて消えそうな声でそう言った。

 楓李はわかっていたはずだったのに、それを見て怒りがわいてきた。

 それまでは絶対に攻めないと思っていたのだ。

 でも、この二人の様子を目の当たりにしてしまい、感情があふれ出した。

 

 「なんでそんなことをした?裏切りだってわかってんのか?」

 「かえ、怒ってもしょうがないわよ。」

 「周りの見えていないこいつらを、お前が怒れるとは思えない。また同じことをするぞ。」

 「周りが見えてないのはかえのほうよ。まず、お兄はこのこと知ってたでしょう?」

 

 怒り狂う楓李を黙らせて、瑠菜は雪紀のほうを見る。

 雪紀は少し笑ってから首を縦に振った。

 そして、瑠菜とサクラとリナの三人を交互に見てから立ち上がった。

 

 「知ってた。というか、それが悪いことだと教えたのは俺だ。だからもう俺は出ていく。後は残りでやってくれ。」

 「アイス買ってきてね。」

 「なんでだよ。」

 「食べたいから。」

 

 瑠菜は雰囲気をぶち壊すようなことを言いながら出ていく雪紀に手を振った。

 龍子は、雪紀が自分のために出て行ったことをすぐに理解した。

 このままだと、瑠菜に龍子もいたことがばれてしまうから。

 

(自分で言わないと。)

 「楓李さ……。あの……。」

 「龍子は黙っててくれ。ったく、瑠菜。いいと思ってるのか?」

 「ダメなことなんかない。それより、自分の弟子をしっかり見なさいよ。あんたは第三者なんかじゃない。龍子君も、割って入ってでも話をしていいのよ?ここは会社の会議じゃないんだから。」

 

 龍子は瑠菜に言われて、ハッとした。

 

(あぁ、バレてんのか。)

 

 会社の会議では、上の位の者だけが発言を許される。

 早急に解決しなければいけない課題を話し合うこともあるからこそできたルールだ。

 しかし、これ自体は早めに変えなければいけないルールでもある。

 そう思う者がどんなに多くても変わらないのは、昔からの風習だと言われてしまうからだろう。

 なので、今もなお位の低い人たちは会議中は観客として座っているだけだ。

 

 「……ご……めん、なさい。……おれも……二人を止めずに……。」

 「龍子……。」

 「本当に……ごめんなさい。瑠菜さんに……迷惑を、かけて。」

 「わ、私も……みなこちゃんの悪口を言って……。ごめんなさい。」

 「僕も……ごめんなさい。」

 

 泣きながら謝りだした龍子を見て、二人は瑠菜に泣きながら土下座をする。

 楓李はそんな三人の様子を見てポカーンとしてしまう。

 一方、瑠菜のほうは愛おしそうに笑いながら三人を見ている。

 

 「私からも、ごめんなさい。あなたたちのことをここまでほおっておいた。みなこちゃんのことで手いっぱいになりすぎてたわね。」

 「い、いえ……そんなこと……。」

 

 瑠菜はみなこをソファーの上に座らせてから、目の前で正座をしている二人を抱きしめた。

 寂しいことをさせていたことに違いはない。

 サクラとリナは抱きしめられてもっと泣き出してしまった。

 瑠菜は二人が泣き止むまで二人の背中をさすった。

 二人が落ち着いてきたとき、龍子はただ茫然としている楓李に声をかけた。

 

 「かえ……り……様。おれは……。」

 「お前もだとは思わなかった。」

 「……わ……かり……ました。今まで、ありがとうございました。」

 

 龍子はそう言ってすぐに部屋を出た。

 

 「……私の弟子でもある。別にかかわってもいいわよね?」

 「勝手にしてくれ。」

 

 瑠菜はそう言ってすぐに龍子を追いかけた。

 楓李には今、龍子にかける言葉など考えつかなかったからだ。

 それを見たサクラとリナは思ってもいなかったことに対してとても焦った様子だった。

 

 「り、龍子くんっ……は、ただ聞いてただけで。」

 「僕らが無理やり……。」

 

 楓李に対して龍子は悪くないと訴えている。

 それがただかばっているだけなのか、それとも本当のことなのかは楓李にはわからなかったが、楓李は何も言うことが出来なかった。

 瑠菜は龍子の服をつかんだままドアの向こう側でそれを聞いていた。

 

 「離してください。」

 「君は私の弟子でもあるからねぇ。」

 「僕は瑠菜さんを裏切りましたから。聞いてないふりをしていたんです。」

 「言葉として発しなかっただけでも満点よ。君だって多少の不満はあったでしょう?」

 「その場にいただけでもダメなんです。」

 

 龍子は必死に自分の非を話す。

 しかし、物好きな瑠菜にはその姿がとても魅力的だった。

 普通だったら自分をかばおうとして非を隠そうとするのが普通だ。

 それをしなかった龍子は他とは違うと直感的に感じたのだ。

 

 「うちの専属にならない?楓李のとこ辞めるんでしょう?私が仕事与えるわ。」

 「え?……で、でも……。」

 

