夏の終わり③
「青龍君!どうですか?」
「ん?……あ、かわいいね。自分でやったの?」
「楓李兄さんにやってもらいました。」
青龍にかわいいと言われたサクラはエヘヘと笑いながら言った。
「あの人そんなに器用なんだ。」
「瑠菜さんの髪もいつもやってるみたいですよ。」
「おしゃれだもんね、瑠菜さん。」
青龍との話が盛り上がってサクラはうれしかった。
いや、浮かれていたのだ。
青龍の前にもたくさんの人にかわいいと言われたのだから当たり前だ。
「あ、龍子君も見てください!」
「……。」
「どうですか?」
「……似合ってねぇよ。ブスが。」
ずっと泳いでいたらしい龍子はサクラの顔を見て不機嫌そうに言った。
それなのにもかかわらず、青龍に褒められたことで浮かれきっているサクラはニコニコとして幸せそうな顔のままだ。
「えぇ、みんなかわいいって言ってくれたのに。」
「まぁ、一人の意見なんか気にしなくていいと思うよ。みんなはかわいいって思ってるし、多数決でもかわいいってなるでしょ?」
「そうですね。でも楓李兄さんにやってもらったんだけどなぁって……きゃあ!」
「サクラちゃん。ちょ、おい!龍子何して……。」
龍子はサクラの髪をぐちゃぐちゃにしてからどこかへ走って行ってしまった。
よろめいたサクラを支えながら青龍は龍子を見た。
しかし、青龍は言葉が出なくなってしまった。
その理由は、龍子があまりにもしまったというのが顔に出ていたからだ。
「あーあ。ぐちゃぐちゃになっちゃいましたね。」
「ごめん。僕がいたから……僕がいると龍子はいつもああなんだ。」
「どうした?サクラ。」
「うわー。誰にやられたの?」
「龍子君です。ひどいです。」
「はぁ?サイテー。龍子君はどこ?」
「きぃちゃん、待って。」
雪紀やケイ、きぃちゃんが異変を感じって二人のもとへと寄ってきた。
きぃちゃんが怒って龍子を探しているのをケイが止める。
雪紀はそれを横目にサクラの髪についたゴムを取り、手櫛できれいにして挙げた。
「瑠菜と楓李はどうした?連れてくるか?」
「多分、もうそろそろ来ると思いますよ。龍子君、二人と同じ方向に走って行ったので。」
しおんは自分が言っていいのかと思いながらしどろもどろになりながら小声で言った。
雪紀ときぃちゃんはしおんが指さした方向を見てため息をついた。
「サクラ、泣かねぇのか?」
「泣いていいのよ?ひどいことされたのだから。」
「え……。」
雪紀ときぃちゃんが心配そうに言うのも無理はない。
サクラは龍子が走り去ってからずっとひきつった笑顔のままで、我慢していることは誰がどう見てもわかる。
「サクラちゃん……。」
青龍がそう言ってサクラの頭をなでると、サクラは力が抜けて涙が出てきてしまった。
声をあげて泣いたりはしないが、息を吸うのもきつそうにヒックヒックと言っている。
数分後、瑠菜と楓李が海の浜辺に帰ってくるときまでずっと青龍はサクラの背中をさすっていた。
サクラはそのころには涙も引っ込んでいたのだが、瑠菜を見た瞬間今度は子供のように泣いてしまった。
「どうしたの?全員ここに集まって……あれ?髪ぐちゃぐちゃじゃん。めっちゃきれいにしてたのに。」
瑠菜はサクラを見た瞬間きょとんとした目で聞いた。
「瑠菜さん……。」
「龍子がやったのよ。もう、あいつ見なかった?」
「いや、……あ、そういえばカサって音がしたって言ってたな。」
「あぁ、あれ龍子君だったのか。」
きぃちゃんが興奮気味に楓李に聞くと、楓李は思い出したように瑠菜を見た。
「瑠菜ちゃんしか聞いてないなら少し離れたところかしら?」
「そうかも。」
瑠菜は普通の人より特別に耳がよいため、多少うるさくても一つ一つの音を聞き分けられる。
生まれ持った才能だが、瑠菜としては迷惑でしかない。
「ったくもう。雪紀、ケイ。探してきて。」
「俺らが?」
「当り前よ。さっさと連れてきなさい。」
「……了解。」
雪紀は不服そうだが、姉であるきぃちゃんからは女には向かうことの意味を体にたたきつけられているため頷いた。断れば、龍子の代わりにサンドバックにされても文句すらいえない。
