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瑠菜は時代についていけないようです

 「瑠菜さん、瑠菜さん。追加の小説です。読み終わった本は部屋の外へ置いといてください。あと、お腹がすいたらいつでもどうぞ。何でも作りますから。」

 しおんは大量の小説をドアの前に置きながら声をかけた。

 「……うん。ありがとう。」

 「!……何か食べますか?あっ、クッキーありますよ。一緒に食べましょう。」

 しおんは思ってもみなかった中にいる部屋の住人からの返答に喜びを隠しきれなかった。

 「……うん。」

 中から出てきた長い髪の少女がコクリと頭を下げて少し笑った。

 幼くてかわいいという見方もできるが、しおんから見たそれはきれいで本気で好きになりそうだった。

 「あ、……はい。取ってきます!」

 数分後、しおんは嬉しそうに缶に入ったクッキーとジュース、きぃちゃんからもらったチョコレートを瑠菜の部屋へと持ち込んだ。

 瑠菜は最初とは違い、お姉さんらしい優しい笑顔でしおんを中へ入れる。

 弱弱しい女性がタイプのしおんからしたらその方が面倒なことにならなくていいと思った。

 瑠菜を好きになると、楓李や雪紀を敵に回しそうだから。

 「瑠菜さんの部屋はきれいですね。」

 「物がないだけよ。」

 「必要最低限って感じですごいと思います。」

 ベッドの横にある小さなテーブルを囲んで、二人はクッキーとジュースを交互に口の中に入れる。

 棚が一つと、机の上にはパソコンが置いてあるだけなので、物が少ないと言えば確かにそうだ。

 基本的に、地価の本棚を使ったり楓李や雪紀から借りたりするため、特に困ることもない。その結果、物を部屋に置くという必要がなくなってしまったのだ。

 二人は話しながらどんどん食べていった。

 「瑠菜さんはすごいです。僕は勇気がなくて、結局仕事をもらうことすらもできなかった。」

 いくつかのチョコレートを食べていたしおんが頬を少し赤く染めながら言う。

(おいしいと思ったら、お酒入りかぁ。珍しい。)

 「瑠菜さんみたいにもっとうまく仕事ができたら。いや、もっとしっかり勉強していれば。」

 「私は今すぐにでもやめたいけどね。って言うか、しー君はまだ仕事とか考える年じゃないよ。ほら、お水飲みな。」

 「いえ、瑠菜さんたちはもう仕事の手伝いをしていましたし、自分の得意分野というものがもうできていました。僕なんて家事以外全くで……。」

 「違うよ。」

 瑠菜は下を向くしおんにそう言った。

 「何が違うんですか?」

 「私がしー君くらいの年の時、私は今の自分を想像していなかった。お兄みたいに医者の資格をもらって、怪我した人や病人を治療したら研究したり。そんな自分を想像してたの。」

 「え?」

 「コムさんが去年、行方不明になって、引き継ぎ問題でかえと私が入社試験を受けたの。かえが医療の部で97点。私が96点。1点負けたから私は、表面上医療にかかわることが禁止されただけ。」

 「表面上……?」

 「負けたけど、高得点ではあったからね。全面的に禁止、とまではいかなかったのよ。ま、部外者が医療に関わっているといろいろ問題になっちゃうしね。」

 瑠菜はそこまで話をしてジュースを飲み干した。

 心の中ではどうしようもないことで、これでよかったとは思えている。しかし、当た者中ではいまだにあの時思いつかなかった最善の選択を考えてしまう。

(こんな引き受け方したくなかった。)

 昔から少しだけ思ってしまうその言葉は、瑠菜のどこにも出すことが許されない本音だ。

 「瑠菜さんは……わざと負けたんですか?」

 「え?」

 瑠菜がクッキーを口に入れるとほぼ同時にしおんはそんなことを言った。

 お酒が入っているからか今日はぐいぐいと聞いてくる。いつものしおんなら聞かずに黙って話の方向性を変えていただろう。

(ずっと何かを考えてはいると思ってたけど……発想が急だなぁ。)

 「頭のいい瑠菜さんならできますよね?楓李さんの点数がどれくらいか、どのくらいの点数を取れば医療に関われて、同時にコムさんの仕事を引き継ぐことができるか。わざとその点数を取ったのでしょう?」

