年越しそばは年越し後か年越し前か
「すき焼きだぁ!」
「おいしそうだなぁ。」
年末の番組が始まるころ、お鍋二つに大量の具材が入れられた。
サクラと龍子はいつにもましてうれしそうだ。
中をのぞきながらまだかまだかと話している。
「やけどしないでくださいよ?あと、まだ火をつけたばかりで、生ですからね。」
「はぁい!」
「おう……。」
しおんはキッチンから野菜を切る手を止めることなく叫んでいるが、二人は本当に聞いているのかわからないような返事をした。
返事をしながらもサクラと龍子は鍋の中を覗き込んでいる。
「サクラ、髪焦げるわよ。」
「!っ瑠菜さん!」
瑠菜がいつも通りピシッとした姿でサクラに声をかけると、サクラはすき焼きを見ていた時よりも目を輝かせた。
「あ、瑠菜。こっちこっち。」
「瑠菜さんは私の横に座るんです!リナ君は黙っていてください!」
「えぇ―。瑠菜はどっちに座……。」
リナがそう言いながら瑠菜の方を見ると、瑠菜はちびっ子たちに囲まれていた。
「瑠菜姉、雪が降るんだって。」
「一緒に遊びたい。」
「いいよぉ。いっぱい遊ぼうか。」
クゥもスゥもリィも、瑠菜に久し振りに会えたからか、一か月間に会ったことをうれしそうに話している。
それを見て、サクラとリナも瑠菜の横にピッタリと座って自分たちもと話し出す。
「取られちゃいましたね。」
「別に。」
「瑠菜さんの頬がいつもより赤いように見えますけど。」
「本人に聞いたらどうだ?」
青龍は楓李を少しからかいとでもいうように声をかけたが、楓李は顔色一つ変えずに返事をした。
青龍からしたら少しばかりつまらなさすぎる。
(あとで龍子でもからかうか。)
「ほら、食べますよ!ごはんです。座ってください。」
しおんに言われて、ちびっ子たちはすぐに自分の座る場所に正しい姿勢で座った。
サクラとリナはそれでもなお誰が瑠菜の横に座るのか、無言のままに恨みあっている。
「ほら、早く食べましょう!サクラはここ。リナはこっちね。」
「やったぁ!」
「えぇ。わかりました。」
瑠菜はそんな二人を見て仕方ないなぁと思いながら自分の両隣へと二人を座らせた。
瑠菜とたくさん話したいサクラは素直に喜べないようだ。
そして、瑠菜の横を無言のままゆずらないようにしていた楓李は見事に追い出されてしまった。
久しぶりにみんなでワイワイとしたご飯を食べた瑠菜はとても楽しそうだった。
「ごはん、おいしかったですねぇ。」
「そうねぇ。久しぶりに楽しいご飯だった。」
こたつの中でぬくぬくとしながら、サクラと瑠菜はゆったりとした話し方で話した。
こたつから出るのはとても寒いため、しおんが片付けていようが何だろうが二人はこたつから出たくない。
「瑠菜、ちょっと出かけるぞ。」
「えぇ、やだぁ。」
「じゃあおいてく。」
「い、嫌。行く!」
「じゃあこれ着ろ。」
楓李は別において行くつもりはなかったが、おいて行くと言われた瑠菜はすぐに立ち上がった。
寒そうに少し身震いをする瑠菜に楓李は暖かそうな上着を着せて、手をつないで部屋を出て行ってしまった。
「あれ?瑠菜は?」
「楓李兄さんとどこかへ行ってしまいました。」
「デートでしょう。ほっときなさい。」
サクラとリナが心配や瑠菜といたかったというのをわかりやすいくらいに表に出していると、きぃちゃんは笑顔のまま二人に言った。
「ずるいでしょ。楓李兄さんだけ。」
「そうですよ。私だってもっと。」
「瑠菜に会ってなかったのはあんたたちだけじゃないのよ。私だって久し振りだし、恋人なら特に二人っきりにしてあげたほうがいいんじゃない?」
きぃちゃんは優しく言っていたが、サクラとリナは頬を膨らませたままだった。
頭では納得できるが、腑に落ちないらしい。
「ほら、年越しそば食べちゃいましょう。もうすぐ除夜の鐘なりますよ。」
「はぁ?もう食べるのか?」
「食べます!おそば。」
「いや、まだだろう。」
サクラとしおんは食べたいと言って喜んでいるが、龍子と雪紀はまだ早いと言っていた。
別に食べてもいいと思っている青龍とリナは早めに食べたいのでしおんやサクラに加担する。