 瑠菜は全くしゃべらない楓李を無視してそう持ち掛けた。

 龍子からしたらとても魅力的な話だ。

 それでも、龍子には罪の意識があった。

 雪紀に言われてからずっと、悪いことをしたのだと思っていた。

 

 「……俺に、ここへいる資格なんかないです。」

 「何言ってんだ?」

 「あーあ。」

 

 その瞬間、バンッと音を立てながら後ろのドアが開いた。

龍子が逃げようとするのを、瑠菜ががっしり腕をつかんで止める。

 

 「俺の弟子だろ?まさか、お前がその場にいて止めなかったのは想定外だが。」

 「ごめんなさい。もう消えますから、離してください!」

 「にっぶいやつだな。だから、誰にもやるわけねぇじゃん。普通見てただけなら黙っとくだろ?それをこんなにしゃべるやつ見たことねぇし。」

 「それは……。」

 「それが、お前のいいとこなんだよ。」

 

 楓李は瑠菜から龍子を取り上げるようにして龍子の肩をつかんだ。

 

 「やめさせるわけねぇだろ?俺が辞めるまで隣にいろ!」

 「プロポーズ……。」

 「ブハッ。」

 「瑠菜さん、やめてください……今めっちゃ感動的なところです。」

 

 楓李は怒っているようだった。

 ピリピリとした雰囲気の中、瑠菜の一言でサクラとリナが盛大に噴き出して声に出ないように笑いだす。

 瑠菜もクッククック笑っている。

 

 「あのねぇ、どこの馬鹿が何言ったかはわからないけど、私たちはそんな簡単にはやめさせられないから安心して。」

 「え?」

 「そんなわけないじゃないですか。」

 「何人も弟子に辞めさせられたって……。」

 

 瑠菜がけらけら笑いながら言うとサクラもリナも龍子も首をかしげた。

 瑠菜はまたそれが面白くて笑いだす。

 

 「そりゃあ、技術も脳もなければ人員削除で辞めさせるけど、私たちに脳も技術もないと思う?どちらかというと今すぐ辞めたいくらいよ。」

 「や、やめないでください。」

 「あんたらがいるうちはやめないわよ。」

 

 瑠菜も楓李も頷きながらそう言い切った。

 すると、また安心したように三人は泣き出した。

 まるで子供のように泣きじゃくっていた。

 

 「そういえば……何で瑠菜さんはこんな手のかかりそうな子を?」

 「そ、そうだよ!っ……なんで?」

 「ん?うーん……あき、私のスマホとって。」

 「え?はーい。……あぁ。」

 

 瑠菜があきにスマホを持ってきてもらうとあきは不思議そうな顔をしてきた。

 いつもなら楓李に頼むのになぁとでも思っていたのだろう。

 しかし、すぐに意味が分かったようにうなずいた。

 楓李の膝の上には龍子が気持ちよさそうに寝ていたからだ。

 

 「ありがとう。ほら、これ見て。」

 

 瑠菜はそう言ってスマホの中のアルバムを見せた。

 すべてみなこの写真や動画だった。

 最近の物になるにつれて体つきだけでなく行動もほんの少しだけ変わってきているようにも見える。

 

 「人って少しずつだけど学ぶことができるのよ。まぁ、あんまりにも少しずつだからずっと一緒にいるとわからなかったりするんだけどね。」

 

 瑠菜がそう言うと、サクラとりナは何かを決意したように顔を見合わせた。









 次の日。

 

 「みなこちゃん、お散歩行きましょう。」

 「僕も行く。」

 「俺も。」

 

 サクラ、龍子、リナはみなこにべったりくっついていた。

 みなこは最初、妙に話しかけてくる三人を見て瑠菜の後ろでカタカタ震えていたが、だんだん瑠菜から離れて三人の様子を窺うようになった。

 いや、正確に言うと瑠菜の背中から離れているだけで、瑠菜の服からは手を離していない。

 それでも、少しずつ三人に心を開いていることだけはわかる。

 

 「みなこちゃん、遊び……あっ。」

 「サクラ、リナ……龍子君はいいや。二人はまだ仕事あるでしょう?終わらせてから遊びなさい。」

 

 仕事が完璧な龍子以外に対して瑠菜は仁王立ちをした状態で言う。

 サクラとリナは龍子だけ言われなかったことに少し不服そうにしている。

 

 「でも……。」

 「いいじゃない。瑠菜ちゃんだって嬉しいんでしょう?」

 「きぃ姉……いや、仕事はしてもらわないと困るのよ。」

 

 瑠菜は期限が一か月以上あったり期限がないものは基本サクラとリナに任せている。

 つまり、二人が働かなければ後々瑠菜が仕事に追われることになるのだ。

 

 「まぁ、そうよね。さっさと終わらせなさい。っていうか、龍子君は偉いわね。」

 「当たり前のことをしているだけです。」

 「まぁ、二人とも聞いた?」

 「聞いてませーん。」

 「聞こえませーん。」

 