 しおんは真剣に瑠菜へ聞いた。

 その姿は幼い瑠菜の記憶の中での自分そっくりだ。雪紀に育てられるとどうしてもそう育ってしまうのかと思うくらい。

 「……やっぱり、お兄の弟子なのね。」

 「じゃぁ……。」

 瑠菜は人差し指をしおんの唇に当ててにっこりと笑った。

 「事実かどうかは置いといて、私にかえの点数を予知できる能力はないよ。私思うんだよね。しー君は私みたいに諦めるんじゃなくて、自分のことを続ければいい。だって、今お兄を支えているのはしー君なんだから。」

 「そ……そんなこと……。」

 「大丈夫だって。いつもおいしい料理を作ってくれるのも、立派な仕事だし。」

 「誰でもできますよ。」

 「あきに作らせてみる?めっちゃ大変なことになるけど。」

 「え?」

 「昔ね、あきが作った料理がまず過ぎて外に置いておいたの。もしかしたら、獣が食べるかもって。そしたら翌朝獣が倒れててさ。あれは焦ったね。」

 瑠菜は懐かしそうに遠くを見ながら言った。

 ひどい話だが、事実らしい。

 「それ、どうしたんですか?」

 「ん?獣?お兄たちが看病して何か変なものでも食べたんだろうなぁとか言ってたよ。もちろん、あきの料理だとはあたしも言わなかったけど。」

 「雪紀さんって動物もいけるんだ。」

 「人にはそれぞれ得意不得意があるってことよ。」

(まぁ、そのあとにあきも練習しまくってどうにか普通の料理は作れるようになったけど。)

 瑠菜はそう思いながらもしおんには言わないでおいた。

 しおんの料理が一番おいしいと思っている瑠菜はどうしてもしおんに料理をやめてほしくないのだ。

 「僕は、皆さんみたいな特別さはありませんよ。男なのに女の子みたいな扱いをされて、楓李さんやあきさんみたいな背の高さもなければそれについて何も言われない。あきらめられているんです。」

 「そうかなぁ?あたしが見た感じだと、しー君はしー君だし。よくわからないなぁ。」

 「本当にいつもカウンセリングしてますよね?」

 「あはは、私はダメだよ。簡単に考えなさすぎだってよく言われるし。私にとって、他人は他人。自分すらも他人事でいつも考えてるし。」

 「え?どういうことですか?」

 「うーん、例えば。怪我をしたときにいたそうだなぁって思ったり。」

 「痛くないんですか?」

 「少し、痛く感じるときもあるけど。基本的にはそこまでないかなぁ。血が周りにつくのが嫌だなぁとかは思うけど。」

 瑠菜は淡々と話した。

 しおんは瑠菜の手のカットバンを見て少しひやりとする。

 昨日瑠菜を見た時にはなかったもので、今でも真っ赤な血がにじんでいる。

 「怪我……。」

 「自分が感じたことはしっかり話せるんだよね。不思議なもので。」

 「瑠菜さ……。」

 「大丈夫。本当に痛くないの。でも、お兄たちは悲しんじゃうんだよね?だから、しー君は健康に、怪我無く過ごしなよ?」

 瑠菜の言い方は他人事だった。

 酔いのさめたしおんにはそれがよくわかる。

 その瞬間に、自分がしていたネガティブ発言を思い出して、自分は何お言っていたのだろうとは図解区思った。今まで、こんなことを言ったこともなければ、瑠菜の過去について詮索したこともなかった。