「青龍君に慰めてもらってたんだ。良かったね、サクラ。」
「えっ!あ……はい……。」
「青龍君、ありがとね。」
「い、いや。大したことは……。」
サクラが今にも消え入りそうな声で返事をしているのを見て、瑠菜は恋する女の子ってかわいいなぁと思いながらサクラの背中をポンポンと優しくたたいた。
「もう一回きれいにしてやろうか?髪。」
「え?」
「……えっ、やってくれるんですか?」
「もちろん。龍子は俺の弟子だし、申し訳ねぇからな。」
「そ……そうよね。やってもらいなさいよ。サクラ。」
瑠菜はサクラを押し付けるようにして早口で言った。
「ほら。これで元通り。」
「ありがとうございます。」
サクラは先ほどと同じ髪形にしてもらってまたうれしそうにしていた。
夕方になり、あたりが暗くなってきたころみんなで夕焼けを見た。
海の中へと沈んでいく、とてもきれいな風景だった。
「あいつら、まだ帰ってこないわね。」
「もうそろそろじゃない?」
きぃちゃんの怒りは静まることなくそわそわとしていたが、瑠菜はそれどころではなかった。
(もし、二人がお互いに嫌そうなら世話係は青龍君にでも頼めばいいし。……それよりも。)
瑠菜は火や大きな音が苦手だ。
音に関してはびっくりしすぎて失神、とまではいかないものの何かに摑まりたいと思ってしまう。
火に関しては熱いからという理由で苦手だ。
だからこそ、瑠菜はこれだけはそこまで好きになれないというものがある。
別に写真だったなら構わないが、目の前でやっている姿を見るのはできることなら避けたいと思う。
「とったどー!」
「俺が捕まえたんだ。」
ケイが朗らかな声でおっとりというと、雪紀が疲れた顔で言った。
「よく捕まえられたな。」
「逃げ足だけはウサギ以上だな。」
楓李が感心しているように言うと、雪紀は大きく息を吐きながら言った。
「大変だったんだよ。すんごく。」
「俺が大変だったんだ。お前は五メートルも追いかけてねぇだろ?」
雪紀は肩に担いだ縛られている龍子をゆっくりと降ろしながら言った。
龍子は不機嫌そうな表情のままだ。
「で?何があったんだ?龍子。」
「っ……。」
「龍子、何もなくてサクラに意地悪することはいいことだと思ってんのか?」
「……。」
「……龍子、サクラと瑠菜にあとで謝っとけよ。」
(なんで瑠菜さんにも……。)
楓李に聞かれても、龍子は何も言わなかった。
いや、言うつもりがなかったのだ。
龍子はいつも以上にやさしく接する楓李に、反発心を抱きながら罪を犯した罪人のような格好で座っていた。
楓李は何も言わない龍子を放っておこうと思った。
きっとどれだけ問い詰めても答えることはないだろうと経験上確信したからだ。
実際、龍子自身もなぜやってしまったのか自分で自分がわかっていない。
「サクラちゃん、かわいいね。」
「……。」
「なんで……僕と話してくれないのかな?キミというやつは。」
「……。」
「龍子……僕、サクラちゃんに一目ぼれした。」
「はっ?」
龍子はそう言われてやっと顔をあげた。
目の前に立っている青龍は少し寂しそうだった。
「……やっとこっち見た。やっぱり好きなんだね。龍子もサクラちゃんのこと。」
「誰が……。いや……大っ嫌いだ。あんなガキ。」
「僕からしたら気味もガキだけど。」
青龍は悲しそうに笑うと、龍子の横にしゃがんだ。
「ねぇ、すごいよね。楓李さんに関わる人たちって。」
「なんで横に座るんだよ。」
「何があっても明るくふるまって、周りが明るく元気になるようにする。僕にはできないな。」
青龍が見ている方向を龍子もつられてみてみると、手持ち花火をしている雪紀たちがいた。
キャッキャとはしゃいでいる人たちを見ていると、今の龍子には少し不愉快に思えた。
自分一人だけ置いて行かれている気がしたからというのもあるが、何より先ほど自分が泣かせたサクラがきれいにくくって笑っていることが気に食わない。