もともと夜中に食べたくないと思っているきぃちゃんは四人の話には聞く耳も持たず、歌番組に出ている男性グループに目を奪われている。
「年越しそばは年越す前に食べるものなんですよ。」
「年越しそばなんだから年越してからだろ。」
「あと一時間くらい別にいいですよ。」
「よくねぇよ。」
「うるっさいわよ!聞こえないじゃない。」
「すみません!」
「はいっ!」
「多数決で決めればいいでしょう?食べたい人が四人もいるなら今食べなさいよ!」
六人が一斉にしゃべり、テレビの音がほとんど聞こえなかったきぃちゃんはすごく不機嫌でいつも以上に怒っていた。
それを見た六人はしゅんとして椅子から降り、その場に正座する。
きぃちゃんは会長の孫なのだ。
怒った時の迫力は雪紀には負けない。
「じゃ……じゃあ、七人分作っちゃいますね。きぃ姉さんはいらないですよね?」
「えぇ。」
「あ、僕も今日はいいや。すき焼きも食べたし、おなかすいてないんだよね。」
きぃちゃんがうなずいていると、ケイもしおんにいらないと伝えた。
六人で言い合っている間も、ケイは話に入ろうともしていなかった。
食べるつもりがもともとなかったのだろう。
「きぃちゃんは食べなくていいの?」
「肌に悪いから九時以降は白湯以外口に入れないようにしているのよ。」
「ふーん。だからきれいなんだね。」
「え……?」
ケイに言われてきぃちゃんは驚いてしまった。
いつも他の人には甘い言葉を言っているが、きぃちゃん自身は言われた記憶がない。
「きぃちゃん、これいる?」
「……お酒飲んでたのね……。」
「いらないなら別にいいけど。」
「いる。」
今日は大みそかなのだ。
少しくらいいつもと違うことをしたって誰も何も言わないだろうと、きぃちゃんは自分に言い聞かせて少しだけお酒をもらった。
「俺、姉ちゃんと幼馴染の結婚式行きたくないんだけど……。」
「いいじゃないですか。幸せなら。」
二人で笑いながらお酒を飲むきぃちゃんとケイを見て、雪紀は少しいやそうに頭を抱えた。
そんな雪紀をなだめるようにしおんはほっこりしたように言う。
「……いや、絶対に無理だ。認めない。誰かちょっと邪魔して来い。」
「頑固おやじみたい。」
「娘はやらんって?」
サクラの一言にリナが付け加えると、雪紀とお酒を飲んでいる二人以外の全員が声を出さないように肩を震わせながら笑いだした。
お腹を押さえてプルプルと笑うサクラは顔を真っ赤にしてそばを食べるどころではなくなってしまった。
その結果、全員が食べ終わるのには一時間半かかった。
「人多いな。」
「初詣だもんね。」
そのころ、瑠菜は楓李に連れられて神社に来ていた。
「元旦になったらお兄が連れて来てくれるのに。」
「いいだろ?別に。」
楓李はおばさんたちが配っていた甘酒を飲みながら答える。
神社の裏、人通りが少なく周りのカップルは声を抑えながら戯れている。
「……私、神社って好きになれないなぁ。特にこういう小さいところ。」
「そうか。」
「大きな神宮にしか行かないし。」
「……あぁ。」
瑠菜は作り笑いのような笑顔のままポツポツと話し出した。
楓李との無言の時間というのが瑠菜には少し居心地が悪かったのだ。
いつもならばそんなことはないのだが、周りに羽を伸ばしたカップルがいたからだろうか。
楓李も瑠菜のそんな気持ちは察していた。
「……もう行くか。」
「え?」
「飲み終わったし。」
楓李は瑠菜の手をつかんで、瑠菜を人通りの多いほうへと引っ張っていく。
瑠菜は少し警戒しているような様子で楓李を見つめる。
今日は良くも悪くも大晦日であり、あと何時間かすれば元旦だ。
急に泊まれるホテルもない。
だからこそ、人目のつかない裏路地や草むらでは野生の本能を向きだした男女(男同士や女同士)が集っている。
「どこ行くの?」
「夜の散歩デート。たまにはゆっくり話そうぜ。」
不安そうにしていた瑠菜を安心させるためか、楓李は少しだけ口角をあげて笑いかけた。
確かに、最近はデートもしていなかったし、何より体の関係が主になってきていた。
(一か月も相手してなかったのに……浮気?)