 いや、無意識にしてはいけないと思っていたのだろう。

 「瑠菜さん、すみませんでした。こんな。」

 「あら、酔いがさめちゃった?ごめんね。こんな感じで。」

 「いえ、こちらこそ困らせてしまって。」

 「困ってないよ。ただ、しー君には自分の料理にもっと自信を持ってもらいたいけど。瑠菜は、しー君の料理が大好きだからね。」

 しおんは瑠菜にそう言われて少しくすぐったいような気持になった。

 うれしいと言えばうれしいような、何とも言えない甘いチョコレートでも口に入れた時のような気がして、しおんは少しの間幸せな気持ちに包まれた。

 その後も、しおんと瑠菜は何時間も二人で笑いあい、しおんが夜ご飯の準備をする時間になるまで楽しんだ。

 「すごく時間が早いですね。僕もっとここにいたいです。」

 「お兄が怒っちゃうよ。私は晩御飯いらないから、準備しないでね。」

 「はい。あ、サクラちゃんがすごく心配してましたよ。雪紀さんに止められて、龍子君とリナ君に連れていかれちゃいましたけど。」

 「そう……明日には元気な姿を見せないとかわいそうね。」

 「いえ、ゆっくりでも大丈夫です。瑠菜さんはいつもそうやって無理をするのですから。嘘偽りのない元気な姿を見せてあげてください。」

 しおんはそう言って笑ってから瑠菜の部屋を出て行った。

 「相手をよく見て学べ……か。」

 瑠菜はしおんを見てそんな言葉を口にした。

 瑠菜もよく言われた言葉だが、しおんは意図せずともそれを実行できている気がした。

 雪紀はしおんに仕事関係のことを教えないと、瑠菜と楓李には言っている。

 しおんにはこの仕事は重荷になりすぎると雪紀は判断したのだ。

 それなのに、瑠菜や楓李と同じようなことを、雪紀が教えるはずがない。

 となると、しおんなりに周囲を観察して得たものだろう。

 瑠菜はそんなことを考えながら、スマホの電源を入れた。スマホを見たくなくて、電源を切っていたのだ。瑠菜の知っているスマホは、厳しくて怖いというイメージがあったのだ。

 大量のメッセージに嫌悪感を抱くが、仕方なくメッセージを一つずつ開く。

(今日は仕事してないからなぁ。依頼も相談も無断欠勤。……やだなぁ。)

 「……あれ?」

 メッセージ欄には悲痛な言葉が並んで……はいなかった。

 『雪紀さんから聞きました。体、大丈夫ですか?ゆっくり休んでください。』

 『いつもお世話になっています。○○です。今日は連絡がありびっくりしました。ゆっくり休んで、またいつもの笑顔で話を聞いてください。』

 『体調は大丈夫ですか?』

 『瑠菜さんのそういうところ、人間味があって本当に大好きです。ゆっくり休んでください。』

 (お兄が電話してくれたんだ。良かった。)

 瑠菜はそのメッセージを見て少し安心した。

 相談される側の人間がドタキャンするなど、本当であれば会社をクビになってもいいくらいのことだ。訴えられても文句は言えない状況だが、そうではなかった。

 昔の瑠菜の周りには冷たく悲痛な言葉を普通に言う人間が多かった。少しでも心の隙を見せると付け込んでくる人が多かった。しかし、今の瑠菜は暖かく優しい人たちに囲まれているのだなぁと思った。

 瑠菜が不安から解放されて、下へとメッセージを呼んでいくと一通のメッセージが目に入った。

 それは、サクラからのものだった。

 『瑠菜さん。昨日はごめんなさい。』

 瑠菜はそれを見て体が跳ね上がるような感覚がした。

 もちろん、瑠菜は昨日の自分のことは覚えていない。何かあったんだろうなぁくらいにしか思えない文章だ。それでも、今すぐサクラに会いたいと思うくらいその文章は特別に感じた。