(また、楓李様にやってもらったんだろうな……。)
龍子はだんだん自分が何に対して怒っているのかわからなくなった。
わからないが、楓李がサクラの髪を結んでいるという光景が脳裏に浮かぶたびにはらわたが煮えかえるような気がしてしょうがなかった。
「んじゃ、僕はサクラちゃんの所へ行くから。邪魔はあんまりしないでね。」
少しの静かな時間が二人の間を流れた後に、青龍はそういって龍子を置いて行った。
残された龍子は雪紀に逃げないように縛られたままなので、その場から動くことができずおとなしくしておくほかなかった。
「ほどいてあげようか?」
「っ……瑠菜さん……。びっくりさせないでください。って言うか、雪紀さんが結んだのにほどけるんですか?」
後ろから急に声をかけられて、龍子は肩を飛びあがらせた。
雪紀の結び方は他の人がやるものとは違い、ほどきにくいし動けば動くほど肉にひもが食い込んでいくような結び方だったため、ほどいてもらえるならありがたいと龍子は思った。
「何回縛られたと思ってんのよ。……っあ、変な意味じゃなくて、私が悪さした結果縛られえただけね。勘違いしないでね。」
「……お願いします。」
(この人はそういうことしか考えてないのか。)
焦る瑠菜を見て龍子はそんなことを考えながら瑠菜にほどいてもらうことにした。
「体痛いでしょう?少しほぐしてから動かないと骨悪くするから気を付けてね。……はい、できた。」
瑠菜はほどくのではなく、どこかからか取り出したナイフでひもを切った。
ひもは細いわけではないため普通のナイフならほころびてしまいそうだが、どうやら普通のナイフではなく少し硬くて丈夫なものを瑠菜は持っているらしい。
龍子が瑠菜の方を見た時にはもうすでに瑠菜はナイフを持っていなかったため分からなかったが、何となくそう思った。
「……ありがとうございます……。怒ってないんですか?サクラを泣かせたのに。」
龍子は一応と思い聞いてみたが、瑠菜はきょとんとしてからニッコリと笑った。
「もちろん。君が楓李の弟子でなければ君の骨という骨はもうバラバラにしてるわよ。」
「……ですよね。」
「不安?龍子君ってツンデレねぇ。ちゃんと言わないと、小学生みたいなことやってたらダメよ。」
「……何がですか?」
「あーあ、やっぱり小学生みたいね。安心しなさい。あなたをサクラの世話係にしたのは私だから。やめたいって言ってもそう簡単にはやめさせないわよ。」
「え……?そうなんですか?」
龍子は今回の一件でもうサクラに近づくなくらいは言われると思っていた。
しかし、瑠菜は大人っぽく手で口を隠して笑いながらあっさりと言った。
「あのねぇ、この会社(?)の外でのいじめは私たちにはどうしようもないけど、仲間内の喧嘩やいじめは大体どうでもできるのよ。守ることも攻撃することも私たちでできる。いや、私ができるの。」
瑠菜はそういって龍子の背中をポンっと押した。
「うわっ……。」
「龍子君!」
龍子は声のする方を見てみると、サクラが手持ち花火を二本握り締めて走り寄ってきていた。
サクラはニコニコとした笑顔で二本のうちの一本を龍子に渡している。
「やろっ!ほどいてもらったんでしょう?あっ、この髪似合ってないし、私ブスだけど、花火の時は危ないから許してもらっていい?」
サクラはハッとして先ほど龍子に言われたことを少し大げさにして言った。
「い、いや……その……っ……!」
龍子はそれについてすぐに謝ろうとしたが、サクラの後ろにいる青龍を見て言葉が出なくなった。
「龍子君?」
「っ……い、いらねぇし。」
「龍子、お前なぁ。」
「いいですよ。青龍さん。」
龍子はその言葉を聞いて少しはっとした。
どうしたらよいのかと瑠菜のいた後ろを振り向いたが、そこには誰もいなかった。
長い沈黙が龍子をどんどん追い詰めたが誰も助けない。
サクラは何を言っていいのかわかるほど大人でもなければ、経験豊富というわけでもない。
青龍は龍子に対してもともと声のかけ方がわからない。
そんな三人を沈黙から解放したのは瑠菜だった。