瑠菜の楓李へのイメージは絶倫だ。
何度やってもすぐ復活して夜から朝まで相手をすることも多かった。
その分、瑠菜の体を拭いたり服を軽く着せてくれたりするので別にいのだが、体のあちこちが痛くなったりするのが毎日だ。
そんな楓李のイメージがあるからこそ散歩をする楓李を見て驚いてしまった。
散歩と言いながら本当は自分よりも良い人をもう見つけているのではないか。
瑠菜がそんなことを考えながら顔を赤くしたり青くしたりしているのを見て、楓李は何を考えてんだ?と思った。
「コムのこと、どこまで調べてんだ?」
「え?……あ……うん。今どこにいるかくらいまでかな。……いや。まだそれも終わってない……。」
「無理すんなよ。本当に。」
「でも本当にコムさんを見つけないと。」
「見つける前に倒れられても困るんだよ。俺がいないときとか。」
「いないとき……もあるんだ。」
「仕事が入りゃそりゃぁな。」
「……そうだね。」
瑠菜は楓李の言葉を聞いていなかった。
ただ、いない時もあるという言葉だけが頭の中で何度も繰り返されていた。
(一か月も放っておいたんだから、浮気されても何も言えないけど……少し寂しいな。)
「瑠菜?」
「ん?あ、大丈夫だよ。まったく気にしてない。しょうがないね。」
「何がだよ。」
「……何でもないよ。ごめん、考え事してた。」
瑠菜が笑ってそう言うのを見て楓李は少し考えた。
瑠菜が何を考えているのか、なんで作り笑いをしているのか。
しかし、考えても考えてもわからなかった。
それでも、一つだけ分かることがある。
「瑠菜、相当疲れてるんじゃねーの?少し寝たほうが。」
「寝てる時間すらももったいないから。大丈夫。」
「……そ、うか。」
(楓李が浮気しているとか、今は考えてる暇ない。コムさんのことはやく見つけなきゃ。)
瑠菜はそう思って考えるのをやめた。
考えていたら悲しくなってしまう。
自分が楓李以外の男の人にすがってしまうからだ。
楓李としては、瑠菜に自分の体を大事にしてほしい。
とはいえ、瑠菜の性格を考えるとやめさせることはできない。
瑠菜は言うことを聞かせようとすると反抗心が強くなるような性格だ。
無理強いすると過労死する可能性だってある。
「もう帰るか。」
「うん。」
「瑠菜!おい、出て来い。」
「……。」
「雪紀兄さん、瑠菜さんもそんなに言われたら出てきたくなくなりますよ。」
雪紀はサクラに言われて少しひるんだが、また大声で瑠菜に声をかける。
新しい年になってから二週間がたったころ。
瑠菜は大みそかの日から朝昼晩のご飯すらも手を付けずに部屋にこもっていた。
「瑠菜、少なくとも飯くらい食え!」
「扉が壊れちゃいますって!」
サクラが雪紀の腰に抱き着いて必死にドアを蹴らないようにしていると、サクラと雪紀の横から楓李がドンっとドアを蹴った。
「ちょっ……え?瑠菜さん?」
部屋の中にいたのは大みそかに見た時よりも顔色が悪く、目の下に大きくて濃いクマを作っている瑠菜だった。
あれだけドアの前で騒いでいたのにもかかわらず、瑠菜は資料とにらめっこをしたままこちらを見もしない。
「瑠菜!もうやめとけ。」
「え?お兄、いつの間に……って言うか、返して!」
「楓李、サクラもコムの資料は全て探してもってこい。」