 感じたのだが、瑠菜はサクラのもとへ行くのを我慢した。いや、我慢しなければならなかった。

 「……仕事優先。」

 瑠菜はそう自分に言い聞かせてから部屋を出た。









 「めんどくせぇなぁ。……終わんねぇ。」

 グイっと栄養ドリンクを飲み干してから楓李はそうつぶやいた。

 現在の時刻、午後六時。

 八割をゆききが持って行ったはずなのにもかかわらず、雪紀はさっさと終わり楓李はいまだに終わってはいない。いや、進んでいないという方が正しい。

 もともと瑠菜の仕事なのでやり方になれることができず、進むスピードがカタツムリよりも遅い。

 しかも自分の仕事を先に終わらせたため、瑠菜の仕事はやるのが少し遅れたのだ。

 「やっぱりやってた。」

 「誰かさんが休んだからな。」

 話しかけてきた瑠菜にそんなことを言いながらも、楓李はカタカタとパソコンへ資料の内容を打ちこむ。

 「ほう、依頼を担当者に分ける仕事かぁ。そんなに打ちこまなくても、ここをこうして……ほら。」

 「……は?」

 「ほら、半分もらっていくよ。」

 「覚えてんのか?」

 「私は記憶力がいいの。優しい前世の瑠菜が、しっかりやり方書いてたからね。」

 瑠菜はそう言いながら九割の資料を楓李の机からとって、自分の机にあるパソコンを起動する。

 「いや、それでもそんな量終わるのか?半分だったらしっかり半分俺が……。」

 「これくらい、一時間もあれば終わるわよ。」

 瑠菜はもともと機械との相性が悪い。

 簡単に言うと、触るのと壊れるのがイコールで結ばれるくらい悪い。

 しかし、瑠菜は教えてもらえばできないわけではなかった。

 今まで壊したパソコンは数十台。その経験から瑠菜は必要な場所のみ触るということと、仕事を効率よく進める方法を学んだ。

 いや、雪紀とコムが無駄なところを触らないように必死に教え込んだのだ。

 「おっわったぁ!あー、スッキリした。」

 「はやっ、……まじかよ。」

 数枚の資料がまだ残っている楓李を見て瑠菜はニッコリと笑った。

 「待つよ。いつまでも。」

 「バカにしてんだろ……待っとけよ?」

 「がんばれー。」

 楓李は少し考えてから瑠菜に待っておくように言った。

 外ももう暗くなっているため、一人で帰らせるのも不安だと思ったのだ。

 瑠菜はソファーの上で足をパタパタとさせながら漫画を読み始めている。

 言われなくとも、帰り道など瑠菜は覚えていなかった。

 「楓李、私の周りね。少し優しくなった。」

 「そうか。」

 「変わってた。私の周りが……ガラッと。」

 「……お前が変わったんだろうな。」

 「そう?」

 「明るくなったんじゃねぇの?お前が。」

 「そっかぁ……。私が……うん。でもそうかもしれない。今日休んじゃって、みんなが心配してくれたもん。誰も馬鹿にしなかった。」

 瑠菜は記憶を取り戻したというよりも、また上書きしたという方が正しい。

 楓李はそれをわかっていて、瑠菜とそんな会話をして笑った。

 小6の瑠菜は一番いじめがひどかった時期だ。

 どこに行っても何をしても認められずにいじめのネタとなってしまう。

 そして、それが瑠菜の自信をむしばみ、そんな瑠菜を見ていじめが加速する。

 誰も止められなかった。雪紀やコムでさえも、止めてしまえば今度は誰にも見られないところで隠れて瑠菜がやられると考え、口を出さなかった。

 今その記憶しかない瑠菜にとって、今の状態はとてもうれしいことだろう。

 「瑠菜、明日の予定は?」

 「ないねぇ。仕事は全部事務長に任せるつもりだし。」

 「また嫌味言われるぞ。」

 「大丈夫。どうせ忘れるし。」

 「……嫌なこともすぐに忘れられるのは得だな。」

 「いいことも忘れるけどね。」

 瑠菜は笑っているが、それが瑠菜にとって一番嫌なことなのを楓李は知っている。

 だからこそ、愛情を注ぎ続けて忘れても大丈夫な状況を楓李は作りたいのだ。

 瑠菜が悲しまないように。

 「明日デートするか?」

 楓李がそう言って瑠菜を見ると、瑠菜は顔を赤くしてしどろもどろしていた。

(初々しい反応をいつも見せてくれるのはいいんだけどなぁ。)

 「それとも、今から寄り道して帰るか?」

 「え?あ、……うぅ。ど……、どっちも……とかは?」

 「は?……いや、別にいいけど。」

 楓李はからかいのつもりで言ったのだが、耳まで真っ赤にしている瑠菜を見てついそう言ってしまった。どっちもはやるつもりなかったのだが。

 「明日、どっか行きたいとこあるか?」

 「ん、うーん。……な、ないかなぁ。」

 「んじゃ、俺が勝手に決めるけど。文句言うなよ?」

 「う、うん。もちろん!」

 基本的に、デートコースを決めるのは楓李の仕事だ。

 たまに瑠菜にも聞くが、いつも「ない」と言われるため、楓李の生きたい場所や瑠菜が何となく行きたいと言った場所へ行く。

 「……明日、デート行くの?」

 「いやならまた今度……いや、明日はやめておくか。」

 楓李と瑠菜のスマホが同時になって、楓李はそう言った。

 それぞれ自分のスマホを見て、ため息まで同時にした。

 「……この人……いやだ。……行きたくない。」

 「瑠菜、相手はもうしゃべらねぇし動かねぇよ。とりあえず、顔くらいは出すか。」

 楓李が終わった資料を瑠菜の机に置いてそのまま帰る準備をすると、瑠菜は楓李の袖をつかんだ。

 「この後、……寄り道は?」

 「……朝帰りでも間に合うだろ?行くか?」

 「行く!」

 瑠菜がはしゃいでいる姿を見て、楓李はうれしいような何とも言えない気持ちになった。

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