 きぃちゃんがからかうと仕事に取り掛かり始めたサクラとリナがそう言った。

 それを聞いて大笑いするきぃちゃんとあきれる瑠菜。


 最近の瑠菜は、お客さんが来ないと使わないソファーの上でみなこを膝の上に乗せながら仕事をしていた。

 いつもの机はみなこを膝の上に乗せて仕事をするには少し狭かったし、近くにいないと心配になって落ち着かなかったのだ。

 だが、今日はみなこを横に座らせて仕事をしていたのだ。

 少しでも独り立ちさせたいと思ったのだろう。

 いつまでもべったりくっついていられるわけではないのだから、多少離れていても大丈夫という時間も必要なのだ。

 

 「みなこちゃん、つみきできる?」

 「うぅ?」

 「つ・み・き、だよ。」

 

 龍子もみなこの横にいてくれるため、瑠菜からしたら助かっていた。

 しかし、みなこからしたら大迷惑なようで、何この子というような目で見ている。

 

 「どっから持ってきたの?」

 「ここの目の前に置いてあったわよ?」

 「この小屋の?」

 「えぇ。」

 「かえ、つみき買った?」

 「いや、さすがに。何それ。」

 

 楓李も首をかしげながら龍子とみなこに近寄り、驚いたような表情をした。

 瑠菜はそれを見て、みなこをつみきから離れさせた。

 

 「ねぇちゃん、さすがにこれ高かっただろ?」

 「だーかーら、私は置いてあったから運んであげたのよ。出入り口にこんな大きいのがあったら邪魔でしょ?」

 「っ……。」

 「かえ、どうしたの?」

 

 楓李は一枚の紙を手にとって言葉を詰まらせた。その様子を見てみなこは何かを感じ取ったのか、楓李に近寄った。

 瑠菜は楓李の持っている紙を取り上げて中を見た。

 

 「これ……。」

 「コムの偽物…………だな。」

 「ひどい。」

 

 その紙にはきれいな字で「コムより」と書いてあった。

 瑠菜はその紙を見てニヤリと笑った。

 

 「なんでなりすまし?」

 「さぁな。」

 「昔から少なからずなりすましをする人っていたけど、なんでつみきなんか送ってきたのかしらね?あ、もうこんな時間。これ楓李の仕事ね。んじゃ!」

 「え?あ、あぁ。」

 「ん、じゃあね。」

 「瑠菜ちゃんは、首を突っ込みすぎないんだよ。じゃあ、またあとでね。」

 

 きぃちゃんはそう言ってさっさと小屋を出て行ってしまった。

 どうやら、本当の目的は楓李の仕事を持ってくることだったようだ。

 

 「サクラたちがみなこちゃんのことを言いふらしてたからかしら?でもなんでコムさんに?」

 「……コムがいなくなったことと……いや、何でもねぇ。みなこ、おいで。手を洗いに行こう。龍子も。変な薬とか塗られてたら面倒だし。」

 

 楓李はそう言ってみなこを抱き上げておくのほうへと入っていく。

 龍子も後ろから一緒について行った。

 

(あ、かえ真剣すぎて気づいてない。始めてみなこちゃんが近寄ってくれたのに。)

 

 瑠菜が少し笑っていると、楓李は瑠菜のほうをにらむように見た。

 確かに笑っていい場面ではないだろう。

 

 「なに?」

 「いや?早く手を洗ってきなさい。」

 「か……え?」

 「ん?」

 「きゃ……えぇ。」

 「っ……みなこ!」

 

 楓李はみなこが一生懸命言う姿を見て足を止めた。

 それを瑠菜はそれを見て早く行けと言わんばかりに楓李の背中を押す。

 

 「る、るる瑠菜!い、今のって……。」

 「うん、わかった。よかったね。うん、ほら早く手を洗わないと。わー!みなこちゃん上手。えらいねぇ。」

 

 瑠菜がみなこをほめると、みなこはキャハハと笑った。

 瑠菜は楓李のことはガン無視で、うれしそうに笑うみなこの頭をなでている。

 

 「りゅぅにゃ!りゅぅにゃ。」

 「うん、る・な、だよ。」

 「りゅち!……りゅち?」

 「は、はい。龍子です!」

 「りにゃ……りーにゃ!」

 「うん、リナだよ。みなこちゃん。」

 

 みなこはみんなが喜ぶ姿を見るのが嬉しいのか、キャッキャキャッキャとはしゃぎながら全員の名前を言う。

 

 「しゃくりゅ……しゃくりゃ……?」

 「はい、サクラです。もう、かわいすぎます。なんなんですか?この天使。」

 「ね?かわいいでしょう?」

 

 瑠菜はみなこを抱っこしたまま一人一人の机を周る。


 みなこは何回も言わされてぐったりとしだしているかと思ったが、まんざらでもないようだ。

 何なら、言えるたびに瑠菜やみんながほめまくるからか、二回ずつ言うようになってしまった。

 まぁ、この天使が寝た後に全員が仕事に追われたことは言うまでもない。

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