雪紀は部屋に入った瞬間、瑠菜の手元にあった資料を取り上げた。
瑠菜は雪紀にすがりながら文句を言うがうまく声が出ない。
そして楓李とサクラは、雪紀に言われてところどころに置いてあった資料をかき集めて雪紀に渡す。
「あと少しなの。もう少しで解けるから、お願い。」
「その前に体調を戻せ。今日が何日かわかってんのか?」
「え?四日でしょ?」
「バカ、もう十日過ぎてるぞ。」
瑠菜は雪紀からそれを聞いてやっとわかった。
自分がどれだけ集中しをして取り組んでしまっていたのか。
徹夜しすぎて頭が回っていない。
気を抜いてしまえば今にも意識が飛んで行ってしまいそうだ。
瑠菜はつかんでいた雪紀の服をそっと離した。
「……ごめんなさい……。」
「一時休憩しろ。その方が分かることもあるだろうし。俺が上代には話しとおして預かっとくから。」
「……はい。」
「楓李、後は頼んだ。」
「了解。」
「え?」
「ほら、サクラ行くぞ。」
「あ、えっと……はい。」
雪紀に連れて行かれそうになったサクラはどうしようか少しだけ悩んだ。
しかし、瑠菜は大みそかの時のようにサクラへ助けを求めたりしなかった。
ただ下を向いて女座りをしたままじっとして動かない。
「いいんですか?楓李兄さんに任せて。」
「楓李のほうがいいんだ。」
「でも、男の人に任せるなんて……。」
「瑠菜のことを一番わかってるのは楓李だからな。」
雪紀はそれだけ言ってそれ以上は何も言わなかった。
サクラも雪紀の様子を見てそれ以上詮索できないと思った。
「瑠菜、何か食べるか?」
「……いらない。」
楓李は大みそかの時同様、瑠菜をお風呂に入れて髪を乾かしてあげた。
瑠菜はその間すらもボーっとしていて一言も話さない。
楓李が聞けば少し間が空いてから答えるだけ。
「瑠菜、もう寝るだろ?」
「……うん。」
「じゃあ、俺はもう。」
「……んっ……。」
楓李は今すぐにでもこの場を立ち去りたかった。
なので、ベッドの上に瑠菜を寝かせてそのまま部屋を出て行こうとした。
「瑠菜、手を放せ。」
「……寝れない。」
「瑠菜。」
瑠菜は楓李の服の裾をつかんだまま離さなかった。
瑠菜の部屋は一度カメラを取り付けられて盗撮された過去がある。
いつ誰に取り付けられたのかわからないそのカメラは楓李が壊してしまったため、どこにつながっていたのかすらもわからない。
一応調べようとはしたが、誰に聞いても壊れていては無理だと言われてしまったのだ。
「横に……いてよ。」
「……チッ……わかったから、はよ寝ろ。」
「んっ……。」
楓李が軽く瑠菜の頬を触っただけでも瑠菜はくすぐったそうに反応する。
楓李はそれを見て仕方ないかと思いながら瑠菜のベッドに寝転がった。
(瑠菜が寝たら離れるか。)
楓李がそう思っていると、瑠菜は楓李の胸に抱き着いて小さい子供のように眠ってしまった。
もちろんそのおかげで楓李は動けなくなる。
(さっきドア壊したんだよなぁ……。)
楓李は自分が数十分前にしたことを後悔しながら、手を上にあげて瑠菜に触らないようにした。
触って、周りからあーだこーだ言われることだけは避けたいらしい。
瑠菜はそんなことは知らずに、温かい大きなクマのぬいぐるみに抱き着く夢を見ながら約二か月ぶりの眠りについた。