「いーやーだー!」
「お前いつもそんなこと言って楽しんでんじゃん。」
「火なんて熱いし絶対やだもん。きれいだけど遠くから見る方がいいの。」
「後々どうせ後悔するんだから来い。」
「いーやー!」
楓李が瑠菜の腕をつかんで、瑠菜はそれから逃げようとしている。
最終的に、楓李が軽々しく瑠菜をお姫様抱っこしてどこかへ連れて行ってしまった。
サクラと龍子は瑠菜があんなに嫌がる理由と、楓李が連れて行ったのはなぜかとても興味があった。
「ちょ……ちょっと。」
二人が何も言わずに瑠菜と楓李を追いかけていき、青龍もその二人から目を離せないなと半分あきらめ気味に二人を追いかけた。
「おっ、ラッキー。呼んでくる手間が省けたな。」
「んじゃあ、三人もこの円の中に入ってね。」
雪紀ときぃちゃんが瑠菜と楓李についてきた三人を手招きして小さな円の中に入らせる。
小さな円の中には、瑠菜を抱きかかえたままの楓李やしおん、あきとリナ、三つ子もいた。
いつの間にか全員が移動していたらしい。
小さな円より少し離れたところに太めの花火が円形にたてられている。
「んじゃ、全員その円の中に入ったな。」
雪紀はそう言うと、火のついたろうそくを一本の花火へと近づけた。
その瞬間に全ての花火へと燃え移り周りが花火の炎で囲まれた。
「火花がぎりぎり届かない場所に並べて、火が燃え移る距離で花火を置いてるのか。」
「ん?すごいだろ。俺が計算したんだ。」
「わぁ、きれい!」
「あんまり動くとやけどすんぞ。」
「サクラちゃん、こっち。」
青龍が感心していると、雪紀は誇らしげに言った。
そして、今にも花火に吸い込まれてしまいそうなサクラを子犬でも捕まえるように優しく抱き寄せた。
「イチャイチャすんな。つーかサクラに触ってんじゃねーよ。」
「ん?サクラちゃんのこと嫌いなんでしょ?」
「あぁ、そうだ。」
「じゃあいいじゃん。」
「ダメだ。」
青龍の手をつかんでサクラに触る青龍を止めながら龍子は言ったが、龍子自身も自分が何を言っているのかわからなくなっていた。
「嫌いならいいでしょ?邪魔すんな。」
「嫌いなら一緒いねぇし。」
「は?」
「あ?」
青龍と龍子はサクラを間に挟んでにらみ合った。
サクラはどうしようかと何やらそわそわしている。
しかし、止めることはできなかった。
「こら、何喧嘩してんだ。ここで喧嘩して生きて帰れると思ってんのか?」
雪紀はため息交じりに二人へ拳骨を落とすと、あきれたように笑った。
二人はこのとき一番歯向かって怖いのはこの人だと痛みとともに実感した。
サクラは不安になり瑠菜を探した。
瑠菜は楓李の後ろから静かに花火を見ていた。
楓李の服をつかんで後ろにはあきやリナ、横にはきぃちゃんやしおんとがっつり囲まれている。
そのため、背の低いサクラが背の低い瑠菜を見つけることができなかった。
花火は二、三十分で終わってしまった。
帰りの車では疲れ切ったサクラが瑠菜の膝枕でぐっすりと眠り、龍子と青龍は何とも言えない空気をまとわせたままだった。
楓李は瑠菜の横に座れなくて少し不機嫌だったため、龍子は何も声をかけることができなかった。
しかし、龍子の中では一つの心に決めたことがあった。
皆さんこんにちは
今日も「瑠菜の生活日記」を読んで頂きありがとうございます
今日のあとがきは私、青龍が努めさせて頂きます
話には出てきたばかりなんですけど、どうしてもやって欲しいということだったので来ました
もっと言うと僕からしたら瑠菜さんはちょっと要注意人物なので無理やりです
それにしても、弟には困ったものですね
好きなら好きでさっさと付き合えば良いのに
まぁ、まだまだ時間はかかるでしょう
自分が好きになったことを気づくことから始めないといけませんからね
それでは今日のところはこれくらいで
次の話は「瑠菜の生活日記 番外編」です
ここだけの話、次の話を執筆する気力の問題で番外編を作ってしまったようです
これからも「瑠菜の生活日記」をよろしくお願いします